ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

長月にⅤ

2018-09-05 09:39:19 | Weblog
 画は 再掲ですが 拙作にて

  「撫子(ナデシコ)咲き 金鵄(八咫烏)舞う」です。

 水彩 32cm x 40cm 紙

  秋の七草:萩(はぎ)、尾花(おばな)=すすき、

  葛(くず)、撫子(なでしこ)、女郎花(おみなえし)

  藤袴(ふじばかま)、桔梗(ききょう)。


☆晴れたり曇ったり。

颱風21号、強風で、屋根が飛ばされるかと、時間も長かった。


ユダ米に無駄金使うより 大事な使いみちがある、

◆https://www.chosyu-journal.jp/yamaguchi/9167
長周新聞  2018年9月4日
町作りの努力を 無にするな 
 イージス・アショアに反対する 阿武町を取材



より抜粋。

陸上自衛隊むつみ演習場へのイージス・アショア配備計画が進む萩市、

隣接する阿武町(あぶちょう)で、地元住民から計画に対する強い反対の声が上がっている。

とくにむつみ演習場からもっとも近い阿武町福賀地区(宇生賀、福田)

の住民のなかでは、これまで苦労して築き上げてきた豊かな農地や

暮らしを破壊されることへの反発は強いものがある。

平成の大合併を拒否し、単独町政を選択した同町は、

日本創成会議に「消滅可能性都市」とまでいわれたが、

町民の地道な努力によって、県内で唯一人口減少を食い止めつつある町でもある。

町民がどのように農業や漁業、町づくりにとりくみ、

どのような思いでイージス・アショア配備に反対しているのか取材した。


イージス・アショアの配備候補地にあげられた陸上自衛隊むつみ演習場は、
萩市に合併したむつみ地区(旧阿武郡むつみ村)にある。

ここは戦後、村有未開墾地を農林省(当時)が買収し、
国有開拓地として開拓農家が入植していた土地だ。

昭和22年度の第1陣は 遠く山梨県から入植し、
その大部分が満州からの引き揚げ者だった。

しかし開拓事業の困難さに耐えかねて12戸のうち1戸を除き、
1年あまりでみな離農していった。

その後、昭和26年度から入植したのは、東富士演習場設置によって
開拓農地を追われた人人だった。

第2陣の開拓農家の人人は、他の開拓地に先んじて大型農具を入れ、
一時は県下一ともいわれたが、この地域は高冷干ばつの常習地域であり、
台風の通路でもあった。

国有地からの払い下げが始まった昭和28年から災害が3年続き、
開拓農家の負債はふくれ上がった。

そのうえに昭和31年の台風9号、12号が
経済的窮乏に喘いでいる開拓農家に致命的な被害を与え、
将来への希望を失わせることになった。

おりから、秋吉台で自衛隊演習場誘致に反対する運動が起こり、
むつみ村が次の候補地となった。

当時の村長・村議会が「開拓農家の窮状を救うにはこれしかない」と判断し、
地元村民の反対もあるなかで自衛隊に土地を売却。

開拓民の借金返済に加え、再出発の資金とした。

それが約60年前、昭和35年ごろのことだ。

むつみ村高俣地区出身の女性は、「小学校の頃、開拓農家の同級生も
たくさんいた。 優秀な人も多かったが、農業に向かない土地で水もなく、
開拓農家は貧しかった。

自衛隊の演習場にすることに地元で反対運動も起こったが、

当時の村長が“この人たちを救うのが先だ”と農地を売却し、

借金返済と少しの持参金を持たせて新天地に送り出した」と話す。

行き先が決まった人から引っ越して行く。

小学校で毎日毎日お別れ会が開かれ、同級生たちがとぼとぼと
教室を出て行った姿とともに、演習場ができ、

自衛隊車両が村の中を走り始めたとき、「また戦争になるのではないか」
という不安を子ども心に抱いたことを、
イージス・アショアの話が浮上してから鮮明に思い起こしたという。


農漁業振興で人口増へ きめ細かな子育て支援

https://www.chosyu-journal.jp/wp-content/uploads/2018/09/
 52138846937f733bb9b6a79c697ed227-600x451.jpg

(中略)


全国一大豆で豆腐作り「うもれ木の郷」

(中略)

高齢化が進む地域では どこも耕作放棄地の拡大が問題になっているが、

この地域に 耕作放棄地はほぼない。

広大な平野があるはずの北海道から視察に訪れた農業者が、
「これほど農業に適した土地はない」と驚くほど豊かな地域になっている。

2010年度には「豊かなむらづくり全国表彰」農林水産大臣賞
を受賞するなど、全国的にも注目されてきた。


沼地開墾してきた歴史 先人達の長年の苦労

しかし、ここまでの道のりは 決して平坦なものではなかった。

(中略)

厳しい環境であるからこそ、「毎年同じことをしていては 衰退する」

「動き続けなければ 死んでしまう」という意識が

同町の町づくりにかかわる人たちの根底にある。

常に新しいことに挑戦し続けながら、20年をかけて

地域を子や孫にひき継いでいく農業の基盤を築いてきた。

ようやくこれから、農業だけでなく、地域の担い手となる人材を

受け入れ、育てていこうという段階に入った矢先に

持ち上がったのが イージス・アショアの配備計画 だった。


真先に反対した女性達 町全体に行動の機運

真っ先に反対の声を上げたのが四つ葉サークルの女性たちだ。

レーダーの電磁波による被害だけでなく、

先人たちが命がけで守ってきた地域が、

有事のさいに標的となる可能性
に対し、

「子や孫のために守ってきた 美しい宇生賀の地で

平穏に暮らしてゆきたい」と、

花田町長に対し申し入れをおこなった。

その動きを受けて、福賀地区の16自治会・4農事組合法人も

連名で申し入れをおこなうなど、町全体で反対の機運が高まっている。

女性が声を上げるのは勇気のいることだったが、

「これだけは 黙って通すことはできない」との思いを、

四つ葉サークルの女性たちは語っている。

むつみ演習場のすぐ近くでハクサイを栽培する農業者は、

「計画が持ち上がったとき、なにかしなければと逡巡しているときに、

宇生賀の四つ葉サークルの女性たちが 反対の声を上げたことで励まされた」

と話す。 30年前から、ハクサイの産地である長野県まで

何度も通って研究を重ね、町から土地を購入して開墾してきた。

今は年間1万5000ケースを出荷している。

農業を志す若い人たちが来たときのために、今も土地を開墾しているという。

演習場の周囲には阿武町の特産品でもある無角和牛の放牧地もある。

「イージス・アショアが配備されれば 農業をやめざるを得ないと考えている。

ここまで築いてきた農業を6年後にはやめざるを得ないと思うと、

やるせない。 農業を継いでいる息子、孫たちも

“じいちゃん、絶対反対して”と強くいっている。

“あのときもう少し声を上げておけばよかった”という思いはしたくない。

なぜ われわれがアメリカの盾にならないといけないのか

命をかけてでも この地を守りたい」と話した。

20数年前に阿武町に戻った現役世代の農業者は、

「なぜここに配備なのかという思いだ。現役世代は少ないが、

次の世代にバトンを渡していかないといけない という気持ちは強い。

イージス・アショアは前例がないので、

どんなことが起こるか想像もつかない」と語った。


現役世代の母親は「日本のために、イージス・アショアのような

過剰防衛は必要ないと思う。

こんな小さな町の中が賛成・反対で2つに割れるようなことには

なってほしくない。 今は夏休みで農繁期でもあるので、

親同士が顔を合わせることはあまりないが、

この話題についてどことなく避けているような空気もある。

だが、電話で他地区のお母さんと話したときに、

“あんなものは 絶対反対してね”といわれる方もいた。

これは政党・思想・宗教など関係なく、みんなが一つになって声を上げないと

いけないのではないか」と思いを語った。



◆https://okita2212.blogspot.com/2018/09/blog-post_14.html
日々雑感  9月 05, 2018
イージス・アショアよりも 国土強靭化を急げ


より抜粋、

猛烈な台風が現在も 東北の日本海側を北上している。

その通過した各で大きな爪痕を残し、
被災された方々には お見舞いを申し上げるしかない。

それにしても毎年のように自然災害に見舞われる日本全国に
国土強靭化は急がれる。

それは「治山治水」はもとより、関空を見ても

ジェット燃料を届けたタンカーが風にあおられて漂流して

連絡橋に衝突する、というお粗末な「災害」を招いてしまった。

都市型災害というべきか福井県などでは

老朽化したアーケードが崩落したり、やはり老朽化した家屋の壁が

大きく剥がれたりと、「老朽化」した構築物や建築物が

台風により壊れて災害をもたらしている。

土砂災害などと同様に、都市機能を支えていた施設が

老朽化して人々に厄災をもたらしては元も子もない。

災害に強い都市のあり方を早急に検討し、

看板などの「老朽化」点検なども

常時行うようにすべきではないだろうか。

国土強靭化は 災害を免れる国土を 国民の総力で実現することだ。

そのための予算を惜しんではならない


実際に 飛んで来てもいないミサイルに備える

イージス・アショアには ポンと数千億円も出す政府だ。

実際に 毎年自然災害に被災し 何人も命を落としている国民のために

国土を強靭化する予算を政府が惜しむ とは考えられない。

イージス・アショアよりも 小・中学校のエアコンの方が必要だ。

イージス・アショアよりも 国土強靭化の方が重要だ。

国民の生命と財産を守る、と安倍氏は何度も言っているではないか。



再掲ですが、拙作二枚目、



「賽の河原」です。  水彩&パステル 32cm x 40cm 紙



田布施システムのゾンビ=下痢壺&日本会議、

本貫は朝鮮カルト なんですよ、

◆https://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/37499585.html
新ベンチャー革命 2018年9月3日 No.2112
今の安倍自民党の最大の悪徳性は、不公正と不正直のみならず、
 現行の民主主義体制を破壊して、日本を戦前回帰させて、
 軍国化を企んでいる点にある とみんな気付くべき




1.今の安倍自民の最大の悪徳性は、国民を欺いて、
  現行の民主主義体制を破壊し、近未来の日本を
  戦前の大日本帝国主義国に回帰させようと企んでいる点に潜む


本ブログでは、今の安倍自民について取り上げていますが、

基本的には、安倍自民に批判的です。

その理由は、安倍自民が日本会議勢力とつるんで、改憲を強行して、

日本を民主主義国から、戦前型の大日本帝国主義国に回帰

させようと企んでいるからです。

今の安倍自民の最大の悪徳性は、モリカケ事件に代表される

不公正、不正直にあるのは勿論ですが、国民を欺いて、

日本の民主主義を破壊し、戦前の大日本帝国主義国に回帰させよう

と企んでいる現実に潜むと本ブログでは観ています。

われら国民はみんな、この現実をしっかりと認識すべきです。


2.日本会議を含む安倍一派は、国民の多数派が、
  大日本帝国主義を決して受け入れないことをわかっているので、
  国民を騙してでも、改憲(憲法破壊)を強行しようとしている


安倍一派は、安倍三選を果たして、まず、改憲を目論んでいますが、

その狙いは、日本の平和憲法を破壊し、

日本を大日本帝国主義国に引き戻すためです。

この企みを安倍一派が国民に公言すれば、多くの国民は、

あの悪夢の戦前の軍国日本を思い出し、嫌悪感を抱くはずです。

そこで、彼ら安倍一派は、本音を隠して、

改憲(憲法破壊)を強行しようとしています。

国民はみんな、決して騙されないよう気を付けるべきです。



3.安倍一派は、近未来の日本を大日本帝国主義国に回帰させて、
  権力を握る側に回ろうとしている


安倍一派は日本全体では、全くの少数派ですが、

国民を騙して改憲を実現したら、将来的には、

日本を民主主義国ではなく、大日本帝国主義国に変えて、

自分たちが権力を握るつもりなのです。

戦前の軍国日本において、多くの一般国民は、徴兵制の下で、

戦争に駆り出されて、若者中心に多くが犬死させられました。

筆者の父も、若い頃、徴兵されて、満州に派遣されました。

父の戦友の多くは虫けらのように戦死させられています。

しかしながら、日本を大日本帝国主義国に変えた後、

安倍一派は権力を握り、国民を犠牲にして野望を実現させようとしますが、

自分たちが率先して、戦場に行くことはありません

犠牲にされるのは、決まって一般国民です。

彼らにとって、戦争の悲惨さを経験した世代が高齢化し、

日本国民の多数派が戦争を知らない世代となっていますので、

国民を騙しやすいのです。

安倍一派はすでに、日本のマスコミを完全に押さえ込んでいますから、

マスコミは、彼ら安倍一派の正体を国民に教えてくれることはありません。

戦争を知らない多くの日本国民はみんな、

安倍一派に規制されているマスコミではなく、

安倍一派が完全に規制できないネットから情報を取って、

近未来の日本が軍国化しないよう十分、注意すべきです。



再掲ですが、拙作三枚目、



「地蔵尊 秋景」です。 水彩 32cm x 40cm 紙



そろそろ潮目が 大きく変わりそうですな、皆 もう うんざりでしょう、

◆http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52223463.html
「ジャーナリスト同盟」通信  2018年09月04日
自民党の終わりの始まり <本澤二郎の「日本の風景」(3084)


<異様な 安倍三選儀式>

安倍晋三の自民党総裁三選に向けた一連の儀式は、異様である。

神社本庁・日本会議が敷いた神がかり路線そのもの、

と事情通も、昨日の電話で認めた。

元清和会秘書会を引っ張ってきた御仁が「自民党の終わりの始まり」

と断じて、肩を落とした。


<その一・右翼やくざギャンブル王別荘での集会>

戦後日本の右翼やくざというと、東の児玉誉士夫、西の笹川良一である。

A級戦犯として岸信介の盟友で知られた。

前者は軍事利権にまとわりついて、例のロッキード事件で失脚した。

これに田中角栄も引っ掛けられてしまったが、
中曽根康弘は 時の検察に救われて生き延びた。

笹川は岸の政治力で、競艇ギャンブル利権をまんまと独占、
莫大な資金で、今では息子の陽平の下で、

船舶振興会から 日本財団へと衣替え、利権配分さえ独占して、
優雅なギャンブル王国 を構築することに成功した。

驚くべきは「笹川基金」として、中国共産党の機関紙・人民日報にも
手を突っ込んでいる。

安倍の北京情報は、陽平の手の内にある。

オウムのサリン工場があったという近くの広大な別荘で、

貴族生活に酔いしれる陽平の鶴の一声で、

安倍三選工作は始動した。

安倍・日本会議と笹川・日本財団が、三選への大号令を発したものだ。

新聞テレビが、恐怖で決して触れようとしない不気味な儀式
といっていいだろう。


<清和会首相経験者が勢ぞろい>

8月15日の敗戦記念日をあざけるようにして、
陽平は清和会首相経験者を呼びつけて、
安倍三選の協力と支援を取り付けた。

「自由民主主義者であれば、決して行わないような儀式を、
内外に向かって、これ見よがしとばかりに発信した。
さすが 笹川一家の極右政権」といって事情通は肩を落としたものだ。

清和会の創立者は、清和源氏の上州は福田赳夫である。

彼は安倍の祖父・岸信介の後継者として天下人になったが、

決して財閥の代理人である岸を崇拝しなかったし、

ライバル中曽根に食らいつく児玉を 寄せ付けなかった。

もっとも、笹川の方は、ギャンブル資金をバラマキながら、
福田派に接近して離れなかった。

競艇ギャンブルは 運輸省管轄。その関係で福田派を利用した。

田中角栄が笹川を打倒としようとしたときは、

福田派が支援して生き延びた、という経緯がある。

右翼やくざのギャンブル利権独占は、いかんせん、
民主主義の世界では容認できない。

しかし、そこへと安倍以下の清和会首相経験者が勢ぞろいしたわけだから、

本来であれば由々しい事態なのだ。

五流国と揶揄される理由であろう。


<良識派・福田康夫はやくざ別荘を拒否>

この笹川の号令に、福田赳夫の息子・康夫は蹴とばした。

さすがは清和会オーナーの2代目として、一段として風格を高めた。

福田は、康夫の弟である横手郁夫を後継者に考えていた。

筆者などは郁夫と関係があったが、

不幸にして急逝して康夫が後継者となった。

彼は良識派だ。 国家神道を継承する靖国神社の参拝を容認しない。

非宗教的な追悼碑の建設を提案、官房長官として汗を流した。

日中友好派として、最近は南京大虐殺記念館を訪問して、

歴史に向き合って、当たり前の日本人を演じている。

安倍や森・麻生らが南京を訪問することは、まずありえない。

むろん、笹川も、である。

国家神道かぶれを由としない康夫である。

結果として、小泉純一郎の悪しき正体が、改めて暴露された。


<その二・長州田布施の祈りと誓い>

安倍くらい地元を訪問する首相はいない。

むろん、選挙対策も兼ねているのだが、それにしても頻繁である。

その理由が理解できるようになった。

田布施という独特の場所と関係している。

あるいは、周辺の神社参拝と彼には、

原始宗教といわれる宗教が まとわりついている。

まさか「神風」を信仰しているはずがないが、

田布施信仰は強固なものらしい。 持病快癒と関係があるのかどうか。


田布施こそが、岸や安倍一族にとって、神聖な祈りの場所なのである。

それゆえに、田布施のある長州訪問は、年中行事となっている。


明治維新の土地柄といえば、お分かりだろう。

維新という極右政党が存在するが、維新は安倍の別働隊なのだ。


<その三・薩摩田布施で三選出馬宣言>

長州の田布施の祈りだけでは十分ではない。

ここが素人にわかりにくい。筆者も最近まで、よく理解できなかった。

小泉が薩摩に来ていた理由も分かってきた。

彼の父親の出身地が、薩摩の田布施というのだ。

京都の王政復古の大号令に即応したのが、薩長の田布施とわかると、

歴史が見えてくる。

森が力説する「神の国」という時代ががった日本論も。

安倍の三選出馬宣言は、8月26日にこの薩摩の地を選んだ、

というよりは、日本会議が敷いたレールの上を走った。

そこで「薩長 連合」という、

今日では使ってはいけない言葉 まで飛び出した。

彼ら日本会議の標的は、日本国憲法打倒である

両 田布施で 誓った安倍の祈りは、間違いなく平和憲法ということになる。

そろそろ内外の識者も理解してほしいものである。


<その四・清和会議員に誓約書>

そして第四幕が9月3日の安倍支援派閥の決起総会となった。

党員・議員双方で、ライバルの石破茂を叩きのめすという集会だった。

そのために細田派に安倍支持の誓約書まで書かせていた。

その昔、田中ー大平連合が日中友好へと舵を切った。

対抗する岸は、右翼の若手に血盟団を組織して反発した。

青嵐会で、森や石原慎太郎らだ。

彼らは本物のやくざ・ハマコーも巻き込んだ。

結束の証が「血判状」だった。

今回の誓約書はそれに次ぐものだが、総裁選で誓約書は前代未聞である。

「お前ら、本当に安倍に投票するのか。信用できない。

やるというのであれば、誓約書を書け」というのである。

国会議員はやせても枯れても一国の主だ。

口だけでは信用できないから誓約書だ、という珍事にあきれる。

「投票しなかったら 大金を返してもらう」というのであろう。

驚いて、桃ノ木が山椒の木になってしまった、というレベルの話である。

ことほど細田派の内部はバラバラなのだ。

およそ民主政党とは言えない。 異様な政党と派閥ということになる。


<自由・民主主義否定の 全体主義政党>

筆者が現役の政治記者として永田町を飛び回っていたころは、

派閥の全盛期ともいえる時期で、

自民党内は自由と民主主義の雰囲気で大賑わいだった。

右翼議員や右翼大臣がおかしな言動を吐くと、

党内のリベラル派から即座に批判が飛び出した。

新聞テレビも、当然のことながら反権力・リベラルの立場から、

極右発言や右翼政策が独り歩きする ことなど考えられなかった。

田中ー大平時代の反共右翼台湾派の青嵐会は、

それゆえに暴力をひけらかしたものだが、長く続けることは出来なかった。

新聞テレビが批判して、彼らの動きを封じ込めてしまったからだ。

いまのトランプ暴走下のアメリカン・メディアのようだった。

野党も元気がよかった。

新聞と野党が健全化していたため、改憲を口にする自民党議員はいなかった。

安倍はというと、第一次内閣で、

教育基本法に教育勅語の理念を押し込んだ。

5年前からの第二次内閣では、特定秘密保護法・戦争法・共謀罪を

共謀罪という憲法違反の全体主義の悪法を強行した。

政策の舵を、リベラルから極右・全体主義に切った。

1%の立場から、弱者を窒息死させようというのだ。

全体主義政党が、このまま継続することは困難であろう。


<国家神道・教育勅語・大日本帝国憲法で打倒! 日本国憲法>

薩長の田布施の明治は、150年を契機にして、

国家神道・教育勅語・大日本帝国憲法でもって、

戦後体制の骨格である日本国憲法を破壊・封じ込めようとしている。

安倍三選の狙いも、この一点に集中している。

これをドイツに置き換えると、ナチスの残党が政権を掌握して、

歴史を逆転させようとしているのに似ている。

こんなことが出来るだろうか。

日本国民どころか、国際社会が許さない。

自民党の終わりの始まりとは、以上の理由からである。




鮮人どもが 不遜にも 全国の神社を 乗っ取ろうとしておるw 

氏子の皆さん 要注意ですよ、

穢ケガレの極みが 鮮人&支那畜 なんですから。

「食人」の長ーい伝統 があり、狗イヌを喰らう 連中だ。


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