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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第3章 17)

2018年07月07日 | 小説

   翌日の朝は前日と打って変わって、快晴の気持ちのよい朝だった。
   まだ暗いうちから起きて、自分のために昼の弁当を作ってくれた母に来栖は感謝の言葉を述べると、まだ朝の六時二十分だったが、ぶな屋敷と呼ばれるアパートの二階の部屋を出て、分校へ徒歩で向かった。
   来栖が前の晩に行った黄道の会のお勤めについて、来栖の母は、当初、黄道の会に対する否定的な言動があったにもかかわらず、その荘厳な雰囲気に並々ならぬ感銘を受けたらしかった。黄道の会にもし、来栖の母が入会することがこの先あったとしたら、それはその晩を境にして、一つの下地ができたと言えた。
「ほんとにうっとりするようだね。引き込まれていくようだよ……」と来栖の母に言わせし状況を説明するとしたら、先ず、祭壇で焚かれる、そのずば抜けてよい香りのする線香の匂いがあった。それは普通の線香の香りとまるで違い、一種の花の香りにも似ていたが、有機的で、たいへん芳醇で、長くかいでいるとうっとりするような陶酔感を人に与える香りだった。そして、その当時はカセットテープレコーダーを利用していたが、たいへん荘厳な民族楽器の演奏の入った、日本の民謡のような節回しで経文を唱える音楽だった。来栖もそれに合わせて、経文を唱えた。その祈りの儀式に一度でも触れる機会のあった者は、それを生涯忘れることができなくなり、何度となくそれに接すると、いつのまにか、自分も祭壇の前に行き、黄道の会の会員といっしょに唱和したくなる自分に気がつくのだった。これら、人を引きつける一切の現象は、「源体」から出るある種の力が働いていると説く、黄道の会の一部の幹部がいたが、それはもしかしたら、何か科学的な作用が働いているのかもしれなかった。もっとも、これについて、大導師の欧開明や首席正導師の桐野富士夫が何かコメントをしたことは一度もなかった。
   黄道の会のプロパガンダは深謀遠慮で、何か黄道の会の優れたものがあっても、その事が世間の注目を浴びて、マスコミなどに掘り下げられて、問題とされる危険がある場合や、欧開明の言うところの表面上は良好でも、『隠患』が内在すると思われる事象については、ことさらそれをアピールすることはなく、かえって、目立たぬように気をくばり、それとは逆に、例えば、東京本部の周囲の住民から夜、散会後、最寄り駅に向かう会員たちの話声が大きいと苦情があったときなど、自分たちの欠点を世間に強調し、それに対する真摯な態度や低姿勢の対応を示して、世間に誠実で真面目である印象を与えるようにしている感じがあった。特に、最近の警察の大捜索を受ける前は、黄道の会は全体的に社会に迎合的な姿勢で、社会にとって異質な印象を与えるカルト的要素が世の中にさらされることを極力避ける傾向があった。
   来栖はほどなく分校にたどり着くと、一階の教室や職員室だけでなく、二階の教室の特に視聴覚教室の窓を開け、空気の入れ替えを行った。ゴミ捨てや職員室の掃除を行うと、朝のニュースを見るため、職員室の片隅にあるテレビのスィッチを入れた。
   ニュースは昨日の局地的豪雨の被害状況を伝えていたが、突然、横から差し入れられた紙に目を通したアナウンサーの男性は、いくぶん緊張した口調で語り出した。
「……今入った黄道の会関連のニュースをお知らせします。昨日、H県Y村の……これは、『もりやま』と読むのでしょうか、『盛山』と言うところにある黄道の会の研究施設で、いわゆる休眠――たいへん深い眠りについていて覚醒しない状態の人が、三人発見されたそうです……詳細についてはまだわからないそうです……もう一度繰り返します。昨日、H県Y村の『盛山』という場所の黄道の会の研究施設で、休眠状態の人が三人発見されたそうです……」
「おはようございます」と言う声とともに、職員室の扉が開くと、長身の玲玲が姿を現した。
   玲玲はテレビをちらっと見やり、来栖に問いかけた。
「今、テレビで『盛山』で何かあったとか言ってませんでしたか?」
「はい?」自分のデスクで授業の資料に目をやっていて、テレビにあまり注意していなかった来栖は曖昧な返事をした。
   玲玲はテレビのリモコンを使って、別の局のニュースに変え、『盛山』に関するニュースを探しあて、ひとしきりテレビの画面を注視していたが、来栖には何も告げず、突然、職員室を出て行った。

 

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