その扉が開くと、カメラの視点はその扉の中に入って行った。先ず沙漠の大砂嵐のような画面に『核戦争後の世界と百年計画』と銘打ったそのタイトルが現われ、桐野富士夫の声が朗々と響きわたった。
「二〇XX年七月二十一日に起った核戦争は、人類の大部分に壊滅的な打撃を与えた」
自転する、雲の気流に覆われた青い地球が現われた。雲の下から発射されたいくつものロケットが、雲を突き破り、更に高く、大気圏外まで飛び出したかと思うと、それらがまた雲の中に入り、至るところで、核爆弾が爆発したと思われる、キノコ雲が現われた。
画面が変わって、その後、CGの動画加工により、表面を放射能汚染の赤い地域と非汚染地域のそのままの状態に区分けした地球の姿が現われた。(二つの地域の中間には、黄色く塗った、太い境界線のような準汚染地域がある所もあった)非汚染地域は北極の極点周辺と南極大陸以外では、北半球は、陸地は主として、人のあまり住まない、大砂漠や高い山脈、ジャングル等だったが、南半球では、アフリカ、南米、オセアニアのそれぞれの地域のいくつかの国々が非汚染地域として、生き残った。
そして、再び自転している地球のアップがあり、カメラの視点はそのまま雲を突き抜けて、放射能汚染地域として赤く染まった日本列島の上空に行き、やがて一つの点、H県Y村の上空に来て、そのまま地下に入り、非常に深くて長いエレベーターの立坑をたどって、下りて行き、シェルターの中に到達した。
桐野富士夫はそのあと、映し出される映像に基づき、順次解説をしていった。
「……核戦争の前に既に避難を完了していた、我が黄道の会の会員、計三千七百五十三名は、この日本国H県N村の地下深さ百五十二メートルにあるシェルターで自給自足の生活を開始した……」
以下、ビデオの映像の描写をしながら、桐野の解説内容も文中で説明する。
広大なシェルターの空間と回廊が現われ、その中を行き来する人々の姿が現われた。
そこには先ず三十台の空気浄化装置があり、シェルター内にクリーンで酸素を加えた空気を絶えず供給するようになっていた。空気浄化装置はこの三十台が一度に稼働することはなく、定期的な点検修理の為、約三分の一の台数が一定周期で順番に稼働していくようになっていた。その次は生命の源である、計九台ある、巨大な浄水装置だったが、これも九台が一度に稼働することはなく、点検修理の為、三台ずつが一定周期で順番に稼働していくようになっていた。これらは装置が故障して危機が発生するのを可能な限り避ける為に取られた措置とのことだった。シェルターの回廊には通常は開かれている、いくつもの遮断扉があり、火事発生時や外部からの侵入、または住民のシェルター内での逃亡に対しても対応できるよう、シェルター内の各所の監視カメラの捕えた映像も含め、中央管理室に全て集約されていた。また、その燃料となる物質がこのビデオでは無害で先進的な新開発の方式としか公開されていない、発電装置もこの中央管理室で管理コントロールできるようになっていた。
食糧についてはもちろん大量の備蓄も備えていたが、食糧を生産する植物工場は、人工で植物の生育に必要な条件を作り出し、しかも、種蒔きから収穫まで、自然界よりも、より短期間にすることに成功していた。主な作物は、米、小麦、大豆、野菜と一部の果物等だった。また、収穫した大豆の加工で肉類に似せた食感の食品も作り出していた。家畜は乳牛、肉牛、豚等各数頭いた。乳牛からは搾乳していたが、それ以外は食肉を取るため、することは少なく、主として地上に戻れる日のための種の保存だった。鶏は小規模な養鶏場のように多数飼育していて、これらは卵や肉を取るためであった。これらの家畜の飼料は主として植物工場で生産した穀物や植物を使用していた。また、食用魚類や貝類も養殖していた。
このシェルター村は大きく四つの部門に分かれていた。一つは生存環境保全部で、空気浄化装置、浄水装置、発電装置、空調等のシェルター内の生存環境を守るための一切の機器装置の点検、メンテナンス、または新装置の開発設計や製造をも行っていた。そして、二つ目は、シェルター村の大部分の成人が所属する食糧生産部だった。これは前述の植物工場での穀物や野菜等の生産及び家畜の飼育や養殖以外、食糧生産に必要な設備や装置の点検、メンテナンス、または新装置の開発設計や製造をも行っていた。三つ目は衣服・雑貨・パン・菓子製造部を配下に置く、シェルター商店で、電子マネーで食料品や物資の仕入れ販売とデリバリーを行っていた。四つ目は黄道の会本部で、中央管理室を管轄し、武装した警備員たちに指示を与え、シェルター村内の一切の事に権限を持ち、住民を管理していた。そして、最後に放射能除去装置の開発チームだった。彼らの所属は生存環境保全部だったが、その放射能除去のシステムを開発後は、シェルターから地上に出て、放射能を除去して、徐々に地上の生存可能地域を拡げて行くのが彼らの使命だった。
その他、シェルター内には病院や学校教育を受けられる施設、図書館や老人の介護施設も有り、球技ができる体育館、テニスコート、トレーニングジムやボーリング場、ゲームセンター、人工の三次元映像の自然景色の中での散歩、ジョギングコースもあった。
共産社会の欠点を分析し、配給制度は避け、貨幣制度は廃止しなかったが、給料の振込、物を買うのは全て電子マネーだった。
百年計画の後期では、住民全員がシェルターを出て、地上の拡大した生存可能地域で生活を始めることになっていた。温かい陽光の照らす緑豊かな地上で暮らす人々の姿の映像が現われ、その百年計画の最後には、地上に一人一人の人間、漏れなく、生活の糧及び幸福を保証する、黄道の会の宗教と政治の一体化した理想の国家が出現するのだった。
黄道の会には前述の『十年計画』、『二十年計画』、『五十年計画』そして全く人々の言の葉には上らなかったが『百年計画』というものが存在していて、その全体計画、方針に基づいて、活動を続けているとのことだった。これらは実際、時間の起点となる年は皆、同じ一九八X年であり、それぞれの『計画』の期間は『百年計画』の後半の五十年以外は皆、重複していた。十年経った時、『十年計画』の目標は達成されたかどうか黄道の会の中でレビューがなされ、総括が行われ、一部の達成できなかった目標は『二十年計画』の中に盛り込まれているとのことだった。
『二十年計画』のビデオはなかなか始まりそうになかった。八雲がこれからビデオを見ることを会場の皆に向かって宣言したあと、舞台上の四人の研究者は通訳の女性に促されて、舞台を下り、欧開明もいつの間にか姿を消していた。
Y村の村民のほぼ全員である、黄道の会の会員に埋めつくされた、大講堂の鳳凰の間は、人々の雑談の声でざわついていた。
来栖は友紀に自分が古敷のよしこと一切関係が無いことを伝えて、そのことを友紀に信じさせたいと言う強い欲求を感じていたが、友紀は彼女の席の右隣りに座った、今回新しくY村に転入してきた世帯の家族の一人で、転校して来た四年生の女の子の生徒の母親である女性と何やら真剣に話し込んでいて、来栖が割って入るのは、困難だった。来栖は彼女らの話が終わるまで待つことにし、正面に向き直ったが、突然、猛烈な睡魔に襲われ、パイプ椅子に坐ったまま、いつしか眠りについていた……
来栖がはっと目覚めると、鳳凰の間の会場は真っ暗で、たいへん静かで、来栖の他には誰一人も存在せず、いくつかある、出口の緑色の非常灯が点いているだけだった。
来栖はいつの間に会場の皆はいなくなったのだろう、また、終わったのに、なぜ誰も自分を起してくれなかったのだろうと思いながら、立上って通路に出ようとして、来栖は突然左右から、二人の男に腕をつかまれたのを感じた。
その二人の男は来栖を抱きかかえるように、来栖をやや強引に引き連れて歩きだした。そして、鳳凰の間の出口から出て、長い廊下を通って、大講堂の玄関まで来ると、二人の男は、そこから、外の闇の中へ来栖を放り出した。驚いたことに、外は、来栖が見慣れたY村のあるべき景色ではなく、天空が紫色で、草木の疎らな、ところどころ大きな岩石が見受けられる薄茶色の色彩の広大な荒野であった。見ると、そこにはオオカミのように群れた、中型犬たちがいて、獲物になる、大型の鹿のような動物を追いかけていた。そして、よく見るとその犬たちは皆それぞれ人の顏をした人面犬で、どれも血走った貪欲な人相をしていた。いつの間にか、来栖自身も人面犬の中の一匹になっていて、群れの仲間といっしょに獲物を追いかけているのだった。やがて、来栖の群れの仲間の犬たちが、獲物に飛びついて地面に押し倒すと、獲物の喉に噛みついていた犬が、もがいて抵抗する獲物の息の根をついに留め、他の犬たちもそれに群がった。来栖は空腹を感じ、自分も一口、獲物の肉にありつこうとしたところ、他の犬にはねのけられ、地面にはね飛ばされた……
「……来栖先生、来栖先生!起きてください!もう、始まりますよ!」友紀が来栖を揺り動かしていた。来栖は頭痛を感じながら、眼を開いた。
いつの間にか、舞台上の壁には大型のスクリーンが現われ、当時では最新鋭のプロジェクターが画像を照らし始めていた。
最初にスクリーンに写し出されたのは、黄道の会きっての理論家であり、黄道の会において、『源体宇宙論』の講話を行うことを許された、正導師であり、指導五級を持つ、桐野富士夫であった。桐野富士夫は大導師の欧開明に次ぐ、首席正導師の位階の保持者でもあり、その正導師は実際、黄道の会には十八名いて、その十八名にはそれぞれ、首席から最下位の十八番目までの序列があった。また、『源体宇宙論』の『源体』の概念及び正しい祈祷により、死の淵から蘇生した等――得られる超自然的な体現について語る時、その講話によって、聴衆をいかに感動させ、聴衆に概念や感覚を実感させるかについては、実は桐野富士夫は欧開明を上まわるとさえも言われていた。
「……皆さん、黄道の会、首席正導師の桐野富士夫です。今回わたしが、皆さんにご説明するのは、『二十年計画』です。しかし、この『二十年計画』をご説明する前に、最終到達目標である、『百年計画』完遂後の世界を皆さんにお教えしなくてはいけないかもしれません……それは、不可避である核戦争が起こったあとの世界に対応できるよう、わが黄道の会の皆さんが全員、生き延びることを前提としたものです……常日頃、欧開明先生がおっしゃるとおり、二〇XX年七月二十一日に核戦争が起きることは間違いありません……もっとも、その数年前に起こる、ある核保有国の国家指導者の個人的な問題に端を発する核戦争の脅威は、欧開明先生の強い祈りによる現状変更によって回避されますが、そのあとの本当の核戦争の到来は、世界のインターネットの中での、大国のハッカー同士の戦争から始まるのです……」桐野富士夫はそう言うと、画面の中の部屋の扉を開けた。





