goo blog サービス終了のお知らせ 

小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第4章 1)

2018年11月17日 | 小説

   来栖は日曜が来て、大講堂の「閻王」の間に午後行くことになっていたが、それとは別に、いつの間にか決まっていた、その日の午前の来栖の母がテレビ局のインタビューを受けるのに立ち会うことになっていた。もっともこれについては、原良が以前から彼の宝探しの取材を受けていた某テレビ局の懇意な番組のディレクターのたっての願いに答え、取材目的に合致する人を探し出したということにすぎなかったかもしれなかった。どういうことかと言うと、そのインタビューは、最近多かった「黄道の会」に対する、反社会的テロ集団であるというレッテルを元にいちじるしく客観性を欠いた否定的な観点からのインタビューが大部分であったにもかかわらず、今回はそれとは反対に「黄道の会」を肯定的にとらえたものであるらしかった。実際のところ、「黄道の会」の活動の及ぼす影響によって、被害を被ったと自己認識する人は今のところ皆無であり、ただ、社会の側から見て、いかがわしい、うさん臭い所業が明るみになり、現在警察の捜査本部が「黄道の会」の違法性の有無について調査中というのが現状であった。
   とは言うものの、行方不明の可能性の人物の所在はすべて判明し、疑惑をもたれた一連のできごとについても、表面的には「黄道の会」を支援する国内外の弁護士たちや警察内に存在する「黄道の会」の同志たちの影の尽力により、法的には問題ないことが明らかになりつつあり、それに加えて、一部の「ワナ」ともいうべき警察が落し穴のようにしかけた「黄道の会」の違法性が証明できそうな事案についても、違法性の立証はここに来て、たいへん困難なことが警察当局も認めざるを得なかった。
   現在は、警察に勾留されている欧開明本人と東京本部の正導師と幹部の若干名がいつ釈放されるかがマスコミの話題の焦点となっていた。それに加えて、古敷田よしこに関する事件も、嬰児を遺棄したという場所の捜索が何度か行われたが、そこではなんら痕跡を発見することができず、現在は彼女に対する再度の精神鑑定を検察は申請中だった……
   インタビューはY村の「黄道の会」の施設ではなく、製材所の社長の北里の家の応接間で行われた。最初にインタビューを受けるのは最近「黄道の会」に入会した四十代の婦人だった。彼女の青白い顔は、重い病気からやっと治って、快復してきた状態であるかのように見えた。彼女は情熱をこめて語った。
「……わたしは人生のつらい苦境にたたされ、何度も死のうとしましたが、近くにいた『黄道の会』の人がはげましてくれて、修行の道をさし示してくれました。この大切な修行により、大自然と一体化することを感じ、自分も自然の一部という感覚を得られた瞬間から、不思議なことに心の中にあった『暗黒』が一切なくなり晴れ渡ったのです。この感覚を欧開明先生は『XXXX』であると説かれています……わたしはこの体得した感覚によって、失っていた人生の自信を取り戻し、積極的に生きることを決心しました……」
   テレビ局のインタビュアーはその次に来栖の母にマイクを向けた。
「……わたしの息子が最近になって、『黄道の会』に入信していることがわかり、これはたいへんなことになったと思い、一日も早く息子の眼を覚まして、もとの息子にもどってもらいたいと思いましたが、驚いたことに、息子は以前にも増して親孝行になり、以前は自分勝手なことも多くてとてもわがままだったのですが、別人のように他人を思いやるよい息子になっていました。そして、息子から勧められたわけではありませんが、わたしも今は、自然な成り行きで『黄道の会』に入会することを考えています……」
   来栖は正直言って、自分の母がインタビューに応じて、テレビの画面に現れるのはたいへん恥ずかしく、また自分の「黄道の会」の入会後の性格の変化のような話だったので、自分の個人的な内情を暴露されるようで、これもたいへん嫌なことであり、来栖本人はほんとうに穴があったら入りたいくらいだった。実は、最初はこのインタビューを「黄道の会」のイメージアップに貢献できるよいものと考えていた来栖だったが、前日に原良と自分の母が事前打ち合せをやっている内容を耳にしてから、来栖自身にとっては強烈な不快感を伴うことだとわかり、母がインタビューを受けることをやめさせようとしたが、原良だけでなく、思いがけないことに来栖の母本人の猛烈な反論に会い、それを断念したのだった……

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする