「……そんなこと言ったって、わたしは信一の母ですから、そんなことにはかかわることはできませんよ」来栖の母は気色ばんで原良に言った。
「来栖先生のお母さんだからこそできることなんですよ。そこのところをわかってくれないと困るんだが……」原良はあきらめずになおも来栖の母に言った。
母と原良の言い争うような話し声を聞きつけて、来栖が窓を開けて声をかけた。
「原良さん、うちの母といったい何を話してるんですか?」
原良が答える間もなく、母が来栖に訴えた。
「ああ、信一かい?聞いておくれ。この原良さんはわたしにテレビ局のインタビューに出ておくれと言うんだよ。しかも、自分の息子が黄道の会に入って、修行したおかげで、人生に前向きになり、生き生きとして、性格面でも他人を思いやるよい心を持つようになったなんて、わたしに言って欲しいそうなんだよ……」来栖の母は自分の息子に答えた。
来栖が原良に尋ねると、黄道の会に対して否定的な報道が多い中、日頃原良の宝探しの取材で親しい、某テレビ局の記者から、黄道の会に最近入会した人物の家族で、黄道の会に対する肯定的な意見を持つ人の取材をアレンジして欲しいと言う直接の依頼があったと言う。これについて、原良が真っ先に思いついたのは自分の隣人である最近入会したばかりの来栖の家族であり、しかも好都合なことに昨日、遠路はるばる、このY村に来栖の母親がやって来たことだった。黄道の会の強固な信者である原良は、来栖の母が黄道の会に対してどんな見方を持っているのかは一切意に介さず、黄道の会のために協力させることしか考えていなかった。
「……お母さん、テレビに出て、世の中の人たちに見られたくないのはわかるけど、黄道の会のイメージアップに一役買ってもらえたら、ありがたいんだけど、どうかな?」
来栖は原良の援護射撃を買って出て、自分の母親の説得に入ったが、来栖の母は息子に言われても、首を縦に振ろうとしなかった。
ようやく来栖は、職員室の一画を仕切った応接間に母と原良を招き入れると、自分でお茶を入れるために給湯室に入った。
来栖が不器用な手つきでお茶を入れようとしていると、背後からぽんと肩を叩かれ、振り向くとそこには玲玲がいた。
「わたしがお茶を入れますから、来栖先生はお母さんのお相手をしていてください」玲玲はそう言うと、来栖を追い払った。
「……お母さん、今日は大雨で休校になったんで、授業はないんだけれど、テストの採点や授業の資料作りで忙しいんだよ」母と原良の元に戻った来栖がそう言うと、母はあたりを見回して、言った。
「こんな山奥なのに、新しくてきれいな学校なんで驚いたよ。しかも分校にしては大きくて、普通の小学校より少し小さいだけじゃないかい?」
「そうだよ。これからどんどん児童が増えるらしいんで……」来栖が答えると、原良も言った。
「すべての人に幸福を導く、偉大な欧開明先生を慕って、日本全国、いや、世界各地からこの村に会員が移って来る、ちゅう、ことです。この村には黄道の会の関連会社も工場もあって、仕事があるんで、最近では、家族ぐるみで引っ越して来ます……」
お茶を持って現れた玲玲を来栖は母に紹介した。
「信一がいつもお世話になっております」ソファから立ち上がって、頭を下げた。
「……いいえ、わたしこそ、来栖先生にいつもお世話になっています」来栖の心配していたのに反して、玲玲はことの外、殊勝な態度で、いつもの上から目線の鋭角の言動はなりを潜めた雰囲気だった。玲玲は、自分の肩の高さの背丈しかない、小柄な来栖の母を座るようにうながすと、来栖の勧めにしたがって、自分も腰を下ろした。
「……玲玲先生はこの分校では、ぼくと今は病気で入院中の三輪先生のお手伝いをしてくれる補助教員だけど、黄道の会の中では、ぼくたちを指導する立場のえらい人なんだよ」来栖は母に言った。母は驚いて、玲玲を見た。
玲玲はにこやかに頷くと、来栖の母に言った。
「わたしは欧開明先生から、黄道の会の指導三級の認定を受けています」
「……はぁ?」来栖の母はあまりピンと来ないような返事をした。
玲玲は黄道の会が現在、日本の警察及びマスコミからあらぬ疑いをかけられ、黄道の会に偏見を持つ人もあるかもしれないが、黄道の会は一人一人の人間の人生の悩みや迷いをよい方向に導くだけでなく、欧開明の指導の元、日本だけでなく、世界各地にその教えを広げる、人類の平和と幸福を希求する世界宗教の団体であることを来栖の母に語った。
「……生き仏の欧開明先生を拝むんですか?」母は聞いた。
「いいえ。欧開明先生は『大導師』で、簡単に言うと、わたしたちを指導するいちばん位の高い先生です。わたしたちが崇敬するのは宇宙の『源体』で、『源体』が人間の運命をも含む、一切の自然現象を決めています……黄道の会の教えでは、人の運命も自然現象の中の一つなのです……」玲玲はそう言って、来栖の母の反応を見た。
来栖の母は玲玲の話を理解できたとは言えず、少し困惑した表情になった。
その時、電話のベルが鳴り、来栖は電話を受けるため、立ち上がった。
来栖が二言三言電話で相手と言葉を交わすと、すぐに皆の元に戻って来た。
「H県警の人がもうすぐここに来ます。今、Y村の駐在所だそうです。峠道を通らず、歩いて吊橋を通って来たそうです」来栖が言うと、母が不安げに息子の顔を覗きこんだ。





