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小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第3章 12)

2017年12月30日 | 小説

   H県警の強面の畠山は、見た目とは裏腹に、その反応から、たいへんな小心者であることがわかり、来栖は驚かされた。
   児童たちが飼育しているハムスターがどうしたわけか逃げ出し、校長室の廊下に面したドアの下の隙間をかろうじてくぐり抜け、畠山の足元を駆け抜けて行き、驚いた畠山が激しい勢いで立ち上がり、その勢いで、椅子が後ろの壁に激突して大きな音をたてて倒れ、彼自身が大声を出したのだった。
   来栖はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅でじっとしているハムスターのやや前方の側面から「よし、よし」と声をかけながら、かかがみこみ、最後の手の動作は素早く、ハムスターをつかまえると、手の平で包み込むようにして、ハムスターを確保した。「ちょっと失礼します」来栖はそう言うと、ハムスターを持って、出て行き、しばらくすると、ドアをノックして、来栖は保村と畠山の待つ校長室に戻ってきた。
   来栖は部屋に入ると小テーブルの上に一枚の文書と見慣れない健康診断のときに提出する検査キットのようなものが置かれているのに気がついた。
「……お聞きしたい話はほぼ全部お聞きしました。来栖さんは今年の三月にこの村に来てから、古敷田よしこ被疑者のいわゆる『恋愛妄想』の対象となり、彼女の方からたびたび来栖さんに接触があったが、来栖さんとしてはできるだけ彼女に意に逆らわないようにしながら、彼女を避けていたのですね……」保村はなおも続けた。
「また、黄道の会の代表役員であり、Y村村役場総務課の職員の八雲広緒さんには、来栖さんに『恋愛妄想』をいだく彼女に対して、来栖さんとの恋愛をけしかけるような言動がたびたびあり、また、黄道の会の集会においては、多くの人々の目の前で、この八雲広緒さんが彼女の『恋愛妄想』の対象は欧開明教祖ではなく、来栖さんと恋愛関係にあることを彼女に信じ込むよう誘導するような言動があった、と言うことですね……」保村はそう言うと、来栖の反応を確かめるように来栖の顔を覗き込んだ
「……まったくその通りです」来栖は俯き加減の視線を保ちながら答えた。来栖は八雲の立場が不利になるかもしれないありのままの状況を言ってしまい、あの恐るべき八雲個人から、または黄道の会から、自分に災禍がもたらせられるかもしれないことにたいへんな不安を感じながら答えた。
「……わかりました。わたしたちが他の人たちから聞き込み調査をして、把握している内容と一致している状況もあります」保村はそう言うと、畠山に目配せをした。
   大柄な屈強な体格であるにもかかわらず、さきほどハムスターに過剰に反応した畠山は来栖に向って語りかけた。
「……来栖さん、今度はわたしの方からお話したいことがあります。これは任意にご協力いただくと言うことですが、親子関係を調べるには、DNA鑑定と言うのがあります。実際、今年の三月にこのY村に来たばかりのあなたが、古敷田よしこ被疑者が遺棄した嬰児の父親の可能性は0です。しかし、古敷田よしこ被疑者自身は、遺棄した嬰児の父親はあなただと言っているのです。もし、百歩譲って、仮にあなたがこの嬰児の父親であったとしても、彼女の同意のもとに関係を持ったならば、あなた自身が、生れた嬰児の遺棄に関与していなければ、罪に問われることはありません。しかし、この彼女の証言は、彼女の『恋愛妄想』から出たことであり、自分と一切関係がないことを証明する必要があるのです……」
   畠山は小テーブルの上の同意書を取上げると、来栖に目を通すように伝えた。
   来栖は最初、意味がわからず、とまどいと大きな不安を感じたが、畠山の指し示す書類を見ると、それは、DNA鑑定のための検体サンプル採取の同意書だった。そして、そこにあるDNAサンプル採取のキットも来栖の目に入った。
「……なんでぼくのDNAを調べるんですか?ぼくはよしこさんが生んで捨てた子供の父親であるわけないじゃないですか?」 
   来栖は思わず立ち上がり、わき出て来る自分の感情を抑えることができず、こう叫んだ。
「まあ、まあ、落着いて」畠山は、来栖を落着かせるように椅子に坐らせるたが、今度は今まで沈黙を保っていた保村が静かに口を開いた。
「来栖さん、なんとかご理解いただけないでしょうか?来栖さんが遺棄された嬰児の父親であることは絶対にないはずです。しかし、来栖さんのご協力により、先ず、古敷田よしこ被疑者の証言を否定する必要があるのです。捜査を進めるにあたっての前提として、彼女に精神的障害があるのをよいことに、彼女の同意のないままに彼女と性的関係を持った男の存在の可能性があります。倫理的にも憎むべきこの男に対して、現行の法律で、精神的障害のある女性に対する準強姦罪での立件が可能なのです……」
   当時は、のちの世のように精度もそれほど高くなかったが、来栖は新聞等でDNA鑑定のことは知っていた。来栖は思案したが、警察に協力することは、結果的には自分の身を守ることであるように感じ、やがて心を決めると言った。
「……わかりました。協力します」
   保村と畠山の表情がさっと変わった。

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村 (第3章 11)

2017年12月03日 | 小説

   来栖は、母と原良をいくつかあるが、今は高学年と低学年の二つしか使われていない教室や、この分校には不相応とも言える大きさの体育館などに案内して、分校内をひとまわりしたあと、職員室に戻った。
   来栖がふと窓の外に目をやると、H県警の保村らしき人物が一人の別の捜査員を伴い、最近の警察の大捜査のときにはほとんど姿を見かけなかったY村の駐在所の森本に案内され、やって来るのが見えた。森本は分校に着くと、保村たちに一礼して、手押しで運んできた自分の自転車にまたがって駐在所の方へ戻って行った。
   来栖が表に出て行き、保村たちを出迎えた。保村といっしょに来たのはまだ若い、畠山と言う、つぶれて変形した耳を持つ格闘家と思われる眼光の鋭い捜査員だった。来栖が彼らを分校の職員室へ招き入れると、二人は来栖の母と原良がいるので、少し驚いたが、来栖が偶々自分の母が昨日自分の故郷からはるばる訪ねてきたこと、自分の職場を見たいと言っていた母だが、今日の朝は大雨でいっしょに連れて来られなかったが、アパートの隣人の原良が親切にも分校まで連れてきてくれたことなどを説明すると、あまり意に介することもなかった。分校の中でどこかゆっくり話ができる場所が無いかと保村に聞かれ、来栖はやはり前回黄道の会が弁護士たちと会議を行った二階の視聴覚教室がよいと思い、「視聴覚教室……」と言いかけたが、隣りにいた玲玲が聞かれてもいないのに、来栖を制して、「校長室がいいでしょう。今は校長もいないので……」と一階の職員室とは廊下をはさんで向かい側にある、普段は鍵をかけて締切りになっている部屋を提案した。実際、N町の分校長が来ても、職員室の中に自分の机と席があり、その校長室が使われることはなく、その部屋はほとんど空っぽで、その校長室はどうやら、将来児童が増え、分校ではなく、独立したY村村立小学校となったときの校長のために用意されてある部屋のようだった。
   来栖が先ず椅子を校長室(正確には校長室予定室)に運び入れると、保村と畠山も校長室に入って行った。三人が入ると、中からドアがきちんと閉められた。
   来栖は保村と畠山に対面する形で椅子に座ると、保村が徐に切り出した。
「……お名前は来栖信一さんですね?――Y村の分校の教諭をされている」
「そうです」来栖が答えると、保村が続けた。
「お聞きしたいのは、古敷田よしこ被疑者に関係することです……その前にお聞きしたいのは、来栖さんはいつこのY村に来られましたか?」
「今年の三月に来たばかりです……」来栖は答えた……
   職員室のパーティションで仕切られた応接間では、原良から村の人が買い物をするときはどこに行くのかを聞いていた来栖の母が立ち上がった。
「……わたしはそろそろおいとましようかね」保村と畠山の来栖に対する丁重な態度と、さきほど耳にした、「聞き込み調査」にご協力いただくと言う、保村の言葉に安心したのか、来栖の母はそう言うと、村に一軒だけある個人経営のスーパーに案内すると言う、原良といっしょに職員室を出ようとして、玲玲に挨拶をしようとしたが、いつの間にか玲玲の姿はなかった。
   玲玲が息を切らしながら、二階から駆け下りて来たようすで、職員室に入ってきた。来栖の母と原良は驚いて、彼女を見た。
「二階の視聴覚教室の窓を開けたままだったのを思い出して、閉めに行ってきました」玲玲が言うと、原良が意外に思って反論した。
「さっき、来栖先生に視聴覚教室を見せてもらったときは開いてなかったけど……」
「できたばかりで、建築材料の臭いがこもるので、時々開けに行くのですが、わたしの思い違いでした。もう閉まってました……」玲玲はその問いを予測していたかのように答えた。
   来栖の母と原良が職員室を出て、分校を後にすると、玲玲は急いで電話に飛びつき、どこかへ電話をかけ、あたりをはばかりながら、低い声で話していたが、そのことだけは相手にはっきりと伝えたかったらしく、「……EA3をオンしてあります……」と言う声が漏れ、慌てて口をつぐみ、なおもひそひそ話しを続けたののち、静かに受話器を置くと、自分の席に戻り、再び児童の描いた作品に評点をつける自分の仕事をこつこつやり始めた。
   突然、校長室の方から大きな物音と、H県警のさきほどの畠山のものと思われる男の大きな声が聞こえて、玲玲ははっとして校長室のほうへ顔を向けた。

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