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小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第4章 6)

2019年04月29日 | 小説

 八雲は三方の反応に気づき、三方に自分の知っていることを述べるように言うと、三方は少し首をかしげながら言った。
「……よしこちゃんは今は確かに左手の甲に大きな黒子があります……」
   この言葉は周囲にどよめきをもたらし、保村と畠山はメモをしていた手を止め、顔を上げ、三方の方に目をやった。三方は話を続けた。
「ですが……、よしこちゃんをよく知っている人はわたしも含めて、皆そう言いますが、以前はその黒子はなくて、最近になって見られるようになったんです……」
   今度はその場にいた一同が静まりかえった。
   ところがどういうわけか八雲がこう言いだした。
「……そのことについて、弁護士の古村さんがよしこさん本人に確認したことがあるそうです……彼女の話では、以前からこの手の甲の黒子はあったそうですが、ずうっと小さくてほとんど目立たなかったのに、いつの間にか大きくなったそうです。いつから大きくなったのかははっきりわからないそうです……」
   八雲は来栖に問いただした。
「……来栖先生は東京で川に飛び込もうとしていた女性を助けたそうですが、その女性の左手の甲にあったという黒子はどのくらい大きかったのですか?」
「……うーん、確か大きさは七、八ミリくらいはあったでしょうか……」来栖が答えた。
「それは何年前のことですか?」八雲は尋ねた。
「……えーと、三年前です」来栖は自分のこの答えがどういう結果をもたらすか不安に感じた。
   八雲はそれ以上、来栖を追及はしなかったが、普段おとなしい来栖が突然、また、テンションをあげてしゃべりだした。
「……聞いてください。そんな偶然はあるかどうかわかりませんが、もし、仮にそのときの女の人がよしこさんだったとしても、ぼくはその人とはそこで初めて会ったのだし、ぼくとはまったく関係ありません……」
   もちろん、来栖の言うことは論理的には正しいことかもしれなかったが、最も重要なことである、なぜ、来栖が川に身を投げようとする女性を助けるような経緯に至ったかを、その場にいた人に完全に納得させるものではなかった。これは来栖自身にとっては自明の理で、『偶然』、川に飛び込もうとして橋の手すりに上っていた女性を目にし、その女性を橋の手すりから引きずり降ろして、その女性が川に飛び込むのを防いだということだったが、たとえ来栖がある朝、自分の勤務先である小学校へ自転車に乗って通勤途中、『偶然』、遭遇したことを説明したとしても、もし来栖を疑惑の対象と考えるならば、来栖とその女性は実は交際していて、感情のもつれから、女性の方が激情を発し、川に飛び込むという行為をしようとして、来栖がそれを止めたとも、解釈できる可能性があった。それは、人が川に身を投げようとする異常事態に遭遇することは比較的まれなことであり、それが男女の交際の中での感情のもつれで起こったできごととした場合、その当事者として遭遇した、とした方が、この世の中では、より必然性は高かったからである。
   しかし、この第三者的な観点を想像できるような、客観性を持たない来栖は、そのことにいっこうに気づかず、ただ、自分とその左手に大きな黒子がある女性が無関係であるということを強弁することに終始してしまい、人を疑うことを生業とする警察の捜査員の疑惑は晴れていくどころか、余計に深まるばかりだったかもしれなかった……
   八雲が欧開明の付き人の若者二人に目配せをすると、二人共閻王の間を出て行き、三十秒ほどで、先ず弁護士の古村がノックのあと部屋に入ってきて、そのあと二人の若者がキャスターのついたホワイトボードを運んできて、それを室内に運び入れると、正面の八雲の背後にそれを設置した。古村が今回呼び出しを受けた三人の後ろに控える、H県警捜査課の保村と畠山に軽く頭を下げて、そのまま、八雲の隣りの席にパイプ椅子を運んだところで、八雲が皆に古村を紹介した。
「こちらはわが『黄道の会』弁護団の古村先生です」
「弁護士の古村です」古村はそう言って、軽く一礼をすると、持参してきた数枚の大きな紙のうちの一枚を広げて、マグネットでそれをホワイトボードに落ちないようにしっかり止めた。
   一同からさっと驚きの声があがった。

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村 (第4章 5)

2019年04月07日 | 小説

   八雲は険しい顔の若者から保村の伝言を聞くと、すぐにその若者の耳に何事かをささやき、肩をたたいて、送り出した。若者は保村の元に歩み寄り、八雲から言われたことを保村に伝えた。保村はそれを聞くと、頭を何度も上下に振って、わかったという、意志表示をした。
   八雲は三方に他につけ加えることがないかどうか、確認し、三方がないことを表明すると、今度は鉾先を林業を営む細村に向けた。
「……細村さんは何かありませんか?」と言う、八雲の問いに細村敏弘は顔をしかめて、答えた。
「俺はないっす。そのあたりでよしこを見かけたことはまったくないし……それと、よしこは、前は勝手によく俺のことを自分の王子さまのように言いふらしてたけど、最近は俺じゃなくて、変わったみたいっす……」
   八雲の怜悧な眼が一瞬来栖に向けられ、また細村に戻った。
「……と言うと?」八雲が問い返した。
   不良少年だったころの雰囲気を今だに持つ二十代前半の細村は、露骨に顔を自分の左手にいる来栖の方に振って、不機嫌そうに態度で示した。
「……来栖先生?」八雲が細村に言うと、細村はうなずいて、視線を来栖がいるのとは反対の自分の右手に向けた。
「来栖先生!」八雲がややトーンの高い声で呼びかけると、自分に鉾先がまわってくることをまるで予測していなかったかのようにぼおーっとしていた来栖は、ぎくりと身を震わせた。
「……はいっ?」来栖は突然夢から覚醒された人間のように返事をした。
「来栖先生は何かありませんか?」八雲が問いかけると、来栖はなぜか堰を切ったのかのように勢いづいてしゃべりだした。それは来栖がこの場を利用して、よしことの関係の潔白性を説明するよい機会ととらえたかもしれなかった。
「……ぼくはよしこさんがその場所に行ったかどうかも、まったく知らないです。ぼくはまだこの村に来て三ヶ月で、よしこさんと出会ったのも二、三回で、彼女とはまったく関係ないです。よしこさんから勝手にぼくを自分の空想の世界の王子さまに仕立て上げて、いろいろ言ってきましたけれど、ぼくにしてみればたいへん迷惑な話です……」来栖が矢継ぎ早にまくしてると、八雲はこう言った。
「……来栖先生のおっしゃることはわかります。でも、これは弁護士の先生から聞いた話ですが、よしこさんは数年前、東京でOLをしていたとき、来栖先生を知っていて、自分の恋人だったと言っているのですが……」
   来栖は確信した――それはよしこの空想の世界の中での思い込みなのだ。
「……そんなことは絶対にありません!ぼくは東京にいたとき、よしこさんなどまったく知るわけないじゃないですか?それはよしこさんの空想の中の思い込みに違いありません……ただ……」来栖はそう言って、言いよどんだ。
「……ただ?……どうしたんですか?」八雲は来栖に問いかけた。
   来栖はこう言った。
「……この話は誤解されるかもしれないので、断わっておきますが……ぼくが東京で産休教員をしていたころ、朝、自転車で出勤する途中、大きな橋の上で川に飛び込もうとした若い女性を助けたことがあります。その女性が今から思えば、よしこさんに似ていましたが、その女性はそのとき初めて会った知らない人です。それに、その人がよしこさんかどうかはわからないし……覚えているのは……その女性の左手の甲に大きな黒子があったことです……」
   その来栖の言葉を聞いて、三方が微かな声をあげた。

 

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