よしこを救出するための会合で、そのあと行われたのは、今回招集された四人各自の持つ、当時の分校工事現場でのよしこに関する情報についての確認だったが、四人とも提供できるような情報は何もないことがわかった。
しかし、客観的証拠が今のところ何もなかったにもかかわらず、前野川が自己の私見として、金村勘吉が改修前のY村分校の保健室で起居していたに違いないと述べ、それを強く主張したことは特筆に値することだった。
会合を終えるにあたって、招集された四人は、八雲から最後に、よしこの即時釈放を勝ち取るための建議書を後日、黄道の会に各自提出するように言われ、その日の会合は終了した。
前野川と細村は解放された喜びに言葉を弾ませながら、二人いっしょに出て行った。来栖と三方も後につづいた。八雲と古村は、黄道の会の他の幹部たちも含めた打ち合せがあるとのことで、大講堂の閻王の間から、古村が宿泊先としている黄道の会の研修センターに向った。H県警の保村と畠山はちょっとの間、その場でメモの整理をしていたが、欧開明の付き人の二人に促され、引き上げて行った。
来栖は三方とともに「ぶな屋敷」のアパートに戻ると、母がいないことに気がついた。また原良に連れられて、黄道の会の「学習会」に参加しているかもしれなかった。母は最近「修行」の機会を求めて、積極的に黄道の会の会合に参加し、入会するのは時間の問題と思われた。
来栖がテレビのスィッチを入れると、黄道の会のニュース関係が「特番」で放映されていた。画面に現れた欧開明は少しやつれた様子であったが、元々頑健な体質であったらしく、比較的元気そうであった。欧開明は、一連の事件の嫌疑について、証拠不充分との理由で、まもなく釈放されると言うマスコミの一部の報道があったが、その日H県の地方裁判所側から、その可能性は全くないとの見解が出されたことにより、黄道の会の欧開明を崇拝する会員たちからは失望の声が上がっていた。とは言うものの、報道では、東京のF本部の鵬(おおとり・通称:ほう)役員、小野村正導師は近く釈放されることは間違いなかった。また、古敷田よしこについては、彼女の嬰児死体遺棄事件において、彼女の精神障害から、責任能力が無いことが認められる可能性は大きかったが、もしそれが前提になると、精神障害のあるよしこに対して、彼女の同意の有無にかかわらず、彼女と性行為にいたった者は当時の法律の名称で言うと、『準強姦罪』として立件される可能性があった。しかし、この犯罪を犯した、よしこをはらませた者が誰なのかはいまだに明らかになっていなかった。また、よしこが子を産んで遺棄したこと自体の信憑性を疑う意見もあった。遺棄した場所についての彼女の供述が二転三転することから見ても、それを疑うことはもっともであったが、警察の方では、よしこが自宅のトイレで死産で子を産み、いっときそれを自分の身辺でかくしたのち、この村のどこかにこの嬰児の死体を遺棄したということは、よしこの供述しか根拠がないにもかかわらず、間違いのないこととして、信じられていた。そして、東京からY村に転勤してきたよしこの元恋人の公務員の話があったにもかかわらず、欧開明がよしこに対してたいへんやさしく丁重な態度であったためもあり、欧開明自身がよしこをはらませた張本人ではないかというマスコミや世間からの風評があった。一部の番組で、東京からY村へよしこを追いかけてきた公務員のうわさが真実であるのか、はたまた黄道の会の教祖と世間では目される欧開明自身が加害者なのか、識者の間において、テレビ討論も行われる始末であった。
来栖が黄道の会のテレビの報道を自分に関係があることとして、意識するようになったのはこの日のこの時からであった。そして、来栖は、自分がよしこを知ったのはこの村に来た三ヶ月前からに過ぎなかったにもかかわらず、自分も疑惑の中の一人物にいつの間にかなっていることに気づくしだいで、言いようのない大きな不安を感じ、誰か自分を弁護して、助けてくれる人物をさがす必要を感じた……
来栖は突然自分の意識が飛んだような感覚にいっとき襲われたが、ふと気がつくと、外で複数の車が停車する音が聞えた。そして、それとほとんど同時に、あわただしい雰囲気の大勢の人の気配を感じたので驚いて、ベランダに面するガラス戸のカーテンを少しだけ開けて、外を見まわした。
Y村分校は確かに来栖が来たばかりの三ヵ月前はまだ改修工事中だった。その頃、よしこは村のあちこちで目撃され、いつも決った場所にいるというわけではなかったが、特に、その当時、工事中だったY村分校において、彼女の姿がよく見られていたことも事実であった。
古村はおもむろに、Y村分校の足場が組まれた工事現場にいるよしこの姿を当時市販され始めていたデジタルカメラで撮影し、大きな紙に印刷したものを何枚か取り出し、それをホワイトボードの上にマグネットで貼りつけた。
よく見るとそれは、よしこが足場の組まれた建物の外側で工事の関係者と話をしている姿や、積まれた建築資材の傍らで、しゃがみこんで何事か地面に指で文字か絵を描いている姿だった。
「この写真は、工事の現場監督をしていたF建設の社員がよしこさんのことを面白がって、撮影したものです……」古村はそう言うと、まわりの反応をうかがうかのように見渡した。
「実際、古敷田よしこさんはこの分校を自分の産んだ子を『隠した』場所だとはコメントしていませんが、彼女の行動から言うと、この分校についても考える必要があると思われます。状況を言いますと、彼女が子を産み落して遺棄した時期は、恐らく彼女が東京からこの村に戻ってから少したった二年前と考えられていて、このY村分校の再興のための工事が始まる前で、その頃、この分校の校舎は荒れるにまかせるばかりで、誰にも顧みられない状態にあったそうです……」ここで話を切ると、古村はまた、まわりの人々の反応をうかがった。このとき、古村だけでなく、鋭い眼を光らせていた八雲も前野川が一瞬不安げな表情を顏にさっと走らせたのを見逃さなかった。
「……実は二十年近く使用されていなかった校舎の一階に保健室があったのですが、F建設の人の話では、工事を始めるにあたってその保健室に入ったとき、驚いたことに、清涼飲料水の空き缶や食べ物のゴミが少しあり、ごく最近まで、そのベッドに人が寝ていただろうと思われる痕跡があったそうです……」古村がそう言うと、ついにがまんできずに、後ろの席にいた、保村が大きな声で質問を発した。
「それは本当ですか?現場の保存はされていますか?」
「たいへん残念ながら、その保健室は、今年四月から分校が再び開校するにあたって、きれいに掃除をされ、ベッドのふとんや敷布も新しいものに変えられて、以前の状態ではなくなっているそうです」古村は申しわけなさそうに言ったが、何を思いついたか、手元にあった写真を印刷した別の大きな紙をマグネットでホワイトボードに貼りつけた。そこには二十年近く使用されていなかったはずの保健室が、F建設の人に発見されたばかりと思われる状態で映し出されていた。
H県警の保村と畠山はいつの間にか、前に出てきて、前野川、三方、細村それに来栖の四人の前に自分たちの姿をさらけだし、ホワイトボードに貼られた保健室の状態を映した写真に熱心に見入っていた。
「……うーん、ここに何かしみのようなものがありますね」畠山が保村に指摘したのは寝乱れた様子のベッドの掛けふとんの上にあるしみのようなものだった。
「……この校舎は工事の始まる前、鍵がかかっていたのでしょうか?」保村は、パイプ椅子に腰掛け、別の資料に見入っている古村に声をかけた。
「恐らく、鍵はかかっていたと思いますが……」古村がそう答えると、保村が突然、思いついて古村に尋ねた。
「この現場を片付けたF建設の人は今、どこにいるのか知っていますか?」
古村の話では、このY村からそれほど遠くない別の現場にいるはずとのことで、F建設の事務所に現場監督の「花井さん」はどこにいるかと問い合わせればわかるとのことだった。
八雲が自分の腕時計で時間を確認し、古村にちょっと声をかけたあと、招集された四人に向って言った。
「……ひとまず休憩とします。十分後の三時半にミーティングを再開します」
前野川や細村は暫しの間だけ緊張から解き放たれたことを喜び、背伸びをしながら、「閻王」の間を出て行ったが、来栖は三方とともに自分の席に座ったままだった。





