頭上では低空飛行のヘリコプターの爆音がする中、来栖は自衛隊の車両から出されるサーチライトの光りの洪水の中で思わず目を細めた。いつの間にか自衛隊の装甲車両がこのY村に到着していた。この平和な村で、警察の機動隊だけでなく、自衛隊が対応するような事態が発生するのだろうかと、来栖は大きな驚きを感ぜずにはいられなかった。
来栖は大講堂の黄道の会の主要な行事や式典に会場としてよく使われる、大広間の鳳凰の間に入ると、そこは大勢の人々のざわめく声で喧騒を極めていて、ほとんど村の全員が集まって来ていることが見て取れた。舞台上には、来栖がこの村では今まで見たことがない、外貌から西洋人とわかる男性三人と同じく年配の西洋人の女性一人がいて、パイプ椅子にそれぞれ腰かけていた。
来栖は大勢の人の中を眼で友紀を探し求めたが、すぐ眼の前にいるのに気づかず、友紀が思わず噴き出した。
「……来栖先生!もしかして、わたしを探してますか?」
「ああ、三輪先生……」来栖はやっと友紀に気がついて、通路に比較的近い席にいる友紀の隣りのパイプ椅子に腰を下ろした。
「……これからいったい何が始まるんですか?」来栖は大木から夜の七時半に集会があるので、大講堂の鳳凰の間へ来るように言われていたが、この集会が何の為に開かれるのか、まだ知らされていなかった。
「……欧開明先生の大事なお話があります。今、日本政府は、世界平和実現の崇高な使命を持つ、私たち黄道の会に対して、カルト宗教、テロ集団の疑いをかけて、捜査を始めています……」友紀のその話しぶりからは黄道の会の正当性を心の底から信じきっていて、微塵の疑いも無いようだった。友紀は続けていった。
「……たいへん恐ろしいことですが、日頃、欧開明先生が言われるように、核戦争は必ずやってきます。それは二〇XX年七月二十一日で、明日の朝、太陽が昇ってくるのと同じように、必ず起こることだそうです……その時、欧開明先生の教えを信じる、世界各地にいる、黄道の会の人々は、皆、シェルターに入り、生き延びるのです……」
「いったいどうして、核戦争が起こるのですか?」来栖は思わず友紀に問いかけていた。
「それは欧開明先生の御本に書いてあります。国の名前や人名は伏せていますが、核を持つある国の指導者が間近に迫った、自分の死がどうしても避けられないことがわかって、自暴自棄になり、アルコールや幻覚を起す薬を多量に摂取し、錯乱状態になって、核のボタンを押してしまうのです……」広間の大勢の人の熱気の中にいながら、来栖は背筋が寒くなるのを感じた。
「核攻撃を受けた大国の指導者は日頃緊張関係にある、もう一つの大国が自分の言うことを聞かせるために、核攻撃してきたと誤認し、報復と言って、核のミサイルをもう一つの大国に向って発射するのです……」友紀は眼を伏せてそう言い、なおも続けた。
「……ところが、欧開明先生の御本にありますが、実際はその状況は起り得るはずでしたが、欧開明先生の毎日の強い祈りによって、運命を変えることに成功し、表面的にはいろいろな偶然が重なり、起らないようになったそうで、この二〇XX年七月二十一日の核戦争は、欧開明先生の祈りも届かない、電子の世界の中で行われるそうで、まったく別の状況から始まるそうです……」
突然、マイクの集音した拡声器の声が大広間内に伝わった。
「……みなさん、時間になりました」八雲の声が響き渡り、場内の声はぴたりとやんだ。
昼間の分校のセレモニーの礼服のスーツから普通のスーツに着替えた、八雲が壇中央に向って左手に立ち、大広間にいるこの村の人々に向って語りかけた。
「これから、黄道の会の臨時集会を始めます……初めに宇宙の《源体》に向って敬意を表します。全員起立!」
起立の為に、大広間の会場の中が一瞬ざわついたあと、檀上の西洋人の男女四人も含めて、全員いっしょに立上った。この時、来栖の眼には、檀上の片隅の、かの西洋人たちの後ろに、影のように付き添う、一人の女性の姿が映った。
やがて、舞台上手から中央に現れたスーツ姿の王開明が、一礼をすると、直立不動の姿勢のまま、左手を挙げた。それに伴い、皆、全員、欧開明と同じように開いた左手を自分の耳の高さまで挙げた。欧開明が何か日本人の耳では聞き取れないような、外国語のような言葉を唱えると、それに続いて、全員が同じ言葉を唱えた。
黄道の会にまだ正式に入信していない、来栖もいつの間にか、見よう見まねで皆と同じことをしていた。そのぎこちない動作を友紀に見られ、来栖は顔を赤らめた。
「……皆さん、着席してください」八雲が声をかけると、広間の人々はざわつきながら、皆、着席した。
八雲はしばらくの間、大広間の中の全体の状況を観察して、異常が無いのを確認すると、先ず欧開明に向ってアイコンタクトをしてから、マイクを持って、舞台中央の王開明に歩み寄った。
八雲からマイクを受取ると、長身で、鼻筋の通った、ちょっと尋常ではない、たいへんな美男子の王開明が口を開いた。
分校で順番に行われた三つのセレモニーが終り、人々が散会となると思ったその矢先、突然、けたたましいパトカーのサイレンの音がしたかと思うと、大勢の靴音が聞え、私服警察官とおぼしき人たちと、抵抗を予想してなのか、数十名の機動隊員たちが分校の体育館になだれ込んできた。そして、彼らは村長の大木の前を素通りして、司会進行役を務めていた八雲の前に立った。
「宗教法人《黄道の会》の代表役員の八雲広緒さんですね?」警察手帳をかざしたその私服警察官は八雲の反応を待たずに続けた。「これから、宗教法人《黄道の会》の施設を捜査します。これが捜査令状です」 誰かが「えっ、八雲が代表役員?」と言う声が大勢の中から聞こえた。
八雲は氷のような冷静な態度で、私服警察官に対応した。
一呼吸あった後、「……わかりました」と八雲はそう言うと、八雲から了解を得た、私服警察官が反転して、捜査に向かおうとした瞬間、体育館の各片隅に目立たぬよう、警備員のように配置していた、日頃欧開明の付き人をしている三人の屈強なスーツ姿の若者の一人に目を向け、手を振って合図をした。その動作は、あまりにも早く、誰もが見のがすはずだった。山奥の村ではおよそ考えられないような物々しい雰囲気に、動揺して、不安の声をあげる児童たちのなだめることに必死だった来栖の視界になぜかそれが入ったのは偶然としか言いようがなかった。八雲の合図を受けた若者の一人は他の二人にも合図して、あらかじめ決めてあったかのうように、三人とも、足早に、小学校の体育館を出て行った。
大講堂や黄道の会の本部事務所(廃坑になった鉱山会社の社屋を改築した建物)が主な捜査対象で、黄道の会の会員たちが企業の代表者になって運営する、いくつかの企業は捜査の対象ではなかったようだった。これはいったいどうしたわけだろう。また、黄道の会で「大導師」の職位を持ち、実質の代表者である、欧開明に対してはあたかも捜査の対象にはなっていないようであった。加えて、欧開明がこの村のどこに住んでいるのか、一般の黄道の会の会員たちは皆目わからないのであった。但し、これは欧開明が捜査の対象にまるっきりなっていない、と言うわけではないらしく、彼の住居は村の中心部から離れた、今は住人が一人もいなくなった数軒の集落の中の一軒家で、彼と彼の身の周りの世話を焼く年配の寡婦と二人で住んでいたのだが、その家の存在がいつの間にか警察当局で割り出され、掌握されていたことは驚くべきことだった。また、テレビ局、新聞社、週刊誌等のリポーターや記者が大挙しておしかけ、このあまり平地の少ない、狭い村の中に警察関係者といっしょにひしめき合い、それぞれの車両が動くときは、狭い道路でお互いに道をゆずらないことから、揚句の果てにはお互いに怒鳴り合い、喧騒を極めていた。もっとも国家権力を有する警察は、通行の優先権を得ていた……
近現代の小説ではおよそ無いことだが、現代はテレビ局のニュース番組の報道から、事態の状況を伝えることが可能である。時刻はその日の夕刻になっていた……
「……七時のニュースをお伝えします。(男性アナウンサーの背後には黄道の会とかかれたロゴと長髪を振り乱して祈祷する王開明の写真、それに黄道の会の象徴の鳳凰のマークが映し出されていた)外国人を含む、数人の男女が消息を絶った行方不明の事件の捜査で、H県Y村にある、宗教団体黄道の会の本部及び東京Fにある、東京支部を本日午前十一時より、H県警と警視庁の合同捜査本部が教団本部事務所と関連の施設の捜査に着手しました。H県Y村の現地にいる三塚さん……」この吉村と言う、男性アナウンサーは画面の現地にいるリポーターに話しかけた。
「……はい、三塚です」現地のリポーターはひと呼吸のあと返事をした。
「本来は午前九時から始まる捜査が十一時まで延期された理由は何でしょうか?」吉村アナウンサーが問いかけた。
「実は、Y村の小学校の分校の開校式、始業式、入学式が本日朝八時半から始まり、出席者の大部分がこの村の人たち、すなわち黄道の会の関係者、幹部と言うことで、この小学校の式典が終わるのを待っての捜査開始となりました……現在、村の中にある、教団本部、大講堂等の関連施設が捜査の対象になっていて、大勢の捜査員が捜査にあたり、教団側の抵抗を予想して派遣された多数の機動隊員が警戒にあたっています……」三塚リポーターが伝えた。
吉村アナウンサーがスタジオにいる白髪の眼光鋭い人物に話しかけた。
「こちらは元警視庁の過激派テロ集団やいわゆるカルトと言われる宗教団体の捜査にお詳しい洲本孝三郎さんに来ていただいております・・・洲本さん、今回の黄道の会に対する捜査ですが……」
来栖は映りの悪い、古いブラウン管式の14インチのテレビのスイッチを切って、部屋を飛び出ると、ぶな屋敷のアパートから、夜になってもまだ騒ぎの止まぬ、村の中心部に向って駆け出していた。





