goo blog サービス終了のお知らせ 

小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第5章 5)

2020年06月21日 | 小説

   明くる日、N町の総合病院の整形外科で受けたレントゲン写真による診断では、来栖の母の右足は幸いなことに骨は折れていなかったが、筋を痛めているようで、しばらく湿布が必要だった。湿布のせいなのか、痛みがいくぶんやわらぎ、杖をついてどうにか歩けるようになった母を来栖は支えながら、その病院の前のバスの停留所にたどり着いた。母をベンチに座らせ、そのあと自分も腰を下ろして、帰りのバスを待った。来栖と母は病院の近くの店で昼食を取ったが、バス停に着いたのは午後の一時半だった。
「明日は入会式だと言うのに、ねんざは困ったもんだね・・・・・・でも、骨が折れてなくて、よかったよ」
母はさも困惑しているかのように来栖に語りかけた。
   来栖は母の黄道の会の入会の儀式が翌日の日曜日に迫っていることをその時初めて実感した。来栖は、母がY村に来てから、わずか一ヶ月の間に感化され、自分が母に入会をすすめたわけでもないのに、黄道の会の目に見えない力によって、短期間で入会に至ったことに今更のように驚いた。自分の場合はY村分校の同僚の教師の三輪友紀の影響が大きく、いつの間にか母と同じように一ヶ月くらいで入会したのだが、それは母とは違う状況であるように感じていた。
   また、そのときなぜか、来栖はY村に来たばかりのころ、大木村長と酒を酌み交わしたあと、何もわからなくなり、気がつくと、大広間のようなところで、大勢の人たちといっしょに砲弾形の器具に入れられ、天井から宙づりになり、今から思うと、欧開明の若き姿とも思える人物の姿と声を聞いたことを思い出した。あれはいったい夢だったのか現実であったのかいまだに定かではなかった……
   来栖は到着したバスから人が下りるのを待って、母を支えながら、いっしょにバスに乗り込んだ。N町とY村間の交通は車の場合、やはり山間のくねくね道を約三十分ほど走らなければならなかった。母はその日の朝、Y村からN町に向かうバスの中、車酔いを訴えたほどだった。
   帰り道で、このY村の村役場の運営する小型バスは、くねくね道でこの田舎では珍しい、一台の濃紺のベンツに背後につかれた。小型バスは、ひとしきり走ったあと、路肩を広げたところに行きつくと、一時停車して、ベンツを先に行かせた。ベンツが小型バスを追い越すとき、左ハンドル(当時はまだベンツは左ハンドルが多かった)のベンツの左側の後部座席の窓が開いて、来栖が見たことがあるような気がする人物が顔を見せた。でも、それが誰なのか、来栖にはわからなかった。
   小型バスの車中のY村の住民の老人たちの中から声が漏れた。
「鵬(ほう)役員だよ」
   来栖は近くにいた顔見知りの年配の女性に声をかけた。
「鵬役員はY村によくいらっしゃるんですか?」来栖の問いにいくぶん面食らった様子で返答せずに戸惑っていると、横から別の年配の女性が来栖に言った。
「分校の先生は何も知らないんだね」
   来栖がさらに問いかけると、その女性はこう言った。
「……そのうちわかるわよ」
   来栖はそれ以上訊くのをやめ、今夜、若木に会ったとき、鵬役員のことも訊くことに決めた。
   小型バスはくねくね道を走り終え、山間にある盆地のY村の集落に入り、やがて村役場の前の停留所に到着した。
   村役場の前では、さきほどの濃紺のベンツが停まり、比較的大勢の人々が、車の中から出てきた鵬役員を取り囲んで、語らいをしているようだった。Y村でよく見る欧開明の付き人の屈強な若者二名以外に、もう一名、恐らく、ベンツの助手席に乗り、鵬役員に随行してきた目つきの鋭い東南アジア出身の外国人と思われるの一人の若者が、鵬役員の傍らにあって、左右に目を走らせていた。
   来栖がY村に来てまもなく、小野村正導師と共に東京で警察へ任意出頭したため、来栖と接する機会のなかった鵬役員だったが、来栖が全く思いがけないことに、Y村の黄道の会の会員たちの間では、欧開明にまさるとも劣らない人望があることがその日初めてわかった次第だった。
   足の悪い母を支えながら、母といっしょにバスから降り立った来栖を村長の大木の傍らにいた八雲が発見し、来栖を指し示して、大木に何事かをささやいた。
「来栖くん、ちょうどよかった。ちょっとこちらへ来てくれんか」大木が来栖を呼んだ。
「はい」来栖が返事をして、母を見やると、母は息子にうなずいたので、来栖はゆっくりとその人の輪に向かって歩いて行った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする