来栖は自分の眼を疑った。大講堂の外では、投光器で照らしだされた眩しい光の中で、先ほど来栖がちらっと目にした通常装備の機動隊ではなく、白い防護服に防毒マスクをした大勢の人々が、大講堂から出て来たばかりの数名の村人たちと対峙している状況だった。どうやら、集会が終り、大講堂から人々がほとんど出きったところで、防護服に防毒マスクの一団は現れたようだった。
そして、この一団から、拡声器を使って、自分たちが機動隊の化学部隊で、これから大講堂の地下にあると思われる施設を強制捜査をする旨が告げられた。
やや遠くて、来栖には誰かわからなかったが、村人の一人がこの化学部隊ともみあっているのが見えたが、突然、来栖のわきを怒涛のように、防護服と防毒マスクの一団は大講堂へとなだれこんで行った。
来栖も後を追って駆け出し、大講堂の中のゲート近くに戻ると、機動隊の化学部隊の隊長に強制的に連れて来られたと思われる、中年の男性が、不本意な気持を態度に現わしながら、二人の警備員に向かって何か指示をしているのが見えた。来栖は黄道の会の幹部の一人とおぼしきこの中年の男性を全く知らなかった。
ふと気が付くと、来栖の横に、さきほど黄道の会のID認証登録の通知の手紙を来栖に手渡した、土岐が立っていた。
「……いったいどうしたんですかね?これは?」土岐は来栖に問いかけた。
「……機動隊の化学部隊と言ってました……大講堂の地下を捜査するそうです……あの防毒マスクは……もしかして、大講堂の地下に毒ガスでもあると思っているのでしょうか?」来栖は不安を隠しきれない表情で言った。
「……まったくばかげたことです。欧開明先生の日頃の講話からもわかるとおり、わが黄道の会は、世界平和の実現と人類の幸福に寄与する世界宗教の団体です……最近の警察の一連の捜査は、まるでわが黄道の会が人々や社会に危害を与える、テロ集団と見なされているのかのようです……」土岐はこう言い、なおも続けた。
「……しかし、これは残念ながら、『最低限の防衛装置』に対する疑いから出ている可能性はあります……来栖さんは入会したばかりでご存知かどうかわかりませんが、欧開明先生の予言する、将来に起り得る核戦争後の世界においては、主として南半球の地域に残る、放射能で汚染されていない、非汚染地域の未開の武装集団から身を守るための『最低限の防衛装置』が必要になるとも言われています……」土岐が来栖があまり知らない、欧開明の説くところの『最低限の防衛装置』の話を言い出したので、来栖は思わず問い返した。
「……『最低限の防衛装置』って、なんですか?」
「……黄道の会の教義では、自分たちに危害を加える可能性のある相手に対しても、自分たちが武器を使用して、相手に危害を加えたりしてはいけないことになっています……しかし、もし、相手が私たちに危害を加えようとして襲ってきたら、あなたはどうしますか?」土岐は逆に来栖に質問した。
「……ぼくはひたすら逃げます……逃げ切れないときは、やはり戦うしかないと思います。正当防衛です……」来栖は答えた。
「それでは、理由はどうあれ、相手に危害を加えることもあるかもしれないので、欧開明先生の教えに反してしまいます……欧開明先生は一つの指針を出されました……」土岐はそう言うと、来栖に近づいて、来栖の耳元で何かを囁いた。
その言葉に来栖ははっとして、思わず土岐の顏を見た。土岐は来栖にうなずいてみせた。
さきほど、来栖の知らない黄道の会の幹部に指示を受けた警備員の二名が中に入っていくのを来栖は目にしていたが、突然、大きなアラーム音が二回鳴ったかと思うと、各ゲートのフェンス型遮断器が自動ドアのように一斉に開いて、通行が可能になった。
機動隊の化学部隊の隊長らしき人物が指示を出すと、防護服に防毒マスクの一団は次々とゲートを通り抜け、集会を行う劇場空間の鳳凰の間を筆頭に、数多くの部屋がある、大講堂の構内へと殺到して行った。
土岐は来栖の肩を軽く触ると、大講堂の中から出て行くことを促した。
来栖は土岐といっしょに再び外に出た。先ほどは、白い防護服と防毒マスクの集団に気をとられ、あまり目につかなかったが、来栖がよく見ると、そこには幾台もの人員輸送のバスの警察車両が停止しているのに気がついた。また、上空には、同じ場所を旋回しているらしい、ヘリコプターの音が聞こえていた。
帰路についていた、一部の村人たちも騒動を聞きつけて、戻ってきたらしく、大講堂の入口から少し離れた場所には少なくとも数十人の人々がたむろしていた。
来栖は最初、その中に顔見知りの誰がいるのか見わけられなかったが、一人、村長の大木の姿が目についたので、土岐といっしょにその村人たちの方に向かった。





