「鵬役員、こちらが分校の教師をしておる来栖君です」大木村長の紹介の言葉にうなずいた鵬役員だったが、そのとき眼鏡の奥の眼が一瞬きらりと光ったのはあまりにも顕著で、それを来栖の気のせいとするわけにはいかなかった。
「……三輪君が今、病気休暇で休まれていることは聞いていますが、今、玲玲さんといっしょにやられているんですね?」鵬役員の言葉は関西人であるにもかかわらず、標準語でしかも丁寧な言葉遣いだった。
「はい、そうです。でも、玲玲さんは補助教員なので、実際、一年から六年までの全学年をぼく一人で受け持っています」来栖が答えると、大木が口をはさんできた。
「……来栖君がたいへん忙しいことはわかっておる。鵬役員とも話したんやが、玲玲さん以外にもう一人補助教員を加えて、来栖君の負担をできるだけ軽減させると同時に、我が黄道の会の教義に即した教育の更なる充実をはかることになったんや。もう人も決まっておる」
来栖は衝撃を受けた。補助教員をもう一人増やしたところで、来栖が一人でかかえる全学年の学習資料の作成などはやはり来栖一人で続けてやらなければならないし、来栖の負担は減るどころか、この新しい補助教員のフォローをしなくてはいけなくなるので、負担増になるにことは目に見えていた。
来栖はじっとこらえていたが、ついに鵬役員に直訴することをとっさに思いつき、堰を切って話し始めた。
「……申し訳ありませんが、補助教員を増やすより、正規の教員を増やしてもらいたいです。補助教員は学習指導要綱に基づく学習資料を作ったり、テストを作ったりはしないので、ぼくの仕事の負担はまったく変わりません……」
「来栖君、それはあかん!」大木村長がとっさに反応した。
「来栖先生は会の方針がわからないかもしれないけれど、黄道の会の教えを子供たちに、詳しく教えるためには補助教員が二人必要なんです。正式の教員の方を入れたら、補助教員を入れにくくなります」八雲が言った。
日頃小心者で知られる来栖だったが、さすがに自分の毎日の仕事に疲れ果てていたこともあり、鵬役員に向かって、問いかけた。
「ぼくは今、毎日遅くまで、分校で仕事をし、土曜日や日曜日も仕事を家に持ち帰ってやっているので、どうにか対応できていますが、補助教員が一名増えると、その人に対して、役割を決め、ぼくがフォローしてあげなくてはいけません。むしろ、仕事は増えてしまいます…」
鵬役員はじいっと来栖の顔を見つめていたが、やがて、微笑みながら口を開いた。
「わかりました。全部、君の言うとおりかもしれません。でも、わたしたちが知っていて、君が知らないこともあります。わたしたちが教育委員会に話を通して、君のところに派遣しようとしている人は、わたしと同じ黄道の会の発起人メンバーの一人で、東京で長く教師を務められた経験豊富な人です。きっと来栖君のお役に立つと思います……」
来栖は鵬役員の意外な言葉に驚いていると、鵬役員はなおも、続けた。
「明日、このY村にその先生は来ることになっていますので、わたしが君に紹介します。よろしいですか?」鵬役員は来栖の顔をのぞき込むようにして、来栖の反応を見た。
来栖は鵬役員の俗世間とわたり合う黄道の会の総責任者としての威厳のようなものに押されて、ただ、おとなしく「はい」と短く返事をした。
鵬役員は他の人たちとの会話を始めたので、来栖は人の輪から出て、母のいる方へと歩いて行った。母は来栖の様子から、あまりよいことがあったのではないように感じ、何か言いかけたが、来栖の表情が硬いので、思わず口をつぐんだ。
突然、来栖は自分に返り、母に、自分が母をおんぶすることを申し出、母の持っていた一本の松葉杖を小脇にかかえこむと、母をおんぶして歩き出した。来栖にとって、小柄で比較的体重が軽い母をおんぶするのは、それほど大きな負担ではなかった。
背後から誰かが追いかけてくる気配を感じ、来栖が振り向くと、それは八雲だった。
「来栖先生、明日の午後三時から、総会があることは知っていますね?総会が終わったあと、『黄山』の間に来てもらえませんか?黄道の会の教育関係者が集まる会合あります。そこに、さきほど鵬役員からお話があった方もいらっしゃいます」
来栖は八雲の言葉にうなづくと、そのまま足を進めた。





