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小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第2章 16)

2017年02月18日 | 小説

   やがて、臨時集会は散会となり、人々は大講堂の鳳凰の間の出口に殺到し始めたが、意外にも、来栖がさきほど垣間見た、扉の外の出入ゲートの後ろにいた、大人数の機動隊の隊員たちはまるで存在しなかったかのように、人々は順調に流れていくのだった。
   来栖は職場の同僚でもある、友紀の容態を心配して、出て来る人々の流れに逆らって、舞台の方角へ向かって行こうとしたが、人々の流れに押し戻され、前に行けないので、仕方なく通路に面した、空いた椅子に腰を下ろし、人々が通り過ぎるのを待つことにした。
   突然、来栖の前を通り過ぎた一人の男が足を止め、振り返ると、来栖の肩を叩いた。
   来栖が後ろに振り向くと、そこには来栖がこの村に来たばかりのころ、住民票の移動の手続きで接触があった、村役場の村民課の土岐の姿があった。土岐は言った。
「……来栖信一さん、わたしです。村民課の土岐です……わたしを覚えてますよね?」
   来栖がうなずくと、土岐はジャケットの胸ポケットから一通の封書を取り出して、来栖に渡して、こう言った。
「……これは、わたしが勤める村役場からではなく、黄道の会からのお手紙です……」
   さきほど臨時集会の衆目の中でよしこと関係があった者についての欧開明の発表もあり、来栖は言いようのない不安を感じ、土岐に聞き返した。
「……これは何でしょうか?」
   土岐は来栖の心を見透かしたかのように、微笑んだ。
「……ご安心ください……悪い知らせではありませんよ……これは、このたび黄道の会に正式に入会された、来栖さんへお渡しする、黄道の会のID認証登録のお知らせです……」土岐はそう答えると、なおも続けるのだった。
「……どういうわけか、村役場で転入・転出の手続きをしているこのわたしが選ばれて、Y村の新しい会員に、この通知をお渡ししています。それと、まだ一度も出したことはないですが、『退歩』――この言葉は中国語らしいですが、『退歩』の結果、脱会したときや、黄道の会にふさわしくない人物と認められ、破門されて、会を除名された場合のID認証解除のお手紙もわたしが出すことになっています……」
「……もしかして、黄道の会のIDカードがもらえるのでしょうか?」来栖が土岐にたずねると、土岐から、思いがけない答えが返って来た。
「……IDカードなどはありません。顔認証と虹彩認証……それともう一つの方法は公開していませんが、黄道の会独自で採用している、もう一つの認証方法で、会員と非会員を識別しています……」
   そう言われて、来栖には思い当たることがあった。それは黄道の会が主催する、戸外の修行の時は、毎回、『老師』が最初に参加者の顔を監視カメラにも似た装置で撮影していたことだった。それに加えて、学習会や、集会の時に大講堂に入るときは、出入口の所にある、大都市の駅の自動改札にも似た、レーンがいくつもあるゲートを通過しなくてはならないが、その場所の監視カメラのような装置で、人々は撮影されていることはあきらかだった。来栖は一度、学習会に参加する会員が、偶々、Y村に来ていた非会員の親戚の子供を伴って大講堂に入ろうとしたところ、警報ブザーが鳴って、ゲートが閉まってしまったのを目撃したことがあった。その後、普段は欧開明の護衛につくこともある、屈強な若者の警備員が飛び出て来て、事情を会員から聞くと、警備員は中に戻り、いっときして、出て来ると、その非会員の子供を会員といっしょに中に招き入れたのだった。土岐はなおも言った。
「……実は来栖さんは今までは、仮の登録だったのです。来栖さんが最初に会の活動に参加のときに、仮の登録で参加できるようにしました。正式登録したので、これからは、このY村だけでなく、東京のF本部や海外の黄道の会の施設でも大丈夫です……」
   来栖は『道教』を母体とする古い伝統的なものと最新の科学が共存する黄道の会の内情に改めて驚かされた。土岐と話をしている内に、来栖は、ふと前方を見ると、友紀がいなくなっているのに気が付いた。もっとも、つい今しがた、若木医師や二、三人の人に付き添われて、われを取り戻した友紀が椅子から立ち上がるのを土岐との会話の合間に目にしていたのだった。
   来栖は立ち上がると、土岐に別れを告げ、大急ぎで出口の方に向かった。もう、そのころは大講堂を出る人はまばらになり、少なくなっていたが、彼は人にぶつかり謝りながらも、勢いよく、階段を駆け上って行った。
   大講堂の外の光景を目にすると、来栖は思わずその場に足を止めた……
 

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村 (第2章 15)

2017年02月04日 | 小説

   壇上の欧開明は、いつもよりいくぶん憂いのある面持ちで、ゆっくりと聴衆に語りかけた。
「……皆さん、今晩は。この山奥の静かな村で、最近、警察や自衛隊の姿を頻繁に見るようになりました。日本政府の私たちへの弾圧は日益しに強くなってきています。現在、警察で事情聴取を受けている、東京のF本部の鵬役員と小野村正導師以外にも、先ほど桐野首席正導師から報告があった通り、このY村においても、古敷田よしこさんが、警察に身柄を拘束されたことがわかりました……」
   聴衆は欧開明の言葉を一言も聞き漏らすまいと、大講堂の鳳凰の間はしーんと静まり返っていた。
「……よしこさんのお母さんのお話を聞きましょう……」欧開明はそう言うと、傍らのよしこの母親にマイクの前に立つよう促した。
   よしこの母親は中背でやや太り気味の女性で、目鼻立ちがよしことどことなく似ていた。しきりにハンカチで涙を拭いながら、時おり、感情が高まって、話を続けられず、途切れ途切れになりながらも、話を始めた。
「……皆さん、うちのよしこが、……何も悪いことをしていないよしこが……警察に連れて行かれました……昨日のことです……」
   来栖はこの大講堂の鳳凰の間の舞台から遠い、後ろの方の座席にいたが、ふと何気なく振返った時に、後方の出入り口の閉められた観音開きの二つの大扉の内の一つが、ほんの少し開いた刹那、その外側の情景を垣間見てしまった――それは大講堂の出入ゲートの向こうで、ヘルメットをかぶったフル装備の機動隊の大勢がところ狭しとひしめき合っている様子だった……来栖は思わず声を上げようとしたが、いつの間にか彼の後ろの席に座っていた、指導三級の李玲玲が右手を伸ばして、来栖の口を塞いだ。来栖と目が合うと玲玲はうなずいた。
   来栖はぎこちない動作で、玲玲の腕をゆっくりと押し戻すと、彼女に向かってうなずいてみせてから、前に向き直った。
   壇上では、よしこの母親が聴衆に向かって、自分の娘の救出を涙ながらに訴えかけていた。それは娘を思う親心からの、一日も早く自分の元へ戻して欲しいという、切なる願いであり、たいへん痛々しく、聴衆の皆の胸に強く訴えかけるものだった……
  欧開明は大事なものを扱うように、よしこの母親の肩を抱き、ゆっくりと舞台の上手から彼女を退場させると、再び壇上に戻ってきた。
「皆さん、ご覧の通り、よしこさんのおかあさんはたいへん、たいへん心を痛めております……残念ながら、わが黄道の会の弁護団は今、参考人として事情聴取を受けている東京の二人の同志の件で忙しく、対応が困難ではありますが、さきほど、八雲代表役員が大木村長を通じて、わたしに報告してきたところによると、弁護団の中のベテランの斉木弁護士と若手の古村弁護士を明日中にこのY村へ派遣することが決まったそうです……」欧開明が斉木と古村の名を口にすると、それに反応して聴衆の中から驚きの声がいくつも上がった。
   どうやら、黄道の会の運命を左右するかもしれない、首都東京のF本部の地位の高い、幹部二名よりも、Y村の確かにキーパーソンの一人であるかもしれなかったが、黄道の会の序列や位階の上では最下層に位置する、よしこの救出のために、黄道の会弁護団の団長格の斉木に加えて、八雲とたいへん近い関係の古村の二名をも、このY村に迅速に派遣することに対して、皆の驚きがあったのである。しかし、これはあとになって、八雲の先を見越した対応であることがわかり、皆が関心するところとなった。
「……そして、皆さん、八雲くんからの指示で、よしこさんの救出のために、よしこさんと接触があり、彼女をよく知る黄道の会の会員の方々にご協力いただくことになりました。名前を読み上げます……」欧開明はそう言うとポケットから取り出した紙片に書かれた名前を読み始めた。
「……前野川亘さん、三方真二郎さん、細村敏弘さん、それに、会員ではありませんが、アレックス・シュナイダーさん……」
   これらの名前が読み上げられると、臨時集会の会場である、大講堂の鳳凰の間は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。どうやらこれらの人物たちは郵便局長の前野川はもとより、ぶな屋敷に夫婦で住む、村役場の守衛の三方も、林業を営む細村も、以前からよしこと関係があったことが噂されていた面々だった。しかし、皆の意表をついたのは、エコロジストのシュナイダーの名前が出たことだった。また、黄道の会が、これらの男たちを集会が終わったあと、個別に内密に一人一人呼び出すのではなく、たいへん恥ずべきこれらの名前を、欧開明の口から、Y村の会員たち全員の前で公表したことは、明らかに何かしらの意図が存在したかもしれなかった。
「……それと、ああ、もう一人ありました。……来栖信一さん……」欧開明が読み上げたあと、突然、前方の席の方でどよめきがあった。「おい、失神したぞ、早く、若木先生を呼べ!」
   誰かが叫んでいる声が聞えた。まるで言われのない、無辜の自分の名前が呼ばれたことで、たいへんな衝撃を受けた来栖だったが、ふと前方を見ると、周りの人に介抱されている、友紀の姿があった。

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