ビデオの上映が始まった。源体宇宙論の思想から言うと、大宇宙のカオスから始まって、徐々に段階を経て、その対象がクローズアップされていくべきで、このビデオにおいては、大宇宙は一瞬現れたが、すぐに消え、雲を表面にまきつけ、自転する青い地球から、日本列島がクローズアップされ、そのあと、順に、H県、続いてY村を俯瞰する映像が現れた。
通常の黄道の会のビデオとは全く違い、語り手となる桐野正導師が画面に現れることはなく、代わって、金髪碧眼の白人のナレーターの男性が語り手として、英語で解説を始めた。画面の下の方には、日本語の字幕が流れ出した。
黄道の会の本部の置かれたY村は、近代日本の産業の発展にも貢献した非鉄金属の鉱山があった場所であり、自然豊かで風光明媚な土地として紹介されたが、東京からの高速道路や新幹線のアクセスについては一切語られず、日本人の誰もがあまり注目していなかった個人や企業用ジェット機の離着陸が可能なS空港へのアクセスが強調された。S空港は、県庁所在地S市の名前はついていたもののS市から三十数キロの距離で遠く、今現在はくねくね道を通らなければならなかったが、Y村から十数キロの距離で比較的近かった。また、世界的には高い部類の日本の法人税の税率が何の注釈を加えることなく、画面に映し出され、そのあとH県とY村の企業誘致の優遇政策の簡単な説明があった。
黄道の会のサンフランシスコ支部に所属するスタイナーCEOは、ビデオの上映中、背後に座した女性の通訳を介して、鵬役員に何事かを語りかけているのが垣間見られた。鵬役員はそれに対して、うなずき、言葉を返していた。
特筆すべきことは、このプロジェクトの黄道の会の担当者は指導二級の上岡だったことで、ビデオの中で、特に紹介されることはなかったが、画面には黄道の会の代表として、Y村の工業団地建設予定地や道路のトンネル工事が計画されている山腹をP社の面々が視察のときには、同行していたのが映し出されていた。大講堂の大広間では、上岡を目にして、ささやき合う声で少しざわついた。上岡はY村の黄道の会本部に対する警視庁とH県警の合同捜査のとき、黄道の会の「衛士」に命じて、大講堂のゲートのセキュリティ装置を解除させて、機動隊の化学部隊を導き入れたと見なされている男だったからだった。黄道の会の教義から逸脱し、「退歩」したと言われる上岡だったが、その後も黄道の会から破門されることも、降格されることもなく、依然として「第一層」の一歩手前の指導二級(在家)の高い地位を維持し、会員たちを指導する立場にあった。
来栖は上岡と自分の接点を思い出していた。欧開明の身柄が拘束され、警察の捜査が一段落したあとだいぶ経ってからのある日のこと、そのころはまだ、三輪友紀が分校にいて、いっしょに教壇に立っていたころだったが、中背で風貌にこれといった特徴のない上岡は何の前触れもなく、男性一人、女性二人の外国人男女を伴って、分校に現れた。公立とは言え、黄道の会の会員の子供たちが通う初等教育を行う場を見せにきたとのことだった。この外国人の会員たちはどれも自分の国で教育に従事していて、英語が堪能な上岡が帯同してきたものだった。これについては、当時、来栖も友紀も黄道の会の海外の会員の教育従事者が、日本の教育現場を視察に来たとしか感じず、黄道の会がどんな意図があったのかはわからなかった……
とは言うものの、コンピューターソフトウェア開発の世界的大手P社の世界戦略におけるY村技術開発センターと関連企業の位置づけと建設計画についての紹介ののち、来栖が待ち望んだ学園地区構想の説明はなかった。
その日は黄道の会にとってはたいへんなスケジュールだった。と言うのも、この何もかも建設前のY村はもちろん、H県の県庁所在地S市にもこのセレブの外国人が宿泊できるような超高級ホテルはなく、東京にはいちおう超高級ホテルがあったが、多忙なスタイナーCEOは、日本に一泊もせず、そのまま自家用ジェット機で帰国の途につくことになっていたからだった。
総会の後、鵬役員以下、数名の幹部がS空港まで、スタイナーCEO一行の見送りに行くことになっていたが、驚いたことに、総会終了後すぐに、八雲がやって来て、母の入会の儀式のためにいちおうスーツにネクタイを着用している来栖の姿をひとわたり確認すると、来栖に有無を言わさず、自分について来るように告げ、人ごみをかき分けてどんどん歩き出した。来栖はあわてて、八雲の後を追った。





