ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

色づく山Ⅴ

2011-10-26 11:02:35 | Weblog
 画はジョン・アトキンソン・グリムショー 

 John Atkinson Grimshaw  1836年~1893年

 イギリス、ビクトリア朝時代の画家。      作


  「Autumn」です。


☆曇り。

さて、昨日のご観覧(PV)何と、4,343 でした、 御来場(IP)はこのところ暇なのに。

どなたか名画をご鑑賞にこられたのか? ありがたいことです。

さて、「踏み絵」を踏ませて追い込めと書いておりますが、

◆http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201110250147.html
[時事通信社] 2011年10月25日
賛同議員、356人公表=TPP反対請願―JA全中

全国農業協同組合中央会(JA全中)は25日、環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に反対する請願を
衆参両院議長に提出したと発表した。両院議長への提出には国会議員の紹介が必要で、
紹介議員356人の名前も併せて公表した。民主党の山田正彦前農林水産相や自民党の森喜朗元首相らが名を連ねた。

JA全中によると、請願ではTPPは農林水産業を行う地域経済や社会の崩壊を招く恐れがあるなどとして、不参加を求めた。
JA全中は、紹介議員の名前を組合員に提供し、選挙の判断材料として活用してもらう考えだ。

紹介議員は、民主党が山田前農水相や渡部恒三最高顧問ら120人。
自民党は森元首相や町村信孝元官房長官ら166人と最も多かった。公明党は井上義久幹事長ら25人、
共産党が志位和夫委員長ら15人、社民党が福島瑞穂党首ら10人、国民新党が亀井静香代表ら4人―など。



医師会、日弁連なども巻き込めばよいのですよ、

「連合」! 国会包囲デモを全国動員かけて波状的にやれ! 何のための労働組合なんだよ!

野豚一派は日本人ではなし、売国一直線の国賊どもです、 奴らの落選運動地元で開始だな。

どっち付かずの日和見議員どもを炙り出せ!  こいつらも落選運動だ!  不支持署名だ!


Grimshaw、二枚目、



「Stapleton-Park-near-Pontefract」です。


TPP反対といえば、中野剛志さん、

◆http://diamond.jp/articles/-/14540
米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか
 「TPP亡国論」著者が最後の警告!


TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。
国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。
しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。
TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、
韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。

TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。
大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。
政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。 

しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。
TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。


米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから


なぜ比較対象にふさわしいのか? 

まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、
多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。
また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、
取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。

そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」
と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。

だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。
その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。 

 
では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。


韓国は無意味な関税撤廃の代償に
環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた



まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。

しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。
例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。
しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと
米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。


そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、
関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。
グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ
すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、
日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。

さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、
制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、
米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。

その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、
韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、
一定の義務を免除することになった。つまり、
自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、
米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。

米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。
エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。



コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大


農産品についてはどうか。

韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。
海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。
従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、
結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。

しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出の
クロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、
韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。
つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。

このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、
米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。

知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、
韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、
米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、
これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。


農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、
協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。
そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、
何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。
それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。


米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。
日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。


米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ


さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。

その一つが、「ラチェット規定」だ。

ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。
ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。

締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。
このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、
電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。
どれも米国企業に有利な分野ばかりである。

加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、
米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。

もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。

このISDとは、ある国家が自国の公共の利益のために制定した政策によって、
海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」
という第三者機関に訴えることができる制度である。


しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。

ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。
しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、
「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。
その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。

また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。
仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。
しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。


このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。
その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。


たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。
同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、
米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。
そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。

また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送して
リサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。
これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、
カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。

メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。
すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。

要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、
自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。

気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。

このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。
このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、
このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。


ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚


米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。
米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。
日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。


ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである
(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。

その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、
進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、
グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、
許されるべきではない。


それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、
国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。

政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」
などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、
TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。
そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。


それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。
こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。
日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。


野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか


米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。
米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。

他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は
「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」
と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。
この状況も、現在の日本とそっくりである。

オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。
TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。

しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。
日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。
そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。
だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。

それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。
11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。
国というものは、こうやって衰退していくのだ。


Grimshaw、三枚目、



「Elaine」です。


いい記事だ、

◆http://blog.tatsuru.com/
内田樹の研究室 2011.10.25 
グローバリストを信じるな

Againの定例経営会議で箱根湯本に集まり、
平川くん、兄ちゃん、石川くんと日本の行く末について話し合った。

EUの先行き、日本のデフォルトの可能性から、TPPが「空洞化したアメリカ産業の最後の抵抗」という話になる。
いったいアメリカは自由貿易によって日本に何を輸出して、どういうメリットを得るつもりなのか?
この中心的な論点について、メディアは実はほとんど言及していない。

「TPPに参加しないと、『世界の孤児』になる」とか「バスに乗り遅れるな」というような、
「自己利益(というよりは「自己利益の喪失)」にフォーカスした言葉が飛び交うだけで、
「なぜアメリカがこれほど強硬に日本のTPP参加を要求するのか?」という、
アメリカの行動の内在的なロジックを冷静に解析した記事をメディアで見る機会はほとんどない。

まさか、アメリカが自国の国益はさておき日本の国益を守るために
完全な市場開放を日本に求めているのだと思っている国民はいないと思うが、
メディアの社説を徴する限り、論説委員たちはその数少ない例外らしい。

TPP参加は日本の国益のためだ、と推進派の人々は言う。
だが、それではアメリカが日本に市場開放を求め理由を説明したことにはならない。

アメリカが他国に市場開放を求めるのは、自国の国益がそれによって増大するという見通しが立つからである。
そして、貿易において、一国が輸出によって大きな貿易黒字を得る場合、
その相手国は輸入超過となって貿易赤字が増えることになっている。
ふつうはそうである。

貿易では(グローバリストの好きな)Win-Win はない。
片一方が黒字なら、片一方は赤字になる。


アメリカは自国の貿易収支が黒字になることをめざして他国に市場開放を求めている。
それは「売りたいもの」があるからで、「買いたいもの」があるからではない。
アメリカが自国の貿易黒字を達成すれば、相手国は貿易赤字を抱え込むことになる。

だから、「アメリカの求めに応じて、日本が市場開放することは、日本の国益を増大することになる」
という命題を有意味なものにするためには、「アメリカの国益を最大限に配慮することが、
結果的には、日本の国益を最大化することになる」という命題をそこに媒介命題としてはめ込むしかない。

だが、「アメリカの国益を最大限に配慮することが、結果的には、日本の国益を最大化することになる」
という命題は汎通的に真であるわけではない。
そう思っている人は少なからずいるが、それはあくまで個人的な「信念」であって、一般的真理ではない。

もちろん私はそのような「風が吹けば桶屋が儲かる」式の推論にまるで根拠がないと言っているわけではない。
経験的に「そういうこと」が繰り返しあったからこそ、
彼ら(松下政経塾系政治家とか財界人とか官僚とかメディア知識人のかたがた)はそのような推論になじんでいるのである。
私とて経験則の有効性を否定するものではない。

でも、その場合には、「この政治的選択は原理的には合理性がないが、
経験的にはわりと合理性がこれまではあったので、これからも妥当するかも・・・」
というくらいの、
節度ある語り口を採用すべきだと思う。

「バスに云々」のような、人を情緒的に不安にしておいて、その虚を衝いてガセネタをつかませる
あくどいセールスマンのような安手の語り口は採るべきではない
と私は思う。
誤解して欲しくないのだが、私は市場開放や自由貿易に「原理的に」反対しているのではない。
その点については、ぜひご理解を頂きたい。

ただ、市場開放や自由貿易は「主義」として採用すべきものではなく、
国民経済に資する範囲で「按配」すべきものだという下村治の立場
に与するのである。

貿易政策の得失については、「これでいいのだ」と包括的に断定したりしないで、
個別的に吟味した方がいいと申し上げているだけである。

とりあえず私たちが知っているのは「アメリカは必死だ」ということである。
ここでTPPに日本を巻き込むことができるかどうかが「アメリカ経済の生命線」
であるかのような悲壮な覚悟でアメリカは日本に迫っている。
別に、日本の国運を案じて悲愴になっているわけではない。
アメリカの行く末を案じて悲愴になっているのである。

アメリカの貿易について考える場合に、私たちがまず前提として理解すべきことは、
「アメリカには、日本に売る工業製品がない」ということである。
アメリカの製造業は壊滅してしまったからである。

「ものつくり」という点について言えば、
もうアメリカには世界のどんな国に対しても国際競争力のある「もの」を輸出する力がない。
自動車も家電も衣料品も、なにもない。


一応作ってはいるけれど、クオリティについての信頼性が低く、
割高なので、買い手がつかないのである。

「もの」でまだ国際競争力があるのは、農産物だけである。
残りは「ノウハウ」、つまり「頭のなかみ」である。


GoogleとAppleのような情報産業と司法、医療、教育といった
制度資本を「金にするノウハウ」だけはまだ「売り物」になる。
でも、正直に言うと、GoogleもAppleも、「なくても困らない」ものである。

あると便利なので私も愛用しているが、ほんとうに必要なのか、と改めて考えるとわからなくなる。

「そうやって温泉宿にまでiPhoneやiPadを持ち込むことで、キミたちの人生は豊かになっていると言えるのかね。
そんなものがあるせいで、キミたちはますます忙しくなり、ますます不幸になっているようにしか、オレには見えないのだが」
と兄ちゃんに言われて、私も平川くんも返す言葉を失ったのである。
たしかに、そのとおりで、このような高度にリファインされた情報環境があった方がいいのか、
なくてもいいのか、考えるとよくわからない。
朝起きてパソコンを起動して、メールを読んで返事を書いているうちに、
ふと気づくとが日が暮れ始めていたことに気づいて愕然とするとき、
「いったいオレは何をしているのか」と考え込んでしまう。

私が機械を使っているのか、それとも機械が私を使っているのか。『モダンタイムス』的不条理感に捉えられる。

兄ちゃんの話では、最近のサラリーマンたちはオフィスで朝から晩までプレゼン用の資料を
パワーポイントとエクセルで作っているそうである。
「仕事の時間の半分をプレゼンの資料作りに使っているのを『働いている』と言ってよいのだろうか?」
と兄ちゃんに詰問されて、平川くんも私も答えに窮したのである。
情報環境の「改善」によって、私たちの労働は軽減されるよりはむしろ強化された。
それは実感として事実である。

家にいながら仕事ができるようになったせいで、
私たちは外で働いているときも家にいるときも働くようになり、
そうやって増大する作業をこなすためにますます高度化・高速化した端末を求めるようになり、
その高度化した端末のせいで私たちのしなければいけない仕事はますます増大し・・・
エンドレスである。

アメリカはこのエンドレスの消費サイクルに私たち「ガジェット大好き人間」を巻き込むことによって、
巨大な市場を創設することに成功した。
もうアメリカが「売ることのできるもの」は、それくらいしかない。

だから、アメリカの大学と研究開発機関は世界中から
「テクニカルなイノベーションができそうな才能」を必死で金でかき集めようとしている。


アメリカの先端研究の大学院に占める中国人、インド人、韓国人の比率は増え続けているが、
それは彼らにアメリカで発明をさせて、それを絶対に故国に持ち帰らせず、
アメリカのドメスティックなビジネスにするためである。


いつまで続くかわからないが、しばらくはこれで息継ぎできるはずである。
「アメリカの大学は外国人に開放的で素晴らしい」とほめたたえる人がよくいるが、
それはあまりにナイーブな反応と言わねばならぬ。
先方だって生き残りをかけて必死なのである。外国人だって、国富を増大させてくれる可能性があるなら、
愛想の一つくらい振りまくのは当たり前である。
これが「教育を商売にする方法」である。

アメリカの学校教育には「子供たちの市民的成熟を促す」という発想はもうほとんどない。

学校はビジネスチャンスを生み出す可能性のある才能をセレクトする機会であり、
市民的成熟のためのものではない。
アメリカでは、高付加価値産業だけが生き残り、
生産性が低い代わりに大きな雇用を創出していた産業セクターは海外に移転するか、消滅した。

だから、「才能のある若者」以外には雇用のチャンスが減っている
(失業率は2010年が9・6%だが、二十代の若者に限ればその倍くらいになるだろう)。

ウォール街でデモをしている若者たちは「まず雇用」を求めている。

これまでアメリカ政府は彼らに「我慢しろ」と言ってきた。
まず、国際競争力のある分野に資金と人材を集中的に投入する。それが成功すれば、
アメリカ経済は活性化する。消費も増える。雇用も増える。貧乏人にも「余沢に浴する」チャンスが訪れる。
だから、資源を「勝てそうなやつら」に集中しろ、と。

「選択と集中」である。

でも、それを30年ほどやってわかったことは、
「選択されて、資源を集中されて、勝った諸君」は、そうやって手に入れた金を貧乏な同胞に還元して、
彼らの生活レベルを向上させるためには結局使わなかった、ということである。

それよりは自家用ジェット機買ったり、ケイマン諸島の銀行に預金したり、カリブ海の島を買ったり、
フェラーリに乗ったり、ドンペリ抜いたり、
アルマーニ着たり(たとえが古くてすみません・・・)して使ってしまったのである。

選択-集中-成功-富の独占というスパイラルの中で、
「選択から漏れ、集中から排除された、その他大勢の皆さん」が絶対的な貧窮化にさらされ、
今ウォール街を占拠している。

彼らの運動に「政策的な主張がないから、政治的には無力だろう」と冷たく言い捨てる人々が日米に多いが、
それは間違いだと思う。

彼らが政府に何を要求していいかわからないのは、
「完全雇用は経済成長に優先する」という(日本の高度成長を理論づけた)
下村治のような「常識を語る人」がアメリカでは政府部内にも、議会にも、メディアにもいないからである。


ウォール街を占拠している若者たち自身「成長なんか、しなくてもいい。
それより国民全員が飯を食えるようにすることが国民経済の優先課題である」
という主張をなしうるだけの理論武装を果たしていないのである。

「生産性の低い産業分野は淘汰されて当然だ(生産性の低い人間は淘汰されて当然だ)」
というグローバリストのロジックは貧困層の中にさえ深く根付いている。

だから、彼らはこの格差の発生を「金持ちたちの強欲(greed)」という属人的な理由で説明することに満足している。
「属人的な理由で説明することに満足している」というのは、それを社会構造の問題としては論じないということである。
「強欲である」というのは「能力に比して不当に多くの富を得ている」という意味である。
問題は個人の倫理性のレベルにあり、国家制度のレベルにはない。
「アメリカはこれでいい」のである。

ただ、一部に「ワルモノ」がいて、国民に還元されるべき富を独占しているので、
それは「倫理的に正しくない」と言っているのである。
このような一部の富者だけを利する経済システムは「アメリカの建国理念からの倫理的な逸脱」であって、
構造的な問題ではない。だから、建国の父たちが思い描いた「あるべきアメリカの姿」に立ち戻れば問題は解決する。
彼らの多くはまだそう思っている。

アメリカのこの頽落はもしかすると「建国の理念のコロラリー」ではないのか・・・
という足元が崩れるような不安はまだアメリカ人のうちに広まっていない。
それが最大の危機であるように私には思われる。


話を続ける。
情報と教育の他、あと、アメリカが商売にしようとしているのは司法と医療である。

これについては、専門家が的確に危険性を指摘しているから、私の方からは特に付け加えることはない。
医療については、前にご紹介したYoo先生の『「改革」のための医療経済学』をご一読いただければよろしいかと思う。
そして、アメリカの最大の売り物は農産物である。

驚くべきことに、アメリカが「かたちのあるもの」として売れるのはもはや農産物だけなのである
(あと兵器があるが、この話は大ネタなので、また今度)。

農産物はそれは「その供給が止まると、食えなくなる」ものである。

Googleのサービスが停止したり、Appleのガジェットの輸入が止まると悲しむ人は多いだろうが(私も悲しい)、
「それで死ぬ」という人はいない(と思う)。
日本列島からアメリカの弁護士がいなくなっても、アメリカ的医療システムが使えなくなっても、誰も困らない。

でも、TPPで日本の農業が壊滅したあとに、
アメリカ産の米や小麦や遺伝子組み換え作物の輸入が止まったら、日本人はいきなり飢える。

国際価格が上がったら、どれほど法外な値でも、それを買うしかない。
そして、もし日本が債務不履行に陥ったりした場合には、もう「買う金」もなくなる。

NAFTA(North America Free Trade Agreement)締結後、
メキシコにアメリカ産の「安いトウモロコシ」が流入して、メキシコのトウモロコシ農家は壊滅した。
そのあと、バイオマス燃料の原材料となってトウモロコシの国際価格が高騰したため、
メキシコ人は主食を買えなくなってしまった。

基幹的な食料を「外国から買って済ませる」というのはリスクの高い選択である。
アメリカの農産物が自由貿易で入ってくれば、日本の農業は壊滅する。


「生産性を上げる努力をしてこなかったんだから、当然の報いだ」とうそぶくエコノミストは、
もし気象変動でカリフォルニア米が凶作になって、金を出しても食料が輸入できないという状況になったときには
どうするつもりなのであろう。同じロジックで
「そういうリスクをヘッジする努力をしてこなかったのだから、当然の報いだ」と言うつもりであろうか。
きっと、そう言うだろう。そう言わなければ、話の筋目が通らない。

でも、こういうことを言う人間はだいたい日本が食料危機になったときには、
さっさとカナダとかオーストラリアとかに逃げ出して、ピザやパスタなんかたっぷり食ってるのである。
TPPについて私が申し上げたいことはわりと簡単である。

「生産性の低い産業セクターは淘汰されて当然」とか「選択と集中」とか
「国際競争力のある分野が牽引し」とか「結果的に雇用が創出され」とか「内向きだからダメなんだ」
とか言っている人間は信用しない方がいい
、ということである。

そういうことを言うやつらが、日本経済が崩壊するときにはまっさきに逃げ出すからである。
彼らは自分のことを「国際競争に勝ち抜ける」「生産性の高い人間」だと思っているので、
「いいから、オレに金と権力と情報を集めろ。オレが勝ち残って、お前らの雇用を何とかしてやるから」
と言っているわけである。
だが用心した方がいい。こういう手合いは成功しても、手にした財貨を誰にも分配しないし、
失敗したら、後始末を全部「日本列島から出られない人々」に押しつけて、
さっさと外国に逃げ出すに決まっているからである

「だから『内向きはダメだ』って前から言ってただろ。オレなんかワイキキとバリに別荘あるし、
ハノイとジャカルタに工場もってっから、こういうときに強いわけよ。
バカだよ、お前ら。日本列島なんかにしがみつきやがってよ」。

そういうことをいずれ言いそうなやつ(見ればわかると思うけどね)は信用しない方が良いです。
私からの心を込めたご提言である。



おまけ:「笠原和夫による『ある対話』」

(これはおまけです。内容は本文とはまったく関係がありません)
「岸和田のだんじり大将」に私のオリジナルのヴァーチャル関西弁を
地場のイントネーションに「校正」していただきました。
では、正調「岸和田弁」でどぞ。

(松方弘樹の声で)
おー、何ちょけたこというとんじゃ、こら。

ここまで66年間戦争の方で面倒みたったんは誰おもとんじゃ。
そやろが。
その間にそっちは戦争もせんと、ぬくぬく商いしてたんとちゃうんか?

うっとこの若い衆、その間にぎょうさん死んどるど。
こっちがどんぱちしてる間に、そっちはうっとこの若いもんの血いでたっぷり金儲けしたんちゃうんか ? おー。

その分くらい吐き出さんと、世間にかっこつかんやろ。ちゃうけ?

わしら、そうゆうてるわけやろが。
この言い分、そんなに筋違いか。てこっちは訊いとるわけや。


(遠藤辰雄の声で)
まあまあ、そちらのご事情も、わしら、わからんわけではないですよ。

たしかに、本家には、えらいご苦労かけました。

わしら、そのご恩、忘れしまへん。忘れるはず、ありまへんわ。
せやけど、言わせてもろてええですか。

こっちもこれまで、それなりのご恩返しはさせてもろてるんとちゃいますのん。

わしら、世間からは「属国」言われてんですわ。
ほんま、かっこつきまへんねん。

主権国家として、こらごっつ恥ずかしいですわ。
でも、戦争に負けたんやし、これはしゃあない。
そう思て、ぐうっと我慢して、「同盟機軸」いわせてもうてきたんとちゃいますのん。
わしら、66年間、本家にいっぺんでもさかろうたこと、ありまっか?
いっぺんもないでっしゃろ?

そら、60年安保とか、68年羽田とか、若いもんが跳ねたことはおましたけど、
若いもん弾けたんはそっちもご一緒でっしゃろ。

基地も、地元の皆さんに、わしらほんま合わせる顔ありまへんねん。

「辛抱やで」しか言えんのですわ。
ほんま、恥ずかしいことですわ。
属国やからゆうて、なんもそこまでコケにせんでもと思いますわ。
もう、ええんちゃいますのん。このへんで。

本家が手元不如意や言うて、うちのシマもシノギも全部寄越せゆうのは、ちょっと無理筋ちゃいまっか。
それでは、渡世の仁義が通らへんのとちゃいまっか(と、ちょっと怖い顔になる)



「でも、戦争に負けたんやし、これはしゃあない。」ということはないw

周到に計算ずくで嵌められて、まんまと開戦に追い込まれたわけですから。

大元帥陛下が悪いわけで、国民にはなぁーんも責任など無く被害者そのものです。

原爆など落としやがったレイシストどもめ、この怨み晴らさでおくものか、の相手だからねぇ。

とっくに「もう、ええんちゃいますのん。このへんで。」なわけでさ。


コメント   この記事についてブログを書く
« 色づく山Ⅳ | トップ | 街色づき »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事