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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第4章 4)

2019年03月09日 | 小説

   小柄で脳天の禿げあがった風采の上がらない三方は、よしこの妄想の世界の中の登場人物であるはずはなかったのかもしれなかった。よしこは実際、三方の名前を記憶していたかどうかも疑問が残るのだったが、三方のたいへん温厚で、人をほのぼのとさせるような性格は、真によしことの良好な関係を築きあげることに成功していた可能性があった。
   三方はよしこと出会うと、よく会話することがあり、その言葉のやりとりは、彼女が空想と現実のギャップを感じた時の大きなストレスをいやすような作用を彼女の精神に及ぼしていた可能性があった。自分の母親に対しても、必ずしも心を開いていたとは言えなかったよしこが、この、三方に対してだけには一歩踏み込んだ、自分の心の奥底を人に垣間見させていたような感じさえするのだった。そうしたことから、三方に対する聞き取りは、核心に少しでも近づく素地は以前から黄道の会の内部ではささやかれていたが、それとは逆に、警察の方では、よしこの妄想の世界で名前さえ記憶されていない、話の中にも出てこない三方は、捜査の対象にまったくならなかったわけである。ついでに言っておくが、よしこはたいへんな『面食い』で、年よりかなり若く見える四十歳になったばかりの郵便局長の前野川亘は、往年のハリウッドスターを思わせるようなしぶい美男子で、また、まだ二十代で若い、林業の細村も、よしこの妄想の世界の中に記憶されるような容姿の優れた青年だった。
   三方の話では、通称『お花畑』で、よしこが花を摘んできては、よくたむけていた場所があったと言う。
   これは、H県警では、今まで把握していなかった情報だったようで、保村と畠山の間に緊張が走った。二人とも、ほぼ同時にメモの手を止めて、顔を上げて、三方の方を注視した。
「……よしこちゃんは、そのお花をお供えする場所をよく、『みちお(男性名)』のお墓と呼んでいました……いや、『みちよ(女性名)』だったかもしれません……」三方はそう言うと、なおも話を続けた。
「……よしこちゃんの話では、『みちお』は自分が生んだ、手のひらにのるような、とても小さな子で、生まれたときにはすでに死んでいたそうです……」
   八雲はここまで話を聞くと、突然一般の人には意外と思われる行動をとった。それは、黄道の会の会員ならば誰もが知る、左手を挙げて、宇宙の『源体』に敬意を表するために古代漢語と思われる言葉を唱える行為だった。先ず、欧開明の付き人の二人が八雲の様子に気づき、自分たちも左手を挙げて、それにならい、前野川、細村、来栖の三人、それに話し手の三方もあわてて姿勢を正して、左手を挙げ、八雲に遅れること数秒で唱和した。黄道の会の会員は自分が危機に陥った時、また大きな衝撃を受けて、動揺したときなど、旧教のキリスト教徒が日常生活で十字を切る場合と似通うこともあるかもしれなかったが、この行為を行うことがしばしば見られ、八雲のこの反応は黄道の会の内部では決して意外とは言えなかった。しかし、黄道の会の彼らの宗教行為を初めて目にしたH県警の保村と畠山はその見たことのない不可思議さに衝撃を受けてあっけにとられ、しばし言葉も出ない状態だった。
   周りの様子をひとわたり見まわしてから、気を取り直した三方がまた話を始めた。
   三方の話では、最初、よしこが『みちお』のお墓と呼ぶ場所には、小石を並べ、四角く区切り、真ん中にやや大きめの石を置いて、墓標とも言うべきものがあったが、その後、原良が運転する小型ショベルカーがそのあたりの土を掘り返したあと、また埋戻したので、現在は跡形もなくなっているのだと言う。
   ついに傍聴者の立場にいる自分を抑えきれなくなって、H県警の保村が手を挙げて、欧開明の付き人の険しい顔をしている方の若者を呼び招いた。

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