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小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第3章 5)

2017年07月29日 | 小説

   来栖の黄道の会への入会の告白は、意外にも母から理解を持って受け入れられた。どうやら彼女は、最近の報道から、この村のほぼ全員が新興宗教――黄道の会の信者であることを聞いて知っていて、来栖がこの村の分校で小学校教諭の仕事をするにあたっては、彼一人だけが入会しないでいるのは、周りからの強い圧力があるだろうし、甚だ困難なことと理解したようだった。また、大学卒業後、何年もずうっと教員採用試験に合格せず、親に多大な心配をかけていた自分の息子が、現在H県の正式な小学校教諭として採用され、この村の分校で教職についていて、母が信ずるところでは法に触れることは一切していないはずなので、黄道の会の事件の数々が皆、一段落するであろう数年後には、この村からH県の別の地域――できたら都市部に転勤になって、小学校教員を続けられることを切なる思いで期待していたからだった。
「……そうかい、ここは黄道の会の信者の村だから、ここにいたら、会に入らないわけにはいかなくなるのはわかるよ……でも、心から信じているわけじゃないだろう?……入会したのは、そうそう、それは『方便』っていうやつなんだね、きっと……」来栖の母はそう言って、自分の息子の顔を覗きこんだ。
   友紀からの少なからぬ感化もあり、実際は心の底から欧開明の教えを信じ、大自然の中で、宇宙の『源体』を体感して、入会したのだが、母の言葉に反論はせず、母の意志を忖度したかのように言った。
「……お母さん、ぼくはやっと、正式な教員になれたんで、今、この村はたいへんだけど、ここで頑張ってやっていくよ……」
「……そうだよ、そうだよ、今、こんなだけれど、お前は何も悪いことをしてないんだから……ここで分校の教員を何年かしたら、S市にだって、転勤になるかもしれないよ」母は自分の息子を励ます口調で言った。
「……ああ、そうだ……せっかくこんな遠くまで来たんだから、明日はお前の働いている分校を見せておくれ……ここから近いんだろう?」来栖の母はそう言うと、立上って、食後の後片付けを始めた。
   来栖は自分の母が分校に足を運んだら、母が李玲玲に遭遇することを考えて、なぜかわからなかったが、漠然とした不安を感じた。
   そのとき、またドアをノックする音がした。
「……来栖先生、八雲さんからお電話ですよ……」さきほどとは違い、今度は三方の妻が、来栖に電話がかかって来たことを伝えにやってきた。
   『八雲』と聞いて、来栖はいやな予感にとらわれて、思わず身震いをした。黄道の会の中心人物の一人で、現在警察の捜査の矢面に立たされていて、自分自身も警察にいつ出頭を要請されてもおかしくない、あの八雲代表役員が直接、来栖に電話をかけてくるのはいったい何事だろう?
   来栖は三方の部屋へ行くと、黒いダイヤル式電話の受話器をとった。
「……もしもし……来栖ですが……」
「……八雲です。急な話でびっくりしないでください。明日、警察が事情を聞きに、来栖先生をたずねてくるかもしれません……」受話器の向こうで押し殺したような八雲の声が聞えた。
「……えっつ!?……警察がぼくをたずねてくる?なんでまた?……」来栖は驚いて問い返した。
「……来栖先生、落着いてください……いいですか?……あの古敷田よしこさんが、例の如く、妄想して、自分が生んで遺棄した赤ちゃんの父親はあなただと言ってるんです……もちろん、来栖先生がY村に来たのはまだ最近のことだし……ばかげたことですが……」八雲は静かに言った。
「……そうですか……」来栖は胸をなでおろした。
「……警察が信一をたずねてくるって、本当かい?」
   来栖が振り返るとそこには母がいた。

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村 (第3章 4)

2017年07月15日 | 小説

   来栖が大木から聞いた友紀の病状は予断を許さないものだった。友紀に対する現在の診断は、比較的重度の貧血で、本人には告げられてはいなかったが、再生不良性貧血や、この物語が始まる一年前に死去した、北里とも親交のあった、彼女の兄と同じ急性白血病の疑いもあるとのことで、友紀はN町の総合病院にその夜は仮入院することになった。この後、N町の総合病院の医師が紹介状を書き、東京の近県にある彼女の家から近い、専門医のいる病院へ入院することになるので、友紀の母が近々、友紀を迎えにN町まで来ることになるだろうとのことだった。
   大木の話では、友紀の早期回復を心から祈るが、県の教育委員会とも連絡を取り、まだ専門医の診断が出ないと友紀の回復はどれくらいかかるかわからなかったが、とりあえずは来栖一人で高学年と低学年の両方を受け持ってもらい、実際は李玲玲が低学年のフォローを重点的にやることになるだろうとのことだった。なお、李玲玲は子供のころ来日し、日本で育ち、日本の大学を卒業して、教員免許を取得し、補助教員となっていたが、現在、日本国籍を取るため帰化申請中とのことで、日本国籍取得後は採用試験を経て、正式の教諭となる可能性があるとのことだった。しかし、黄道の会の第一層の高位の指導三級の李玲玲であったが、来栖や友紀のときのようにY村の面接を受けて内定してから、一次試験で落第点を取る場合以外は採用が前提で、H県の教員採用試験を受けるという特例の適用はなかった。
   来栖は受話器を置くと、この村に来てからはお互いに教育に対する熱い理想を語り合い、共に分校の児童の教育に心血を注ぎ、同志のような存在の友紀の重い病状に強い心の痛みを感じていた。また、来栖は決して黄道の会に入会したことを後悔することはなかったが、黄道の会の入会にあたっては、欧開明への崇敬の思いが深い、彼女の強固な信仰心の感化を受けたことは間違いなかった。
   自分の部屋に戻ると、来栖の母がテレビでニュースを見ていた。
「……教祖がつかまって、本当によかったね……これで信一がいるこの村も普通の村になるだろうし……」母は来栖に語りかけた。
   来栖は無言にならざるを得なかった。その深遠な教えにより、苦しむ人々に人生の意義や生きる喜びを与えると共に、人々の安寧と幸福を祈り、世界平和を希求する黄道の会に間違った観念を抱いている母に反論したり、いろいろ言いたかったが、亡くなった来栖の父と同じで、新興宗教は皆、まやかしで、いかがわしく、入会する人は一般社会の普通の人と違う、特別な人で、自分の子どもがそのようなことにかかわることは、ほんの少しでも許容できないであろう、自分の母を説得したり、黄道の会に対する理解を得ることはたいへん容易なことではないように来栖は感じていたからだった。
   テレビの画面の中では、ニュースの男性アナウンサーが最近、報道特番で引っ張りだこになっている警視庁の元刑事の洲本孝三郎に尋ねた。
「洲本さん、今回、黄道の会の欧開明教祖、本名李光逸への事情聴取ですが、焦点はどのようなものでしょうか?」
「……黄道の会に対する警察の焦点は、まず第一に、行方不明となっている黄道の会の外国人を含む関係者三名の所在について……二つ目は修行中において、一部の信者に違法なドラッグを使用させた疑い、そして、三つ目は、これは現在明確な捜査対象とすることができませんが、核戦争に対応するためのシェルターに備蓄する、またはシェルター内での生産に必要とされる、多量な物資の購入――その中には、彼らの経典にある『最低限の防衛装置』――これは黄道の会傘下の企業が現在各種製造許可を申請中の催涙ガスや麻酔ガスを指しているようですが、その化学原料および精製装置の購入――これらがテロに使われる可能性はないかどうか……そして、ここに来て、Y村に住む精神に障害のある女性に対する欧開明教祖の婦女暴行容疑が浮んできています……」洲本は答えた。
「……その婦女暴行容疑は今まで聞かなかった案件だと思いますが……」アナウンサーは洲本に更なる説明を求めた。
「……警察はある目撃者の証言から、欧開明教祖がY村に住む精神に障害がある女性に暴行を働いた疑いに対する取調べを始めようとしています。また、これについてはその女性が自分一人で出産して、遺棄したと思われる嬰児の遺体の捜索が始まっています……」洲本は状況を説明した。
「……恐いねえ……黄道の会は。……教祖は見たこともないような、いい男の美男子で、みんな、こういう宗教をやってなかったらよかったのにねえ、と言っているくらいだけど……お前は関係なくて本当によかったよ……」テレビを見ながら、来栖の母はそう言うと、息子の方を見た。
   亡くなった父親似で、よく西アジアの外国人と間違えられる、いわゆる「濃い」顔の来栖は、ついに意を決して自分の母に語りかけた。
「……お母さん、話したいことがあるんだ……」
「何だい?急に……」来栖の母は驚いて、息子の顔を覗きこんだ。

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村 (第3章 3)

2017年07月01日 | 小説

「……ああ、信一が帰って来た……」女性の安堵する声が聞え、世間話をしていた原良や三方夫婦も来栖の帰宅を機に、ぴたっと口をつぐんだ。来栖が部屋に入るとそこには、Y村からはもちろん遠く、東京からも遠い、彼の故郷からやって来た来栖の母親の姿があった。
   来栖にとって、自分の母親が何の前触れもなく、このY村のぶな屋敷のアパートを訪ねてやって来ることは、まったく意想外のことだった。しかも、来栖の母親が、この交通の不便なY村に電車やバスを乗り継いてやって来ることはかなりの困難が伴うことかもしれなかった。
「……おかあさん、どうやって来たの?こんな遠くまで……」来栖は驚いて思わず声を上げた。
   来栖の母の話では、警察の大捜査を受けている、今や日本中で知らない人は誰もいないくらいの黄道の会のあるY村が、最初、自分の息子のいる村と思わなかったが、ふと息子の送って来た手紙の住所を見ると、そのY村だったので、たいへん驚き、心配でいてもたってもいられなくなり、やって来たとのことだった。また、来るにあたっては、前日は東京の来栖の姉夫婦の家に泊まり、最近この地方に新幹線が開通したので、東京から新幹線に乗り、このN町(実際の新幹線の駅名はN町の隣接の市のTに「新」をつけた新T)の新幹線の駅から在来線の列車に乗って、Nに行き、そこから一日数本しかないバスで、山間のくねくね道を通って、このY村に夕方着いたところ、バス停近くで偶然、小型ショベルカーを運転するこの親切な人に会い、違うこともなく、この変わった建物のアパートに連れて来てもらったと言い、来栖の母は原良に礼を言った。
「……わしはこれで失礼するよ……親子水入らずを邪魔せんように……」そう言って原良は来栖の部屋を出て行った。また、三方夫婦も妻の方が後で、来栖の母が使う、ふとんを取りに来るように来栖に告げると、二人共、部屋を出て行った。
「……夕ご飯はまだだろう?  お前の好きな物を持ってきたんだよ……」そう言って、来栖の母は昔風のマッチで点火するガスコンロのある台所に立った。
   来栖にとって、大きな問題は、来栖自身、黄道の会に入会し、黄道の会の内部にいて、彼の知る限りでは、そのようなことは絶対無いと確信を持って言えるのだったが、今、世間では、黄道の会がカルトの宗教団体で、国家転覆を計るテロ集団ではないかと疑われて、大規模な捜査を受けている、その黄道の会に入会したことを母に告げるかどうかだった。
   もし、渦中の黄道の会に自分が入会したことを母に告げたら、母の衝撃はどうだろう――来栖はふと考え、大いに思い悩んだ。しかし、強固な信仰心を持つ黄道の会の会員である、原良や三方夫婦は何か母に話したのだろうか、もしかしたら、もう来栖が入会していることを話したかもしれない――考えれば考えるほど、来栖は不安にかられるのだった。
   来栖の母親は自分が持参した惣菜で、手早く夕飯を調えると、親子で食卓を囲んだ。
   来栖の母は、久しぶりに息子に会えて、やや興奮気味で、話が取りとめが無かった――先ず来栖が何事もなく、この村の分校で教師として働いているのようなので安心したことを来栖に言い、あの親切な人(原良のこと)はしきりに来栖が会員になったと言っていたが、このあたりは自然が豊かなので、何か山登りの会にでも入ったのだろうか?と来栖に問いかけ、亡くなった来栖の父(自分の夫)も大学時代山登りが好きだったなどと自分の青春時代の話をし、そして、いつも最後には、そこに行き着く話だったが、早く来栖も嫁をもらえるよう、祈っていること等々……
   ふと来栖の母は部屋の中にひときわ異彩を放つ祭壇があることに気がついて、来栖に尋ねた。
「……あの赤いお仏壇のようなものは何かしら?東京のアパートにはなかったようだけど……」
   来栖はとっさにこう答えるしかなかった。
「……中国の神様の祭壇で……お祈りするとお金持ちになるんだよ……」
   来栖の母がどうにも理解できないといった様子で戸惑っていると、ドアをノックする音がした。来栖が立ち上がってドアの方に行くと、ドアの向こうで声がした。
「……三方です。来栖先生、大木村長からお電話です……」
   来栖は母に自分に電話がかかってきたことを告げると、電話のある、三方の部屋へと向かった。
   来栖は受話器を取った。
「……もしもし、来栖ですが……」
「……ああ、来栖くんか……大木だが……さきほど北里社長から連絡があったが、三輪くんがたいへんなことになったぞ……」大木はやや切迫した口調で来栖に告げた。

 

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