来栖が大講堂の鳳凰の間に着いたのは夜の八時二十分だったが、「臨時集会」はほぼ終わりに近づいていた。ステージ上のスクリーンには、当時普及し始めたパソコンの電子メールで送られてきたデジタルカメラの写真により、黄道の会の東京本部の大講堂のステージ上で挨拶をした鵬役員と小野村正導師の姿が映し出され、「勝利の凱旋」と銘打った大会は終わろうとしていた。
なぜか、その日は桐野富士夫首席正導師の姿はなく、八雲が壇上で、正導師序列第三位の「老君洞」住職の羽山と並んで、会員たちを鼓舞する演説を行っているところだった。羽山正導師はただ八雲の話にあいづち打つかのようにときどきうなずくだけで、何も発言することもなく、途中から来てこの前の状況を知らない来栖にとっては、羽山の立ち位置が滑稽であり、無意味なもののように感じた。
八雲は起立させた聴衆を前にして、「鵬役員と小野村正導師の次はわれらの欧開明先生の釈放を絶対勝ち取るので、みんな一致団結して頑張ろう!」、「毎日、各自祭壇に向かってお勤めのときは欧開明先生の早期釈放を祈ろう!」と叫ぶと、拳を天に振り向け、全員の音頭をとった。会場の会員たちはそれぞれのスローガンの最後の言葉の「頑張ろう!」と「祈ろう!」を唱和した。そのあと、ようやく、羽山正導師の出番がまわってきた。八雲の傍らにいた羽山正導師は左手を挙げ、日本語の音としては聞き取れない言葉と共に、宇宙の源体に感謝するあの動作を行おうとしたので、八雲も含めて鳳凰の間にいる全員が、羽山正導師に習った。どうやらこの黄道の会の祈りのルーティンとも言える行為は、大勢の前で先頭に立ってやる場合、祭祀を執り行う高位の指導職の者が行うことになっているらしかった。
来栖は空いた席もなく、最後尾の座席の列の後ろにいたが、左手上げ、皆に習い、黄道の会の中では「和光同源」(従来は「和光同塵」)と言うタイトルで呼ばれている、この宇宙の「源体」と一体化して「源体」に感謝する、古代中国の一連の言葉を唱和した。
このように黄道の会の集会の「締め」が行われ、いつもなら、ここで「臨時集会」は終わるはずだったが、この日は違っていた。なぜ、ここで一度「締め」を行ったのかは、後々まで一つの謎として残った。
八雲の招きに応じ、警察に身柄を確保された、前野川の妻と細村の母親が、ステージ上に現れ、会場はどよめいた。
「……みなさん。鵬役員と小野村正導師は疑いが晴れて、釈放され、我々は勝利を勝ち取ることができました。次は欧開明先生の早期釈放を勝ち取ることが、我々の緊急の課題であり、大きな目標ですが、たいへん残念なことに、また、新たな事態が発生しました……」八雲は会場の皆が自分の言うことに耳を傾けていることを確認し、なおも続けた。
「もう、すでに、テレビのニュースの報道でお聞き及びのことと思いますが、古敷田よしこさんに関わる容疑でY村郵便局の前野川亘局長と細村敏弘君が事情聴取を受けるために本日午前、警察に出頭しました。わたしが二人に確認したところ、二人とも全く身に覚えのないことだと言って、無実を訴えています」八雲はそう言い、前野川の妻と細村の母に目配せをした。
壇上に進み出た前野川の妻と細村の母は、いくぶん緊張の面持ちだったが、八雲が促し、先ず年のころは三十半ばの前野川の妻が前に進み出た。
「みなさん、こんばんは!わたしは前野川の妻の道代と申します。うちの主人は見かけはとても派手ですが、実はみなさんもご承知の通りの真面目を絵にかいたような人間で、よしこさんに悪さをするわけは絶対ありません。本人は、警察が来るかもしれないと言う情報を事前に聞いていましたが、これは誰か悪い人間の仕組んだ陰謀かもしれない、とわたしに言っておりました。どうか、皆さまのご理解と早期釈放に向けてのご協力をお願いします……」前野川の妻はそう言うと、マイクの前から退いた。次は細村の母で、年のころは五十代半ばの女性で、面長の細村と顔がよく似ていた。
「……細村敏弘の母です。うちの敏弘はよしこちゃんにちょっかい出したり、変なことはしてないです。確かに前はよしこちゃんに敏弘は気に入られて、追いかけられていましたが、うちの子は賢いので、うまくいなしていたそうです。みなさん、うちの敏弘が早く帰れるようにご協力お願いします」細村の母は自分の息子が何も悪いことはしていないことを黄道の会の会員たちの前で言えたので、少し安心して、また元の位置に戻った。
最後に八雲が、以前から再三集会で言っていることだったが、古敷田よしこに関わる以前の目撃情報があれば、黄道の会本部に通報するよう、集会の出席者に告げ、散会となった。
来栖は大勢の人でいっぱいの大講堂の鳳凰の間の後ろの出入り口近くで、小柄な自分の母の姿を目で探したが、見つからず、とうとうあきらめて、人の流れに従って、大講堂の地上エントランスから外に出た。来栖が母が出てくるのを待つか、そのまま家に帰るか迷っていると、その時、誰かが後ろから、来栖の肩をたたいたので、驚いて、振り返った。





