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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第4章 18)

2019年12月14日 | 小説

   その年の四月上旬のY村分校の開校式、始業式、入学式の同日挙行の日の十日前に行われた「童会」に参加した九人の児童たちは、確かにN町の本校から、この新しく設立されたY村分校に転入してきたのだったが、その他の日本全国からやって来てY村に住みついた十世帯の十三人の児童はN町の本校からY村に来たわけではないので、N町の本校へ行くことにそれほど関心があるわけではなかった。来栖はそこで一計を案じ、N町の本校から転入してきた九人の内のいちばん年長の六年生の女の子にあらかじめ、遠足(校外学習)のコースは、各家庭のお金の負担の関係で、約五十キロ離れた県庁のS市の城址公園と十数キロ離れたN町本校に行くのは中止になり、Y村の「老君洞」及び「粟川ダム」の周辺に路線バスに乗って行くことになったことを伝えておいてから、来栖がそれを全員の児童たちの前で発表した。そのためなのか、来栖が予想したよりは大きな不平は児童たちから上がらなかった。
   来栖が主体となり、玲玲も参加して、今回の遠足(中・高学年は校外学習)についての計画書を作成し、N町の本校の校長に提出した。それは学習指導要領に基づいて、低学年の遠足においては校外の集団活動によって、自然に接し、教師と児童の人間的な触れあいを深めること、中・高学年においては校外学習と言う位置づけで、低学年と同様の趣旨を基礎に、更に校外学習として、中学年は同じ日に見学予定の「粟川ダム」の役割について考察、高学年においては「老君洞」のできる以前からその地にある修験道の神社の歴史についての考察だった。ルートにはもちろん「老君洞」の参観も組まれていたが、それは一種の観光地としての扱いで、校外学習の主旨には含まれていなかった。
   村長の大木もこの計画書を目にしたが、児童たち全員が黄道の会の熱烈な信仰を持つ会員の子供たちであり、桐野首席正導師を通して、「老君洞」の住職の羽山正導師に道教の寺院である「道観」での礼拝の仕方の説明をしてもらい、児童たちも礼拝をさせること、また、桐野首席正導師が講師となって収録した三十分の「老君洞」の紹介ビデオを児童たちに見せることを黄道の会の「童会」の行事として実施することを手配した。
   その日がやってきた。ところが、Y村分校の児童たちが、Y村の数少ない観光地である「老君洞」及び「粟川ダム」に行く予定の日の前日の午後から夜にかけて、激しい豪雨があり、父母からは一時翌日の決行を危ぶむ声もあったが、幸いなことに、夜明けごろには、雨は小降りになり、陽光が雨に濡れ、水滴を含んだ薄紅色のツツジの花を照らすころには、すっかり雨は上がっていた。
   元々Y村の大木村長の考えでは、この遠足に参加する来栖と李玲玲の二名の教師を含めた総勢二十四名(N町本校からの転入者九名、他地域からの転入者十三名)のために黄道の会が日頃バスをチャーターする黄道の会の会員が経営するバス会社のバスを格安価格でチャーターし、使用する予定だったが、保護者の負担軽減を考えるN町の本校の校長の指示で、朝夕合計しても数本しかない路線バスを使用することになった。
   児童たちはいつになく、はしゃいで、他の児童にちょっかいを出すものもいて、引率の来栖と玲玲は大わらわだったが、どうにか全員路線バスに乗りこんだ。定員七十九名のバスだったが、常連客はバス通学の中高生も含めて二十二名前後で、二十七席ある座席がいくつかの空席を残した状態で、Y村分校の児童たちが乗車すると、実際は、かなりのすし詰め状態だった。
   来栖と玲玲はうるさく騒ぐ児童たちをやっとの思いでなだめすかしながら、二十分の路線バスの乗車のあと、やっと「老君洞」と言う名前のバス停に到着した。
   バス路線の県道から「老君洞(太極宮)」入口と書かれた看板のある枝道に隊列を組んで、来栖と玲玲、それに児童たちは入って行った。
   「雨上がりで道が滑るので、みんな気をつけて!」先頭を歩く来栖が児童たちに声をかけた。元来Y村のような田舎に住むには適さないと自負する玲玲は、いかにも歩くのに慣れていない様子で、いやいやながら、列のしんがりを努めていた。
   やがて、眼前のやや高いところに、一本の樹が孤高にそびえたっているのが来栖の目に入った。来栖は足を止め、それに続く児童たちも足を止めた。

 

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