原良の話では、H県警に身柄を拘束され、取り調べを受けている前野川亘と細村敏弘の「除名」の手続きが黄道の会の内部で行われ、二人が所属するY村の組織のリーダー(班長)に伝達されたとのことだった。このことは特別に全会員に公開される事実としてではなく、関係者に事務的に連絡されたことに違いなかった。
食事会の席上では、一人一人の会員を大事にする黄道の会の規範の通り、鵬役員は、同じテーブルの今回入会した四人の新会員の一人一人と言葉を交わし、一人一人の悩みや直面する困難な状況がないかどうかの理解に努め、必要あれば、助言をしたり、実際に手助けの指示を行うことをその会員と約束した。
やがて、新会員四名の入会祝いの食事会も終わりに近づいたころ、一同起立し、羽山正導師の先導で、皆、左手をを挙げ、「和光同源」のルーティンを行った。
午後三時からの総会には、まだ時間がだいぶあったが、新規入会の四人と付添人たちの中に、総会の前に一度帰宅する者は一人もいなかったようで、皆、一様に、ソファがある大講堂のロビーに向かいだした。来栖と来栖の母も他の人たちいっしょに歩き出したところ、八雲が追いかけて来て、来栖を呼び止めた。
「来栖先生、鵬役員がお呼びです」
来栖が一室に招き入れられ、部屋に入ると、鵬役員と来栖が知らない一人の中年の男性が来栖を待っていた。
「ああ、来栖君、昨日君にお話しした、大屋良成(おおや よしなり)先生です」鵬役員はそう言って、来栖に大屋を紹介した。
「来栖信一です」来栖が頭を下げると、大屋も頭を下げて言った。
「大屋です。よろしくお願いします」
「大屋先生は、欧開明先生とわたしが学んだ大学の後輩で、東京で長く教師をされていましたが、このたびY村に来ていただくことになりました」鵬役員はそう言うと、ちょっと思案してから、八雲に目配せをして、筒状に巻いた大きな紙を持ってこさせ、その部屋にあったホワイトボードにそれを広げてみせた。
それはY村のあるY盆地の俯瞰図で、東西南北を山で囲まれ、西から東へ縦断するように流れる比較的大きな川の粟川、北側から流れてきて粟川と合流する篠川、南側から流れてきて粟川と合流する幾野川が見てとれ、村の主要な建物——Y村の村役場、黄道の会の施設である大講堂、研修センター、黄道の会のY村本部が、盆地の中の数キロの範囲内に点在していた。
そして、その俯瞰図には、驚いたことに、南東の白木山の山腹を貫通する白木山トンネル(仮称)と言う七~八キロの長さはあると思われるトンネルの道路が描かれ、その道路はトンネルを抜けると、T市に達し、近くの高速道路のインターチェンジと直結していた。それだけではなかった。そのトンネルと接続の道路をY村中心部に向かって、たどっていくと、途中に建設を予定する工業団地があり、今ある黄道の会の関連企業がそこに皆、集約され、なおかつ、新たにいくつもの工場を建設ができる大きな空間を有していた。そして、さらにY盆地の北西には、大学キャンパスと宿舎の表記があることから全寮制と思われる中高一貫校、小学校の学園地区構想が反映されているのを見ることができた。
来栖は先日の校外学習のとき、「一本の樹」の展望台で目にしたY村の全体風景の中で気がついたが、ついに誰にも言わずじまいだったことを、今さらのように思い起こした。
来栖は、そのとき、Y村のあるY盆地が東西南北、山で囲まれているのを目にし、この盆地自体が、象徴的なあるものの形に似ていること気がつき、誰かにそれを言いたくなったのだった……
来栖は俯瞰図を見るのにいっとき、心を奪われていたが、やっとわれに返った。
鵬役員は来栖に柔らかく語りかけた。
「……来栖君、これは、今日の総会で発表することになっている、Y村の総合開発計画です。見ての通り、Y村の南側に新たにトンネルを掘り、高速道路のインターチェンジがあるT市まで車で、十分前後で行くことができるようになります」
鵬役員は来栖の反応を探りながら、なおも続けた。
「交通の便がよくなれば、産業を発展させることができます。先ず工業団地を造成し、インフラを整備し、今ある関連企業の工場も一カ所の広い敷地に移転させ、集約化し、新たに別の企業も誘致していきます。特に、欧開明先生の思想に強く共鳴したトップがいる、外国のハイテク企業の誘致を考えています。そして、さらなる構想としては、わが黄道の会の大学及び中高一貫校ならびに小学校を創立することです」
鵬役員は、来栖がこれらの壮大な構想を目にし、期待のためなのか大きく反応するのに満足そうな微笑を浮かべた。





