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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第2章 1)

2014年12月28日 | 小説

 Y村そのものが山間にあって、四方を山に囲まれ、盆地の地形を呈していることもあり、霧が出やすく、ここ数日、朝から午前中にかけて、あたり一面に霧が立ち込め、何も見えない状態が続いていた。来栖が友紀といっしょに子供たちの「童会」に参加してから既に一週間が経とうとしていた。
 その間、このY村で起こった、いくつかのできごとを説明する必要がある。
  あの「童会」のあった日、霊能力者の黒木は雑誌記者の車で東京へ帰ろうとして、車に乗り込もうとした時、脳梗塞で倒れ、駆けつけた若木医師の応急処置を受けたが、黒木の病状が悪化し、近隣のN町から救急車を呼び、搬送する事になった。救急車がT峠を通って、Y村に着いた時は、すでに黒木の意識は無く、いつもとぼけたことを言う原良もさすがに親友の病状にうちひしがれた様子だったが、黒木が完全に意識を失う前に言った一言を聞きもらさなかった。
「……白頸池(しろくびいけ)……」黒木が意識を失う前に言った一言はそれだった。
 その池はY村から更に深い山奥に入った鍾乳洞の奥にあった。黒木と原良の間では宝探しにおいて、一度もこの池が提起されたことが無かった。しかし、不思議なことに、黒木はいつも白頸池のあるY村の西北の方角に行きかけると、いつもやめようと言って、引き返すのが常であった。黒木の話では猛烈な霊気を感じ、身の危険を感じるのだと言う。
 その後、黒木は救急車でN町の救急病院に運ばれたが、幸いなことに、危険な状態は脱し、一命は取り留めたようである。
 また、国際機構の眞垣は多忙な日程にもかかわらず、欧開明の要請を受け、「童会」のあった日の晩に大講堂で開かれた黄道の会の臨時集会においても、国際平和の為の活動についての講演を行い、Y村だけでなく、遠くからわざわざ駆けつけてきた黄道の会の人々に大きな感動を与えたようである。眞垣は晩の九時に講演を終えると、欧開明が運転手付きで用意した車に乗って、東京に戻って行った。
 そして、その二日後、二十年前に廃校になった跡地の古い木造校舎を取り壊して、建設中だった、鉄筋コンクリートの建物の分校の校舎はついに完成した。新学期の始まる来月から子供たちがN町から戻って来るだけでなく、分校ができることを聞きつけて、Y村に転入してくる黄道の会の会員である、十世帯十三人の小学生も加え、高学年を担当する来栖と低学年を担当する友紀の教師としての仕事が始まる予定だった。
 来栖はだんだんと村での生活に慣れ、仕事の同僚でもあり、話し相手の友紀とこれから始まる、分校での教師としての仕事について自分の理想や抱負を語り合うのだった。彼らの上司である管理者としての教頭や校長は、同じ郡のN町の本校にいて、このY村にやって来ることはほほとんどなかった。若い二人は、束縛の無い、自由なことがうれしくもあったが、それとは反対に、若さゆえの経験不足の面もあるので、若干の不安も感じなくもなかった。
 この彼らの管理者と言う意味では、むしろ、村長の大木が八雲を通して、来栖と友紀にいろいろと指示を言ってくることが多かった。
 例えば、さすがに分校でやることははばかれたが、毎週金曜の午後には大講堂の中の小会議室で、黄道の会の指導資格の有る導師を呼び、「童会」をやるので、分校の時間割をそれに合わせて組むようにと言う指示があり、これから新学期が始まるまでには、来栖も友紀も苦心して、他の授業の時間を削ってでも、それに合せることをしなければならないのだった。また、この当時には日本では小学校の教科としては存在しなかったが、高学年に特別に黄道の会の海外会員で日本にいる英語圏の人を招いて、英語教育の実施をすることも考えて、時間割を組むように大木からの指示があった。
 これとは別に、「道徳」の授業では、もちろん全国共通の教科書を使うのだが、その中で、学習指導要領から大きく離れないことを条件に、黄道の会の教義を反映するにはどのようにしたらよいか、大木の指示で、来栖と友紀は検討することになり、それは八雲と三人でやることになった。
 これらは全て、大木からの指示と言うより、実は欧開明の意向を反映したものに違いなかった。
 ともあれ、来栖と友紀は、理想の教育の夢の実現に胸をふくらませ、毎日、分校の新校舎で、あと二、三日に迫った新学期の準備に追われていた。

 

 

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