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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第5章 7)

2020年08月23日 | 小説

「……鵬役員にまつわる話には、二面性があるようです……」若木はエビスグサの自家栽培で穫れたちょっと朝顔の種にも似た「決明子」を煎じたハブ茶を急須で茶碗に注ぐと、来栖に手渡して言った。
「先ず一つの面から言うと、鵬役員は確かに黄道の会ではたいへん人望のある方で、欧開明先生とは違う尊敬のされ方をされています……」来栖がその意味をはかりかねていると、若木は話を続けた。
「……欧開明先生に会われた方は誰もが言うように、その現実の人間とは思えない神々しさに打たれ、何か尋常ではないものを感じて、大きな衝撃を受けます。そして、現代の多くの人々があまり信じなくなっている神や仏のような、超自然的なものが実は存在するのではないかと言う感覚に襲われ、それがその後の黄道の会との接触を通じて、いつしかその人の確信に変わっていくのです……」来栖も思い当たるふしがあり、若木の言葉に同感した。若木は来栖の反応を確かめると、話を更に続けた。
「鵬役員は欧開明先生とは違い、人生の悩みや苦しみに遭遇している会員たちとの共感を基礎に置き、この会員たちを励まし、鵬役員の現実処理能力によって、一人一人の会員たちのそれぞれ違った問題を解決するか、或いは可能な限りよい方向に導いていくのです……」若木はここで、自分のマグカップに注がれたハブ茶を一口飲んで、一息ついた。
「……これは黄道の会の皆が知っている話ですが、たとえば、こんな話があります。一人の四十代のご婦人がいました。ご主人と息子さんは黄道の会の会員ではありませんでしたが、このご婦人は縁あって黄道の会に入会し、すぐに鵬役員と会う機会があり、彼女は鵬役員に自分のたいへんな状況を打ち明けました……先ず、自分の夫の会社が倒産し、失業したが、なかなか新しい仕事が見つからず、苦悩の毎日であること。その上、中学生の息子が学校でいじめにあったことがきっかけで、登校拒否になり、家に閉じこもったままで、いろいろ注意すると、反抗し、家の中で暴力をふるい、まったく手に負えず、これもたいへんな苦しみの毎日であること。そして、自分自身の問題では、近頃、割とステージの高い乳がんが発見され、これについても、大きな不安と苦悩の日々を送っていること……最後にこのご婦人はいっそのこと死んでしまいたいと思っていることも鵬役員に泣きながら、話したそうです」若木はここまで話して、来栖の様子を見たが、来栖はじっと耳を傾けているようだった。
「……誰からも聞き上手と言われる鵬役員はご婦人の話をじっと聞いていたそうですが、やがて、鵬役員はこのご婦人の失業中の夫の今までの仕事や会社でどのような地位にあったのかを尋ねました。鵬役員はそれらを聞き終えると、黄道の会の執行部の事務方を呼び、指示をしました。黄道の会の会員は日本の社会の各分野にいて、ネットワークを形成していて、失業した四十代の一人の元サラリーマンの職を探すのはそれほど難しいことではなかったようです。『ご主人の就職先は必ず見つかると思いますので、ご心配はありません。元気を出して下さい』と言う鵬役員の言葉にこのご婦人は驚いていると、鵬役員はそのあと、このご婦人が住んでいる地域の黄道の会の二十代初めの若い人たちに、この登校拒否で自暴自棄になっている息子を助けるよう指示しました。実はこの若い人たち自身が以前は登校拒否で荒れた日々を送りながらも、黄道の会の若い先輩たちの熱意によって、立ち直ったとのことでした。息子さんのすさんだ心を開かせ、人生に前向きに取り組むようもって行くのは、たいへん長い時間がかかり、持久力がいることかもしれませんが、必ず彼らはやり抜くから、心配はいらない、と鵬役員はこのご婦人を強くさとしました。そして、最後にご自身の病気の問題は、まさしく黄道の会の信仰の問題でもあり、欧開明先生の教えを心から信じ、毎日のお勤めをすれば、必ずよくなるとそのご婦人に言われました……」若木はここまで話し終えると、目の前の来栖がたいへん真剣な面持ちで若木の話を聞いているのに驚いた。来栖は若木にうなずいて見せ、話を続けるようにうながした。
「……その後のことを言えば、このご婦人のご主人は黄道の会からの根回しもあり、就職先がまもなく見つかり、今も立派に勤務しているそうです。また、息子さんは二年の歳月がかかりましたが、黄道の会の若い人たちの息子さんに対する不屈の働きかけで、息子さんは更生し、今は高校に進学して、登校拒否もなく明るく通学しているそうです。ところが、残念なことに、このご婦人は、たいへん熱心に毎日の黄道の会のお勤めを続けていたにもかかわらず、転移したがんで昨年亡くなったそうです。最期のときまで、黄道の会に対して、感謝の気持ちを吐露していたそうです……」若木はここまで話すと、自分のマグカップのハブ茶を全部飲み干し、急須で更にハブ茶を注いだ。ちょっとがっかりした面持ちの来栖が若木に尋ねた。
「ところで、鵬役員の二面性って何ですか?」
   若木はこの来栖からの質問に少しためらってから、口を開いた。
「実はマスコミなどで騒がれていることですが、黄道の会に入会して間もない高齢の資産家の方々が相次いで、亡くなっていることです。しかも遺言状には財産の多くを黄道の会に寄進するとあり、亡くなった方の親族の方たちが訴訟を起こし、黄道の会とトラブルになっていることです。もちろんこの親族の方たちは非会員です。これらは皆、聞くところによると、鵬役員がかかわっているそうで、これが鵬役員のもう一つの面と言えば、そうなるかもしれません。……でも、真実はわかりません。鵬役員に対する黒い噂は今まで、いくつかありましたが、長い年月が経ったあとでは、皆、誤解であったことがわかっています」
   壁の柱時計が十二時を打ち、夜も更けて、明日の午前の来栖の母の入会式、午後の総会のスケジュールを考えると、来栖はもう若木の元を離れて、帰宅すべきだった。来栖は腰を上げた。
「若木先生、明日は午前中に母の入会式があるので、もうおいとまします。ああ、それと校外学習のときに気がついたのですが、このY村は不思議な村ですね。今度またお話しします」来栖はそう言い、玄関まで送ってきた若木の手を握ると、自分の懐中電灯で夜道を照らして、帰路に着いた。

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