来栖はドアを開けずに、部屋の中からドアの外にいる未知の来訪者に呼びかけた。
「どちら様ですか?」
来栖の声を聞いて、来訪者は一瞬沈黙した。
そのあと、来訪者が外で誰かと話している声が聞こえた。やがて、その来訪者と話す相手の声は村役場で警備員をしている隣りの三方であることがわかった。ひとしきり、会話があったのち、階段を駆け下りていく足音が聞え、来訪者は立ち去って行ったかのようだった。
小心者の来栖は恐る恐るドアを開けて、外の様子をうかがった。
三方の姿があった。
「……今、来たのは誰ですか?」来栖は三方に尋ねた。
「あっ、来栖先生」三方ははっとして振向いた。
「あの人は木山さんで、昔の仲間の籾田さんを訪ねて来たんです」
「はあ?」来栖は合点がいかず、なおも三方に問いかけた。
三方の話では、このY村の鉱山が閉鎖されたあと、最初は村人たちから強烈な排斥があったにもかかわらず、当時、村に定着し始めていた黄道の会による企業化した集団農業の会社の従業員になる者も多く、さきほどやって来た木山も、来栖の部屋の先住者の籾田も当時その会社の従業員だったが、当初計画していた西洋野菜やキノコ類の栽培が思うようにいかず、黄道の会はその会社の規模を縮小していった。そうしたことから、木山は十数年前に村を離れ、東京の建設現場等で働いていたが、体力仕事をやるには年齢が高くなり、昔のつてを頼って、最近、この村に戻り、黄道の会の系列の食品会社で働き始めたとのことだった。
来栖の部屋の先住者の籾田は、来栖がこの村に来る直前まで、妻と二人でこのぶな屋敷の現在来栖の住んでいる部屋に住んでいたが、いつの日からか黄道の会の熱心な会員になっていた籾田は、修行に励み、導師の資格も得ていたので、海外布教の先兵となるべく、インドネシアの黄道の会ジャカルタ支部に夫婦で赴任して行ったとのことで、三方が籾田について話すときは、三方の籾田に対する尊敬の念が来栖にも伝わってくるのだった。
来栖はさきほどやって来て、立ち去った木山のことが気になったが、三方の話では、木山も実は黄道の会の熱烈な会員で、東京本部の道場で修業に励んでいたと言う。
来栖は部屋に戻ると、三方から聞いたことを簡単に母に話したが、特に深い興味を示したわけではなく、来栖が食べ終わった食器を黙々と片づけ始めた。
来栖は昨晩は突然母が遠方の故郷から来たこともあり、すっかり忘れてしまっていたが、黄道の会の晩のお勤めをすることを思いついて、作法通りに、祭壇の前に坐り、線香に火をつけようとしたが、ふと、祭壇の供物台に黄道の会の鳳凰のマークの透かし模様が入った白い大きめの封筒があるのが目についた。封筒の表には毛筆の見事な筆跡で「来栖信一様」と書かれていた。
「お母さん、ここに手紙があるけれど、誰かが持ってきたのかな?」狭い台所で食器を洗う母に来栖は問いかけた。
「ああ、そうそう、土岐さんとか言う人が来てね、その手紙を置いて行ったんだよ」母は食器を洗う手を休めずに、来栖の方に振り向いて、言った。
来栖は封をしていない封筒から、これも黄道の会の鳳凰のマークの透し模様の入った厚めの紙の便箋を取り出した。
そこには修行によって得られる「XXXX」についての欧開明の言葉が印刷されていて、その末尾には、上から目線ではなく、いたって丁重な文面で、次の日曜午後二時に大講堂の「閻王」の間にお越しいただきたい、という意味の内容が黄道の会Y村本部の名前で書かれていた。
何も書いてなかったが、これはよしこの件での呼び出しに違いなかった。臨時集会のとき、欧開明が来栖の名前を読み上げたことを思い出し、来栖は言いようのない不安を感じた。





