ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

まさに錦繍

2009-10-22 11:00:37 | Weblog
 画は橋本(揚州)周延 ようしゅうちかのぶ

 天保9年~大正元年(1838~1912)作


 「時代かゞみ 元治之頃 海案寺の紅葉」です。


☆晴れ、冷え込み一段と。

さて、昨日怒鳴りつけたNevada、休止なんだとかw

二度と再開するな、嘘つき野郎め。


評価わかれておりますが、権力闘争であるのは確かですな、

◆http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/
文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』
2009-10-22
*斉藤次郎元大蔵次官を日本郵政次期社長に・・・。

小沢一郎幹事長との関係が深い斉藤次郎元大蔵次官を、
日本郵政次期社長に・・・。これは、大方の予想を裏切る大胆な人事であって、
亀井・小沢コンビが、この政権を実質的に支配していることを見せ付ける人事だ、
といっていいだろう。もし、この人事が亀井氏主導で決まったとすれば、
亀井氏が、この政権の権力構造を正確に読んでいるということだろう。これで、
「政府は亀井、党は小沢」の磐石の体制がさらに強固なものになる。
鳩山側近や藤井某や原口某の出番はない。ところで、二三日前から、
新聞等で、さかんに今回の日本郵政人事に対して批判を繰り返している
竹中平蔵氏だが、今更、「手続き」がどうの「説明責任」かどうのと、
何をいっても「負け犬の遠吠え」であって、都合が悪くなるとさっさと
逃げ出した男の「泣き言」にしか聞こえない。こういうのを、
「引かれ者の小唄」というのかな。稀代の詐欺師・竹中平蔵氏の
「ヤワラちゃんスマイル」はもう見たくない。必死なのはわかるが、
見苦しいから引っ込んでいた方がいいのではあるまいか、
と思う、今日この頃であった。

■竹中平蔵氏の言い分

<略>

■時事通信「郵政見直しへ小沢人脈活用=斎藤氏への「負い目」
      に着目?-亀井氏」

日本郵政社長に斎藤次郎元大蔵事務次官を充てる人事は、
亀井静香郵政改革相(国民新党代表)が主導した。
民主党の小沢一郎幹事長と親しい斎藤氏の起用の背景には、
国民新党が最も重視する郵政民営化見直しの推進に向けて、
小沢氏の影響力を生かす思惑がありそうだ。

「10年に1度の次官と言われた。統率力、実行力がある。
豪胆だし見識がある」。亀井氏は21日午後の記者会見で、斎藤氏を高く評価。
基本政策閣僚委員会では「いい人事だろ。驚いただろ」と胸を張った。
辞任表明した西川善文社長の後任は民間出身者との見方が大方だったからだ。

会見に先立ち、亀井氏は小沢氏にも電話で報告。小沢氏は「ほほう」
と満足げだったという。

斎藤氏は「大物次官」と言われながら、大蔵省退官後しばらく、
小沢氏との関係が自民党から警戒され、天下り人事で不遇をかこった。
それでも斎藤氏と小沢氏は良好な関係を保っていたが、
「小沢氏は、自分のせいで斎藤氏が表舞台から遠ざけられてきたとの
負い目を感じていた」(関係者)との見方もある。

そこに亀井氏が目を付けたとみられる。「小沢人脈を活用することで、
民営化見直しをうまく軌道に乗せられる」。
斎藤氏起用の狙いを亀井氏周辺はこう解説した。(以下略)

時事通信(2009/10/21-20:59)


◆http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/2255643.html
新ベンチャー革命2009年10月21日 No.38
*案の定、日本郵政新社長は官僚(元)に内定

<略>

8.小沢・亀井両氏は戦争屋=CIAに屈したのか

小沢氏も亀井氏も、これまでの言動から、小泉・竹中コンビのように、
米国ジャパンハンドラーの言いなりになるとは考えにくいわけです。
表向き、JP人事は斎藤氏という親米(?)元大蔵官僚を据え、
戦争屋=CIAの暗黙の合意を取って、実は小沢氏は彼らの要求
(郵貯・簡保資金を戦争屋の戦争資金に流用)を巧みにかわそうとしている
のではないでしょうか。なぜなら、斎藤氏は小沢氏とも懇意だからです。
しかしながら、この部分に限って、現時点では未知数です。

9.危ないのはむしろ、小泉・竹中コンビ

戦争屋=CIAは、今回のJP人事で完全に小泉・竹中コンビから、
小沢・斎藤コンビに鞍替えすることになるでしょう。そうなれば、
小泉・竹中コンビは戦争屋=CIAからハシゴをはずされ、窮地に追い込まれます。
これまで、小泉・竹中コンビをヨイショしてきた経団連
(米国市場で生きてきた企業の経営者)、大手マスコミ(=親・戦争屋の電通)
も同じくハシゴをはずされます。そこで彼らは泡食って、
ブッシュ・ジュニア元大統領を来日させ、小泉とのツーショット演出、
また上記の朝日新聞のように狂ったような竹中ヨイショの強行に
突っ走っています。このように大手マスコミ(特に政治論説委員)は
完全に国民から遊離してしまいました。
彼らはもう狂っているとしか言いようがありません。

近未来、小泉・竹中マンセー一派への対国民向け
見せしめ・吊るしあげサプライズの予感があります。
戦争屋=CIAは謀略がばれそうになると、身代わりをでっちあげて自己防衛する、
これは彼らのいつもの得意ワザです。
たとえば9.11事件をみれば、それは一目瞭然です。


社長就任後の仕事ぶりに注目というところですね。

「政権交替」してからまだ一月チョットですからねぇ、動きはやはりある。

もはや自民党は遠く希薄な存在になりつつありますなぁw


以前から噂になっておりましたがタブー視されておったわけで、

手前は折りに触れてチラ々書いてきました、

◆http://www.asyura2.com/09/senkyo73/msg/628.html
*昭和天皇による外交政策への容喙 「古川利明ブログより」
投稿者:脳天気な醜男  日時:2009 年 10 月 21 日 vkZAEFfow.6XY

昭和天皇が戦後長く国政に関する外交活動を独自に(?)続けていた事は、
「昭和天皇・マッカーサ会見」(豊下楢彦、岩波現代文庫、2008年)に詳しく
考察されている。また、「新潮45」8月、9月号(2009年)で連載されている
「パケナム日記で紐解く戦後日本秘史」(青木富貴子)でも、
天皇の日本国外交政策への容喙の一端が記されている。
下記もそれと整合する資料と思われる。

http://toshiaki.exblog.jp/

以下一部抜粋#####
2009年 10月 19日
そういえば、ワシも、つい、さっき、久しぶりに、平野貞夫のオッサンん
ところに電話を入れて、少し、喋ったんだが、オッサンが、04年の
参院ギイン引退直前に、講談社から出した『昭和天皇の「極秘司令」』
(07年に講談社+α文庫で再刊)で、「字」にしておったことについて、
アレコレと聞いてみたんだが、コイツは、どういう本かというと、ちょうど、
ロッキードがハジけておった1976(昭和51)年の通常国怪において、
突然、「核防条約」、すなわち、「NPT」のことだが、コレが、突如、
国怪で批准されることとなるんだが、実は、この「ウラ」(=真実)とは、
ヒロヒトこと、昭和天皇が、当時の衆院議長だった前尾繁三郎に「指示」
しておった結果だっていう、超ド級の「スクープ」なんだ。
で、このウラ話の本筋ってのは、このNPT批准が、ぬあんともビミョーに、
「角栄タイホ」と繋がっておったってことなんだよなあ。それは、
どういうことかというとだな、この年の通常国怪ってのは、春先に、
亜米利加の方のチャーチ委員怪で、一連のブツがバクロされて、
ニッポンの国怪は、マトモに審議入りできず、野党側の審議拒否の連続で、
空転しまくっておったんだな。で、NPT批准も、店晒し状態で、本来であれば、
「お流れ」というムードだったんだが、ヒロヒトが強硬に
「ぬあにがぬあんでも、国怪で通せ!」って、前尾に指示したってんだよな。
当時の政局状況は、任期満了が年末なんで、実は、三木武夫も、田中角栄も、
「さっさと、予算を上げたら、あとは、解散・総センキョで行けー!」と、
野党も、それにノリノリという状況だったんだな。だから、
この76年4月の時点で、強く、「解散説」も流れておったんだが、もし、
ここで三木が解散・総センキョに踏み切っておったら、おそらく、
ロッキード事件のソーサは、「パー」になっておった筈なんだ。

ところが、ヒロヒトが、「NPTを絶対に批准しろ!」と、前尾に指示
しておったんで、「陛下からの命令」であれば、逆らえんよなあ。
前尾は、ここで「ロッキードの徹底解明」を旗印に、三木の「解散阻止」
に動いて、「国怪正常化」のカタチで、それを封じ込めることに成功した
んだな。だから、結果的に、そのまま、角栄は、チケンに身柄を取られて
しもうたんだ。実は、三木は、ぬあんと、このとき、解散に持ってくために、
「民社」を抱き込んでおって、「センキョ資金」として、「3億円出す」って、
約束したってんだ(笑)。で、とりあえず、その手付け金として、
「3000萬円」だけ渡したんだが、平野貞夫のオッサンは、
文庫本の101頁で、「ある高官」と顔伏せで書いておるんだが、
このときの「運び屋」は、実は、当時、官房フク長官だった「海部俊樹」
だったんだってさ(笑)。だから、「出所」は間違いなく、
「官房キミツ費」だろうなあ。ワシもブンヤだから、そのウラをちゃんと取る。
当時のシンブンの縮刷版を見るとだな、野党の中で、民社だけ、なぜか、
異様に突出して、態度が、チョー自民党寄りなんだ(笑)。
鼻薬がちゃんと効いてるんだなあと思って、実に分かりやすい。

#ワシは、超アナログな人間で、未だにケータイすら持っておらんのだが、
資料収集とかも、超アナログで、今の時代、例えば、シンブン記事を検索する
のでも、パソコンにキーワードを打ち込み、ヒットした当該記事のみを
プリントアウトするというスタイルだと思う。しかし、ワシは、アナログなんで
図書館に行って、シンブンの縮刷版をコピーしてくる。それも、必ず、
見開きの「A3」で、たとえ、当該記事が「ベタ」であっても、
周囲の記事とまとめてコピーを取る。そういう「紙麺全体」を見渡しておると、
思いがけない発見がある。例えば、「上」で書いたロッキード事件についても、
発火点は、「76・2・4」に、亜米利加の上院・外交委員怪の
多国籍企業小委員怪(=チャーチ委員怪)で、児玉誉士夫に渡したカネの流れを
示す「領収証」が出てきたことがきっかけで、それから、ニッポンの国怪では
大騒ぎになって、当時の野党がイッチ結束して、「ギワクの徹底解明」
を要求するんだが、当初、チケンは、ほとんどヤル気を見せておらんかった
んだなあ。一応、「やるフリ」だけは、見せておったんだがな。
それを証明するものとして、「76・2・22」付けの朝日朝刊の読者投書欄
「窓」に、ハタチの大学生が、「チケンは、ギワク解明に向け、
ソーサに本腰を入れよ!」って、書いてるんだな(笑)。チケンは、全然、
ヤル気を見せておらんで、コクミンだって、全くのバカぢゃないんで、
見てりゃ、わかるからな。だから、コイツは、「刑事ジケン」なんかでのうて、
最後まで「政治取引」で、平野貞夫のオッサンも、「上」で紹介した本
(『昭和天皇の「極秘司令」』の中でバクロしておるが、
当時の検事総チョーの「フセケン」こと、布施健は、「角栄がバッジを外したら、
タイホは見逃してヤルで」って、事前に何度も持ちかけておったんだよなあ。
それも、かなり早い段階からな。ところが、角栄にしてみるとだな、
その丸紅絡みで「5億円を貰うた件」についても、本人にしてみりゃ、
「いったい、どこが、モンダイなんだ?」って、「悪い」だなんて、
ちっとも思っておらんかったからなあ。まあ、そのへんのウラ話は、
小沢が一番、知ってそうだよなあ。でも、小沢は、口が堅いから、なかなか、
喋らんよなあ。記者カイケンも、サービスでやっておるだけだしなあ。

引用終わり#####


手前が「昭和天皇」に冷めた立場だというのは、こういうことも一端です。

この方にはいろ々その他不審これあり、ようやく少しづつ・・・ですな。

明治維新以降昭和二十年までの「天皇絶対制」といふ体制は、

上古、上代は格別、平安朝は摂関政治であったように、

長き日本史でも極めて稀、例外の体制であることこれ間違いないわけで。
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