「お母さん、八雲さんがまたテレビに出ているよ」来栖は夕食の準備をする母に声をかけた。
「どれどれ?」来栖の母は夕食を作る手を止めて、来栖が見ているテレビの方にやってきた。テレビの画面の中には、大勢の記者を前にして、質疑応答に応じる八雲と友納弁護士の姿が見られた。
「……さきほども申し上げたように、黄道の会のフランクフルト支部から、報告がありました。もうすぐ、フランクフルトの方で公表されることと思いますが、ケラー教授はすでにフランクフルトの自宅に無事戻られたそうです」若くて一見して美貌が際立つ友納弁護士は記者たちの反応を見るためなのか、ここで一旦話を止めて、会場を見渡した。会場はケラー教授がフランクフルトに戻ったという情報を聞いて、一瞬大きくどよめいたが、まったく意外なことに、そのあとは、誰かが軽く咳払いする声だけで、もとの平静さに戻った。
「……黄道の会のフランクフルト支部の者たちがケラー教授と面会したときの話では、ケラー教授は当時、日本の空港の安全検査の入口から中に入られてから、行方がわからなくなるのですが、ケラー教授に直接、どこに行かれたのかを聞いたところ、ただ『シークレット(秘密)』とだけお答えになったそうです。日本の警察の発表では、ケラー教授は当日、日本の空港で出国審査を終えられていることは明らかになっています……」友納弁護士はここでまた話を止め、会場の記者たちに向って、「今から申し上げることはあくまでも仮説であり、裏づけがないことですが……」と断ってから、話を続けた。
「……わたしたちの調査では、ケラー教授が失踪した当日のその時間帯に、その空港では、某国のチャーター便が搭乗手続中だったことがわかっています。某国とわが国の間を結ぶ定期便は、以前から現在に至るまでまったくありませんが、チャーター便はたまにあるそうです……本題に戻ります。某国では、長年にわたり独裁政権が続き、自己の独裁政権を維持するため、これは非公式な情報ですが、国民の思想的統制のための洗脳に、ケラー教授のご専門である『潜在意識』が人間の行動に与える影響と関係のある『サブリミナル効果』というものを利用していると聞いております……もう、おわかりでしょうか?ケラー教授は、行方不明だった時期、どこに行ったのかを公にすることは、謀略を担当する人員を海外に配置していると言われる某国によって、家族の生命が危険にさらされることを知っているのではないでしょうか?」
会場の記者たちは、なんとなくぎこちない不自然な態度をとるものが多く見られた。驚くべきことだが、これは記者たちが、その当時の報道しないことになっている禁忌がいくつかあったようで、その内の一つとも言える内容を聞いてしまったかのような反応だった。記者たちの中にはことさら話の内容に関心がないことを装い、あくびをする者も出る始末だった。
友納弁護士の隣りの席の八雲は、記者たちの反応を見定めると、ゆっくりと口を開いた。
「とにかく、ケラー教授は無事自宅に戻られたとのことので、このケラー教授の失踪に関して、再度黄道の会が一切無関係であったことを皆様に訴えて、これで本日の質問を打ち切りたいと思います……」
会場がざわついた喧騒の中、一人の太った黒縁眼鏡の中年の記者が手を挙げた。その記者に対して、不快な表情を隠しきれない八雲に対して、記者は質問を始めた。
「……A新聞の持田と申します。最後に一つ、お聞きしたいことがあります。嬰児死体遺棄の嫌疑を受けて勾留中の古敷田よしこ被疑者についてですが、彼女が数年前に東京でOLをしていたころ、最近Y村に赴任してきたばかりの公務員の男性と接触があったというのは本当でしょうか?警察の方ではそれについて、すでに捜査を始めているという情報がありますが……」
いっとき八雲に沈黙があったあと、表情を変えずに回答した。
「……今、おっしゃったことは、黄道の会と直接関係のないことのようなので、一切把握しておりません。また、わたしがY村村役場の代表として申し上げるなら、Y村村役場所管の公務員では、最近、他の官庁から出向などでこちらに転入してきた方は一人もおりません」
「わかりました」その記者はそれ以上、追求することなく、引き下がった。
記者会見の中継放送は終り、テレビは別の番組になった。
来栖はぼおっとしていたが、突然、来栖の母がはっと何かを思いつき、とたんに深刻な表情になって来栖に問いかけた。
「今、記者会見で、警察は、あの女が東京にいたころつき合っていた公務員の男性が最近この村に赴任してきたので、捜査を始めたと言っていたけど、もしかして、それはおまえのことじゃないかい?」
「お母さん、冗談じゃないよ。ぼくが東京にいたころ、あのよしこなんて知るわけ……」来栖はそう言いかけ、突然何かを思い出したらしく、言葉を濁した。





