ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

夏本番へⅢ

2010-07-24 11:00:08 | Weblog
 画は Berthe Morisot ベルト・モリゾ

 1841-1895/フランス/印象派   作


 「夏の日(Jour d'été)」です。


☆予報は雨、ムシ暑い日。

さて、印象操作は怖いね、

◆http://electronic-journal.seesaa.net/
2010年07月23日
◎「国民を惑わすメディアの小沢報道」(EJ第2861号)

<略>

ところで、検察が石川知裕氏を含む3人の罪状は一体何なのでしょうか。
新聞は「政治資金収支報告書への虚偽記載」とのみ報道し、
それ以上のことはすべて省き、一切書いていないのです。

そうすると、何が起きるかというと、新聞の読者は
虚偽記載と4億円や8億円を結びつけ、
小沢氏らは裏金を受け取り、悪いことをしていると思ってしまいます。

しかし、起訴容疑は、小沢事務所が世田谷の土地を購入するさい、
土地代金を支払った日─2004年10月29日には
収支報告書に記載がなく、土地を登記した日──
2005年1月7日に記載している。

これは収支報告書の虚偽記載であって、
これに小沢一郎議員は共謀加担している──
だから共同正犯として小沢氏も起訴すべきだというだけのことなのです。
4億円も8億円もカケラもないのです。

当初東京地検特捜部は、小沢氏が陸山会に貸した資金4億円は
水谷建設の裏金ではないかと疑い、現職の国会議員まで逮捕して
捜査したのですが、そういう証拠がなかったのです。
だから検察はそれを訴因にできなかったのです。

しかも、小沢氏からの借入金である4億円は収支報告書に記載されており、
同額の定期預金を担保として銀行から借り入れた4億円は
収支報告書の「収入」に該当しないので、記載する必要はないのです。
したがって、それを虚偽記載に問えない。

このように検察は、「虚偽記載」の中身をどんどん変更し、
結局土地の代金支払い日と登記の日がずれていて、
年度をまたいでいるといういわゆる「期ずれ」しか
虚偽記載に問えなかったのです。
小沢氏はその「期ずれ」処理の共同正犯として
2つの検察審査会で審査が行われています。

しかもです。その「期ずれ」も虚偽記載ではないのです。
それは購入した土地の地目が「農地」であり、
代金支払いの時点では事務所経費として計上できなかったからです。
そのため登記時点で計上したものであり、
虚偽記載ではないのです。

<略>

いちばん卑劣だと思うのは、民主党の反小沢グループの幹部たちが、
その事実を知りながら、それを小沢一郎議員の追い落としのための
政争の具にしようとしていることです。
このようなことをしているようでは民主党は終わりであると思います。

<略>

しかし、これで第5検察審査会の議決が出るのは、早くても
9月以降になることは確実なのです。
それにしても検察は、石川知裕議員らの公判をなぜやろうとしないのでしょうか。

それは明らかです。もし、公判を開いても検察の負けは必至であり、
それが第5検察審査会の議決に影響を与えることは確かなのです。
したがって、特捜部としては第5検察審査会にもう一度
「起訴相当」を出させたかったのでしょう。しかし、
頼みの第1検察審査会も「不起訴不当」であり、
どうやら検察の小沢潰しは失敗に終りそうです。
               ──[ジャーナリズム論/65/最終回]


アメの意向なんだろうがw  バレバレだものなぁw

まさに、いまだ「占領継続中」ということだね。

やっと「売国傀儡政権」を終わらせたと思っておったら、

「ゾンビ政権」がクーデターで居座っておるわけだ。

まことにしつこき限りだよな、ストーカー帝國=米帝w

「アングロサクソン+ユダ金」の策謀は幕末以来だから、はや、長いねぇ。

手前の持論は「再考明治維新」、何度も書いてきました。

薩長の武器はイギリスから買ったもので、腐れ縁の始まりですよ。

「もはや「尊皇」は流行らない」と昨日書きましたが、

◆http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/c62ca9f1db343cbd59e94a81827d1f02
明治国家の闇(下)
2007年05月02日

<略>

だから私は“次善の策”として、(明治以降のものでない)
皇室は存続させねばならないだろうと思う。

明治以降のすり換えられた天皇の真実は暴かれねばなるまい。
それはわれらが先人の思いを全否定しなければならぬほどに辛い仕打ちとなる
だろうが、ウソで塗りかためた天皇はいけないと考える。
現在のところ、私はそう考えている。

では、明治天皇以降を否定したら、本物の天皇系統はいずこにあるのか。
太田龍氏の見解では、それは北白川宮能久(輪王寺宮)しかいない、という。
北白川宮能久は、1847年生まれで伏見宮邦家親王の第9子である。
得度していったん輪王寺宮公現法親王となった。慶応3年、
上野寛永寺の貫主となったが、幕府崩壊により、彰義隊に擁立されたが
敗北して東北に逃れた。明治政府によって、自決を強要されるも拒否した
ため京都で蟄居を命ぜられた。環俗して伏見満宮となったあと、
北白川家を継ぎ、北白川宮能久親王となった。
明治26年には陸軍近衛師団長となり、日清戦争で割譲された台湾へ出征し、
マラリアにかかって1895年薨去した。御霊は靖国神社に祀られている。
お子もおられる。この系統が、真性の北朝の末裔となるらしい。

したがって、台湾平定の途次で薨去されたけれど、一説にはマラリアでなく
原住民のテロによって、とも言われるが、この明治政府とのやりとりの流れを
考えると、かの地で明治政府によって暗殺された可能性もあるのではないか。
北白川宮は、上野での彰義隊敗北のあと東北に逃げ、奥州列藩同盟によって
いったん「東武天皇」として即位したという説がある。
おそらく本当であろうが明治政府と歴史学者によって否定されている。
何度も言うが、東大(帝大)の歴史学教授どもは
みんな政府の御用学者だから、信用ならぬ。

国民的人気の司馬遼太郎も、会津藩については書いたが、
北白川宮が東武天皇となったことにはついに触れなかった。
だから司馬などは御用作家である。
御用作家として日本史を権力の都合のようように一般大衆浸透させたから、
その功績で司馬は文化勲章をもらえたのだ。
文化勲章とはそういう汚らしいものである。


◆http://www.ohtaryu.jp/blog/old-articles/j-1213977479.html
太田龍の時事寸評
「三島由紀夫 VS 司馬遼太郎」(『神々の軍隊』あとがき)
平成十八年(二〇〇六年)一月六日(金)(第一千五百四十六回)

<略>

日本歴史のあらゆることを書きまくったかのように見える、

この国賊作家司馬遼太郎が、絶對に触れなかった歴史。

それは、孝明天皇弑逆事件である。

この点では「孝明帝の悲劇」を書いた山岡荘八の方が
はるかに立派な仕事をして居る。

更に、孝明天皇弑逆につづく、睦仁新天皇の弑逆と、
大室寅之祐スリカエ明治天皇。

そして明治天皇以降の歴代天皇が、イルミナティサタニスト世界
権力の手先、道具と化してしまって居る事実。

だからこそ、無意識のうちにそれを感じたいわゆる昭和維新陣営の、
天皇との衝突。

三島由紀夫は、なんにも分らないまま、
それに体当たりしたわけである。

国賊司馬遼太郎の作品に対する、

徹底的 根底的 壊滅的 文学的 文明論的批評が、

今、緊急に必要とされて居り、

そしてそれはまさしく
日本民族の生死存亡に関わる重大事と成って居るのである。


◆http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi
太田龍の時事寸評
平成十八年(二〇〇六年)七月十四日(金)(第一千七百四十回)

<略>

現代日本人の精神は、十重二十重のタブー(禁忌)によって、 
がんじがらめに呪縛されて居る。

鬼塚英昭著「天皇のロザリオ」(成甲書房、上下二巻)、

その巻頭に、司馬遼太郎の最晩年の言葉が引用されて居る。

司馬遼太郎は死の直前に、
 
「太平洋戦争をおこした日本、それに負けて降伏した日本の 
あの事態よりも、今はもっと深刻な事態なのではないか。 
日本は滅びるかもしれない。 
ここまで闇を作ってしまったら次の時代はもう来ないだろう」
 
と語った。

筆者は、司馬遼太郎が、どこでこの言葉を語ったかを知らない。

司馬遼太郎が死んで十年。

朝日新聞から産経新聞に至るまで、要するに、日本の全マスコミ世界が、

全力を挙げて、司馬遼太郎を現代日本最高最大の国民作家、 
精神的リーダーとして、持てはやして居るのだが、

前出のような彼のことばは、マスコミによって、これまた、 
全力を挙げて隠蔽されて居る。

歴史作家司馬遼太郎が、昭和期の日本を絶対に描かなかったのは何故か。

それは、彼が、問題の「タブー」に恐怖したからではないのか。

それでは、日本民族有志は何をなすべきか。

何からはじめるべきか。

それは、精神的タブーの呪縛から解き放たれることではないのか。

                           (了)


これがタブー(禁忌)の核心ですね。

真偽いずれにせよ決定的な証拠はない(状況証拠のみ)、

まさに「精密なDNA鑑定」をやれば、ハッキリするのですが。

(Wikipedia):

ただ、前述の通り毒殺説・病死説ともに「状況証拠」による推定の域
を出ることはできず、物理的に証明するものが存在しないのも事実である。
物理的な証明とは後月輪東山陵の発掘、すなわち土葬された孝明天皇の遺骸を
法医学的に鑑定するほかはないが、宮内庁による管理のもと、
天皇陵への学術調査が認められていない現在では、
このような調査が実現する可能性はきわめて低い。

論争は終わらんでしょうな。


ただ、手前は司馬さんは嫌いではありませんよw

学生時分にずい分読んだし、面白かったから。

今にして思えば右の魁・さきがけなんだよな。

一方的に評価するつもりはありませんね、「燃えよ剣」は愛読書でもあるし。

まぁ、「小説家の歴史観」、限界ありということだなぁw

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