来栖と友紀が、日本の習慣により、新来者のご挨拶の為、一人一人にビールを注いで回り、北里の前まで来ると、北里は大柄の身体をゆすらせて、この新しく村にやって来た若い二人を歓迎した。
「よく来てくれましたな。君たちは、これから、この村をしょって立つ人材じゃよ。わしは君たちを歓迎するよ。ひまがあるときは、わしの所へ遠慮せず、遊びに来なさい。わしの所は製材所をやっていてな、来栖君の住むぶな屋敷から、遠くないし……」北里は二人に言った。
「ありがとうございます」来栖は通りいっぺんの挨拶をしたが、友紀は北里のコップにビールを注ぎながら、北里に尋ねた。
「兄は、生前、村に来ると、必ず、泊めていただいたんですよね?」
「おお、そう、そう、亡くなった三輪君の妹さんだったね、君は。そうなんだよ。彼はうちの仕事も手伝ってくれたし、よくわしの家に泊まってな、わしとはよく、いっしょに酒を飲んだものじゃ。本当に、いい青年だったのに、あんなに若くてして亡くなるとは……」北里は悲しげな顔して言った。
「お兄さんはいつ亡くなったんですか?」来栖は友紀に尋ねた。
「去年の二月です」友紀は答えた。
「おう、おう、そう言えば、わしのところに三輪君が残していった、録音テープがダンボール箱に入ってな、たくさんあるぞ。恐らく、欧開明先生の講話の録音だと、思うがな。友紀さん、取りに来てくれるかな?」北里は友紀に言った。
「そうですか。はい」友紀は意外だったらしく、何と受け答えしてよいかわからないような、様子だった。
「ぼくが取りに行ってもいいですか?」来栖が突然、友紀に言った。
友紀は驚いて、来栖に訊き返した。
「どうしてですか?」
「テープをぼくに貸してください。欧開明先生の講話のテープなら、ぼく、聴いてみたいので」来栖はもっともらしく、そう言った。
友紀は顔をほころばせて、言った。
「そうですか?それはよいことです。来栖先生にテープをお貸しします」
「そうか、そうか、そういうことか。それはよいことだな」北里も感心して言った。
そのとき、突然、ドカーンという爆発音が戸外で聞え、地面が振動で揺れた。
「どうした、どうした」周りの皆が、がやがや騒ぎ始めた。
八雲は皆に向かって、叫んだ。
「みなさん、落ち着いてください。私が見てきます」
八雲は一人で外に飛び出した。皆は立ち上がって、おろおろしていたが、間もなく、八雲がはあはあ、息を切らしながら、戻って来た。皆は、八雲の報告を促した。
「たいへんです。養老院が燃えています。笠間さん、すぐ、消防団を招集してください。……森本さん、こういう状況です」八雲のこの最後の言葉は、駐在所の森本に向かってだった。
皆、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。宴会はこの場で取りやめになった。
消防団長の笠間、駐在所の森本、それに診療所の若木は間違いなく、当事者であるに違いなく、彼らは、いち早く宴会の場を後にして行った。そして、もちろん、皆も火事の現場を見ようと、外に飛び出して行った。
宴会の行われた公民館と村役場はすぐ近くで、山間の村にあっても、高台にあり、眼下の数百メートル離れた低い所に村営の養老院があり、炎と煙に包まれているのが見え、煙の匂いが鼻をついた。
半鐘が鳴り始め、サイレンの音もあたりに響き渡った。
来栖は友紀と並んで立って、養老院の方を見ていた。皆が、ぞろぞろ、坂道を降りて火事の現場に向かっていた。八雲を初め、先ほどの宴会の参加者の幾人かは消防団員だった。いつの間にか消防服に着替え、ヘルメットをかぶった八雲が駆けていくのが見えた。
来栖と友紀もいつのまにか、火事の現場に向かって走って行く人々の流れに乗って、坂道を下りていった。
突然、誰かが叫ぶ声が聞えた。
「欧開明先生だ!欧開明先生がいらっしゃった!」
人々のどよめきがあり、そして、あちこちで歓声が上がるのが聞えた。
「欧開明先生!」「欧開明先生!」その声は火事でざわめく、人々の中で大きなこだまとなって響き渡っていった。





