「……東京のF本部では、本日、警察の捜査を受け、鵬役員が警察に任意同行を求められたそうです」大木は心配を隠せぬ表情で皆に向かって告げた。皆が沈黙していると、更に追い打ちをかけるようにして言った。
「捜査において、修行道場で違法薬物の疑いのある物質が見つかったそうです。また、行方不明になっておる会員の両親から出された捜索願に基づき、第七正導師の小野村さんが、この件についての事情聴取のため、やはり警察から任意同行を求められて、出頭したそうです……」
「……なぜなんだ。Y村では問題無かったのに……」猪田がふと漏らした。
「……本当だ。Fは修行道場と事務局や国際部があるだけで、施設などは何も無いところなのに……」北里も口をはさんだ。
「……なぜ、このY村は問題なかったのに、Fでこのようなことが起きてしまったかと言いますと、二つあると思います。H県選出の、わが黄道の会の強固な信仰を持つ、会員である、元大臣の古塚啓三衆議院議員の表面に現れない力があることが一つ。皆様もご承知の通り、Y村を捜査したのはH県警・警視庁合同捜査本部とは言え、ここはH県です。警視庁は東京から来て、いわば地元ではないので、やはりH県警の配下で仕事をするようなものです……」大木は皆の反応を見ながら続けた。
「……二つ目は、ここY村にはたいへん緻密で、執念深い、やり手の“雑用係”の八雲くんがおる、と言うことです」
大木に「執念深い」と言われて、ちょっと眉根を曇らせた八雲だったが、少し微笑を浮かべて、皆を見渡した。
「……そうだ、そうだ、八雲くんがいるので、わしらは安泰だったかもしれないなあ」お調子者の原良はすぐに大木の言葉に賛同を示した。
「……そこで八雲くんはこれから急きょ東京へ向かうことになりました。もちろん前年の業界紙記者溺死事件の時も活躍した、黄道の会の弁護団といっしょに問題にあたることになっております……」大木は言った。
じっと注意深く大木の話を聞いていた桐野富士夫はうなずくと一言言った。
「欧開明先生にはわたしから報告します」
「ぜひお願いします」大木が答えると、桐野は皆に一礼をして、部屋から出て行った。
本来は来栖信一の黄道の会入会の儀式のあとの入会を祝う宴会であったにもかかわらず、黄道の会にとっては存亡の危機にかかわる事件が発生したので、その対応により、祭祀と教務のトップである桐野と“雑用係”の大木はその場を離れざるを得なかった。
来栖も含め、残った者たちで、この東京の一件があり、いくぶん盛り上がらない雰囲気をお互い感じ合いながら、しばらく酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打っていたが、ふと北里が気がついた。
「ああ、そうそう、来栖くん。テレビをつけてくれないかな」
北里の言葉に、やや飲み過ぎて反応の鈍くなった、テレビの近くの席の来栖ではなく、友紀が反応し、部屋の片隅にある、テレビのスイッチを入れた。
Y村は山間部のため電波が悪く、村全体でケーブルチャンネルを使用していた。そして、その中の一つのチャンネルは、既成のテレビ局ではなく、黄道の会のチャンネルだった。当時は編集したものを二日遅れで、今回警察の捜査を受けた東京のF本部でも見ることができた。
「……いつも対応が早いので、もう欧開明先生のお話が出ているんじゃないかな?」
友紀がテレビを黄道の会のチャンネルにすると、「緊急講話」のタイトルと共に、いつものようにスーツに着替える時間がなかったらしく、修行中の道服姿のままの欧開明が現われた。
テレビの画面の中の欧開明は、まったく冷静に、黄道の会の会員たちに東京のF本部が現地の警察である警視庁主体のH県警・警視庁合同捜査本部の捜索を受け、違法薬物使用と失踪人への関与の二つの嫌疑により、鵬役員と小野村正導師が警察の事情聴取のために警察に出頭したことを伝えるとともに、黄道の会の弁護団が必ずこの官憲からの弾圧をはねのけ、これらの嫌疑を晴らし、問題を解決するので、皆は一切心配することなく、安心して欲しいと言う呼びかけの講話を、死後冤罪の証拠に夏に雪を降らせ、干ばつを三年間起こすことを言い残して無実の罪で処刑され、死後それを実現した、竇娥冤(とうがえん)の中国の故事などを引用して、行った。
そして、欧開明は黄道の会の皆に、二人の黄道の会の同志の嫌疑が一日も早く晴れることを黄道の会の祈祷の作法にのっとり、強く祈ることを呼びかけた。
大講堂の調理室には、窯があるらしく、子豚の丸焼きはうまく料理されていて、パリパリの皮の食感もよかったが、味付けされた、肉の味もたいへんよかった。
「……うーん、実にうまい」舌鼓をうちながら、体格のよい、大柄な北里は来栖のコップにビールを注いで、来栖の顏の表情をうかがいながら言った。
「来栖くん、きみがこのY村に来てから、わが黄道の会の会合や学習会にも参加し、修行のトレーニングにも参加するようになったことなど、今日、儀式の前に、入会にいたるまでのいきさつや動機も聞かせてもらったが、今後の抱負も聞かせてもらえないだろうか?」
「……そうですね。ぼくはさきほども言いましたように、最初は抵抗があったのですが、三輪先生からも勧められて、欧開明先生の講話のテープを繰り返し聞き、学習会に参加したり、修行に参加するうち、自分の日頃の悩みや迷いが消えていき、人生に対して段々と前向きになっていくことを感じ始めました……」来栖は感慨深げに語り、なおも言葉を続けた。
「今日正式に入会したからには、日頃の学習や修業によって、更に自己の研鑽を進めて行き、自分だけでなく、他のまだ、黄道の会を知らない人たちにも広めていきたい、と思っています……」と来栖は締めくくった。
皆が一斉に拍手をし、それがいっとき鳴りやまなかった。
村の長老の猪田が言った。
「ちょうど二十一年前、わたしが入会したときもまさしく、来栖くんと同じだった。欧開明先生のお話を聞いて、一切の悩みが断ち切れ、突然、人生が明るく開けてきたように感じるようになったんだよ。それから、村の者、一人一人にわたしは黄道の会の教えを広めてまわったものじゃ……」
「……やはり言った通りだったでしょう。最初に会ったときから、来栖先生は会に入ると言ったのを覚えてますか?」原良はにやにやしながら、言った。
来栖が立ち上がって、日本式に一人一人にビールを注いでまわるのに、先ず桐野の所へ来たが、ドアから一番遠い、上座の席に座る、ディベートの名人で理論家の桐野富士夫ではあったが、日常生活ではたいへんな無口で、必要なことを片言しか話さない男だった。
桐野は黙って、コップを差し出し、来栖にビールを注がせると、微笑み、一言「おめでとう」とだけ言った。
来栖は、猪田、北里、大木、原良の順でビールを注いでまわると、最後に友紀の前に来て、なぜか少し緊張しながら、ビールを友紀のコップに注ごうとしたが、友紀は手を振って、オレンジジュースが入った、別のグラスを手にしたので、席に戻った。
村長の大木が口を開いた。
「……では、今度は、本日の欧開明先生のお誕生日を祝って、乾杯といきましょう……」その言葉に応じて、皆はコップを挙げ、大木の音頭で乾杯をした。
来栖は大木に尋ねた。
「欧開明先生は今日でおいくつになられたのでしょうか?」
「欧開明先生は今日で四十五歳になられたはずだが、お若く見えるので、信じられん、と言う人もおるようです」大木は答えた。
「では、欧開明先生がこの村に初めて来たときはまだたいへん若かったのですね?」来栖は聞かずにはいられなかった。
「今もたいへんな美男子だが、そのころは背の高い美少年と言ってよかった……この村の奥にある、白頸池のある鍾乳洞の中で起居をし、毎日、大自然界の「気」を体内に取り入れるための修行をしておりました。わたしらも欧開明先生のご指導で修業と学習をしておったが、その内、修行の方はおろそかになり、わたしは今の八雲くんと同じように雑用係になってしまいました……」大木はそう語ると頭を掻き、なおも続けた。
「もっとも、今、東京のFにおって、最近は滅多にY村に来んようになった、昔の発起人の鵬(ほう)さんが、黄道の会の組織を立ち上げてくれんかったら、今のようにはなってはおりません」
「……ほうさん?日本の方ですか?」来栖は初めて聞く名前にとまどいながら、思わず聞き返した。
「ほうさんの『ほう』は、元は黄道の会のマークにもなっておる、鳳凰の『鳳』だったそうですが、ご先祖が改められたそうで、月二つと鳥の鵬です。わたしと同じ関西人です……」大木は答えた。
突然、ドアをノックする音があり、一呼吸置いて、相変らず多忙な様子でせわしなく、八雲が部屋に入ってきた。八雲は皆に一礼をすると、「村長、ちょっと」と大木に声をかけた。
大木は八雲といっしょにあたふたと扉を閉めて出て行き、二人は廊下で何事か話しているようだったが、一、二分後、皆の前に戻ってくると、動揺を隠せぬ様子で皆に告げた。
「皆さんに報告をします。たいへんなことが起きてしまいました……」





