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小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第4章 11)

2019年07月28日 | 小説

   来栖は母といっしょに黄道の会の作法にのっとった晩のお勤めを終えると、その高揚した気分が冷めやらぬままに、三輪友紀から届いた手紙の封を切った。
   その手紙は便せんで数枚あり、比較的長いものであった。
――来栖先生 分校の皆は元気ですか?分校が開校して、わたしは児童たちとも打ち解け、まさに、これから始まるというときになって、持って生まれた体質から、このような病気になったので、「宿命」と言えるのでしょうけど、自分の病名がわかったときには、この「宿命」の過酷さにほんとうに絶望しました。でも、今は、欧開明先生の教えを心の支えとして、病気と闘っていくことを決心しています。欧開明先生の説く「源体宇宙論」では全ての事象が「源体」の中にあり、人間がうれしく思うこと、または悲しく思うことも、一切が「自然」であり、それらは事象を受けとめる人間の主観の中にあるので、本人の心の持ちようでそれを変えることができます。わたしの病気を例に挙げれば、これは考えたくありませんが、もし、この病気が原因で、最後に死を迎えることがあっても、わたしは「源体」との一体化があるので、悲しまなくてもよいのかもしれません。欧開明先生はたびたび言われています。自分の「宿命」をそのままに受入れることも間違いではないが、自分の主観で言う、よい方向に向って努力しないのは堕落した人間であり、それは「自然」ではないとのことです。この場合、人間の「自然」の一つは自分の病気を治すために積極的に努力することです。黄道の会の教えでは、この「自然」にさからわず、積極的に生きることを奨励しています。でも、黄道の会の教えでは、これと矛盾することですが、心に打撃を受け、大きな悲しみのため、自分の命を絶つことも「自然」の一つとだと言われています。今のわたしについて言えば、病気に打ち勝ちたいという強い気持ちがあり、そちらの方の「自然」に向って努力していきたいと思います。これから病院の毎日はたいへん苦しいことがたくさん出るでしょうが、それに打ち勝っていきたいのです。わたしがこの病気になったことは表面的には悪いことですが、この試練が大きければ大きいほど、自分がこの大きな試練に打ち勝ったときの喜びは大きなものになります。
   ところで、来栖先生、わたしがY村を離れてから、その後いかがでしょうか?分校では、毎日やるべきことは多く、あっと言う間に時間が過ぎて行くことと思います。わたしはやっと今の病院に落ち着き、自分の病名もわかり、治療の方針も先生から説明を受けたので、これから治療に取り組んでいきます。わたしの病気は、病院の検査の結果、去年亡くなった兄と同じ急性白血病であることがわかり、それに対する治療がこれから行われようとしています。薬の副作用はとても強く、髪の毛も抜けていくだろうし、吐き気や悪寒など、気分の悪さにこれから必死で耐えていかなければいけないのです。あまりの苦しさにわたしと同じ病気の方がこのまま死んでしまいたいと思い、病院の屋上から飛び降りるため、病院の屋上へ通じる扉まで行ったのですが、その扉は鍵がかかって開かなかったそうです。その場で倒れていたところを、病室にその人がいないことに気がついた看護婦(注:当時の呼称)の方に発見されたこともあったそうです。このあと、わたしもこのようなことにならないとも限りません。今のわたしの心の支えは、欧開明先生からいただいた励ましの言葉です。病院に入院した後も、欧開明先生から励ましのお手紙をいただき、とても勇気づけられました……欧開明先生は今まだ拘置所にいらっしゃるそうですが、いったいどのような方法でわたしにお手紙を送られたのかわかりません。そのお手紙は欧開明先生が筆をとって書かれたものではなく、字は確かに印刷されたものでしたが、その文章から感じられるものは欧開明先生本人の人格の大きさと限りない優しさで、欧開明先生本人が書かれたお手紙としか感じられないようなものでした。特に、そのお手紙の中ではわたしの亡くなった兄のことや、わたしに深くかかわることも書かれていて、黄道の会から欧開明先生の名で重病になった黄道の会の会員全般に送るお手紙と言うのではけっしてなく、明らかに欧開明先生がわたしのために書かれたお手紙でした。来栖先生、わたしはこれから本格的な治療が始まり、治るまで、お手紙を書くこともできなくなるかもしれません。わたしは病気に打ち勝つため、せいいっぱい頑張るので、来栖先生も毎晩のお勤めのときに、わたしの病気が治るよう、どうか祈ってください……
   来栖はここまで読んで、顔をあげたが、熱心に手紙に目を通す自分を、母が異常な好奇心をもって注視していることに気がついた。来栖は母とはついに遭遇することがなく、ちょうど母が来た日に病気で分校を離れることになった同僚の女性教諭の三輪友紀のことを簡単に説明した。来栖は再び、友紀の手紙を手に取って、読み進めると、驚いたことに、その最初の文面から、今まで、兄と言っていた友紀の亡くなった兄と言われるその人は、友紀とは、世界的にも非常に稀有な男女の一卵性である可能性の高い双子の兄だと言うことがわかった。

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村 (第4章 10)

2019年07月14日 | 小説

   来栖が目にしたのは、ぶな屋敷の前の比較的広い空地に数台の乗用車やワゴン車の警察車両が止まり、大勢の警察官たちが「ぶな屋敷」に向って、おしよせてくるところだった。来栖は彼らが、自分を逮捕にやって来ることを直感し、自分の部屋を飛び出した。「ぶな屋敷」の裏側の二階の共用廊下は山のゆるやかな斜面に面していた。来栖は階段とは反対の角に行きつくと、手すりを乗り越え、一瞬宙に浮いて、山の斜面になんとか着地すると、山林の中を駆け出した。
  どうやら、階段を駆け上ってきた警察官の先頭が手すりを乗り越える来栖を目撃したらしかった。来栖の背後で、「裏山に逃げたぞ!」と誰かが叫ぶ声が聞こえた。
  来栖は木立の中を途中何度もつまずきながら、必死で逃げた。どれだけ時間がたったろうか、それは来栖にとっては果てしなく長い時間にも感じられた。最初、背後で来栖を追う人々の声が聞こえていたが、次第に声は遠ざかり、ついに聞えなくなった。来栖は足を休めず、なおも走り続けると、突然、山林の中の前方に、白いドレスのような服を着た女性らしき人がふわりふわりと飛ぶように走って行くのを目にした。来栖はそれをいつしか夢中で追いかけていた。とても理解できないことだったが、来栖がその人に近づいたと思うと、その姿は急に見えなくなり、少し経つと、また、来栖の前方にその人は現れるのだった。そうしたことを数回繰り返したが、そのサイクルは、とても長い時間のようにも、また、比較的あっと言う間の短い時間のようにも感じる不思議な感覚だった。ついに来栖は髪が肩まで伸びた、その女性のような人に追いつき、その人の肩に手をかけた。すると、その人は振り向いた。その人の顔が誰なのか認識しようと思ったその刹那、来栖は突然、「……信一!……信一!」と言う自分を揺り動かす母の声を耳にした。
  来栖は母の声でやっと眠りから覚めると、テレビをつけたまま、眠り込んでいた自分に気がついた。寝ぼけまなこでいると、来栖は母が自分は食べて来たと言いながら、卓袱台の上に料理を並べ、来栖に食べるよう、うながした。
「……今日のお話はとってもよかったよ。あの桐野正導師のお話はほんとうに人の心をひきつけるねぇ……」まだ眠気の覚めやらぬ来栖は、母の言葉を遠いところからの言葉として聞いていたが、やっと起き上がり、食卓についた。
   来栖の母の話では、今日彼女は、正式に黄道の会に入会することになったのだと言う。しかし、来栖に対しても行われた入会の儀式をいつ行うのかは、まだ未定で、恐らく常にある、他の入会希望者たちといっしょに行うとのことだった。実際、来栖のように一人の入会希望者に対して、入会の儀式を行うのは比較的少なく、Y村の分校の教員である来栖を一日も早く正式の黄道の会の一員とすることによって、公立の小学校の分校とは言え、黄道の会の教義に即した教育を児童たちにしてもらいたいと言う黄道の会本部の政策的なものが働いている可能性があった。来栖について言えば、Y村に来てから、来栖の母と同じように、まったく黄道の会とは縁もゆかりもなかったのにもかかわらず、たいへん短期間で本人が強く入会を希望するようになったのは、この黄道の会の持つ、人を会員にするための経験に基づくノウハウや、人の精神に及ぼす何かしらの特殊な力が働いた可能性が高かった。また、熱烈な会員の一人でもある、分校の同僚の三輪友紀の影響も大きかった。
   来栖の母は、来栖の食事の終わったころを見計らい、黄道の会の晩のお勤めをいっしょにしたいと言うので、来栖も母も、赤い色彩がひときわ鮮やかな祭壇の前に着席した。
  来栖は線香に火を点けようとして、ふと目をやると、供物台の脇に一通の封書の手紙があることに気がついた。当時はまだ電子メールが普及していなかったので、手紙を送ることはよくあることだったが、それは来栖には見覚えのある字で、宛名は来栖信一様とあり、差出し人は三輪友紀だった。
   来栖は日曜日に配達をしないと思い、「お母さんこの手紙はいつ来たのかな?」と母に尋ねると、母の話では、郵便の配達員が間違えて、隣りの原良のポストに入れていたのを、原良が見つけて、今日、母に渡したのだと言う。
   来栖はその封書の宛名の字を見て、今では重い病気で、ここから遠い、東京の近くの病院に入院したはずの友紀に思いをはせた。

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