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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第5章 13)

2021年08月11日 | 小説

   翌日の朝、分校で多忙を極める来栖だったが、突然、大木からの呼び出しを受け、朝一で村役場に向かわざるを得なかった。
   村長室で来栖を迎えた大木もここ一昨日来のP社との活動により、疲労の色を隠せない状態であったが、来栖を見て、何か自分で納得したかのように、うなずくと、来栖に来客用のソファに腰をかけるようすすめ、自分も向かいの一人掛けのソファに腰を下ろした。そして、来栖に黄道の会とP社が進めるプロジェクトの説明書の冊子の教育分野のページを開き、来栖にそこに目を通すよう、促した。そこには《『源体宇宙論』を実践する教育》と言うタイトルがあった。
「来栖君、時間が無くて、話せんかったが、たぶん、周りからもういろいろ聞いておると思うが……前置きはともかく、今度我が黄道の会がP社と進めるプロジェクトの一つに教育分野があってだな、設立される初等教育センターの責任者に来栖君を推薦することになったんだよ。これには鵬役員の強い意向が働いておる。もちろん、黄道の会全体で来栖君のバックアップをするので、まったく心配はいらん」大木は単刀直入に来栖に対する新しい人事を伝えた。
 来栖は最近の周囲の動きから、これはあり得ることと心の準備はあったものの、なぜ若輩の自分なのか、と言う強い疑問が頭に浮かんだ。
「な、なんで、ぼくなのでしょうか?ぼくなどよりも、今度分校に新しく赴任される大屋先生の方が、経験や年齢から見ても、ふさわしいのではないでしょうか?」来栖は大木の言葉に思わず問い返していた。来栖は自分はまだ教員としても、発展途上にあると感じていたし、このような国を跨ぐプロジェクトの責任者になれるとは到底考えられないのだった。大木はじっと考えこんでから、ついに意を決したように来栖に語りかけた。
「……来栖君、これは実は、本当のことを言うならば、今なお拘置所におる欧開明先生のご意向でもあるんだよ。黄道の会の会員の一人として、これを受けんようなら、欧開明先生のご期待に背くことでもあるし、来栖君が黄道の会におる以上、断ることは許されん」こう言って、大木は来栖の顔を覗き込み、一呼吸置いてから話を続けた。
「……だが、来栖君が、いきなり自分が考えてもみなかった大きな責任を負うのにためらわれるのはじゅうぶん理解できる。鵬役員も来栖君に心の準備期間を与えるとおっしゃっておる。七日間でどうだろうか。来週の月曜日までに引き受けるための心の整理ができたかどうかの返事をもらいたい」大木はそう言うと、立ち上がり、来栖に分校に戻って職務を遂行するよう、促した。
   村長室を出ると、八雲が来栖を待っていた。
「来栖先生、おはようございます。お忙しいことはじゅうぶん承知してますが、ビデオを10分だけ見てもらいます」八雲はそう言うと、来栖を一室に案内し、「初等教育センターの概要」と言うビデオを来栖に視聴させた。来栖がそのビデオの内容から理解したのは、この初等教育センターで使用される言語は英語であることだった。
   自転車を漕いで、分校に向かう道の途中、来栖は、優柔不断の性格そのものの自分の心の中で、自分がこの初等教育センターの責任者を引き受けるべきかどうか悩む以前に、この任務を引き受けるための自信や経験、精神のスタミナが欠如していることを痛感していた。悩む以前の問題だった。
   来栖は昨日の母の言葉を思い出していた。母は来栖が分校の教諭ではなく、黄道の会とP社のプロジェクトの中の教育関係の重要な職務に就く噂を耳にした、と告げ、来栖の思いとは逆に、ぜひこの機会を無にすることなく、黄道の会だけでなく、世界の人々のお役に立ってほしいと来栖に言った。
   分校に近づくと、来栖は異変に気がついた。三台の乗用車が分校の敷地内にある駐車場に停まっていた。その内の一台は来栖も見覚えのある鵬役員の乗るベンツだった。

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