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ガンダムSEED DESTINY 第16話 「インド洋の死闘」 感想

2005-02-06 02:00:18 | ガンダムSEED DESTINY
バトルシーンをメインにスタートを切った第2クール、やはりMS戦はガンダムの醍醐味だよねと思いつつも、第2クールの見所の一つとなるテーマの暗示を最終カットに持ってくる展開に燃える第16話。
やっぱりミネルバにいるアスランは様々なテーマを浮かび上がらせる存在なんですよね。第2クールも非常に楽しみです。

■アスランに食って掛かるシンから浮き彫りになるテーマ
EDITEDの感想でも触れたようにミネルバという艦は「力の必要性」を象徴していると思っているんですが、それをもっとミクロ視点で凝縮した存在がシンだと思うんですよね。
シン自身は今回の回想シーンにもあるように

「(国に・自分に暴力に対する)力が無かったから家族が殺された」
        ↓
「力があれば家族は死なずに済んだかもしれない」
        ↓
「力によって救われる生命もあるんだ」

というテーマを語る上での象徴的キャラになっていると思っていて、そういう主張の正当性を考えつつ、制作者サイドとして訴えたいのはその「力の使い方」だと思うんですよね。
その方向性を裏付けるのがアスランの台詞で、

戦争はヒーローごっこじゃない
自分だけで勝手な判断をするな
力を持つものならその力を自覚しろ!


につながってくるんですね。
「力によって救われた生命」がある一方で、シンは元々家族を失ったときの悲しさ、憎しみにモティベートされている描写もあり、今回も「怒りに任せて力を使っている」とも取れるシーンでした。
「力」を求めても使い方を誤れば容易に暴走し、憎しみにドライブされてしまうという危うさを露呈した感じですね。
だからこそ、アスランの「力を持つものならその力を自覚しろ!」につながってくると。

現時点ではシンはまだこの言葉の意味を理解していないというポジションにいると思うんですが、今回のアスランの台詞を裏付けるようなイベントが今後発生して、シンはアスランとぶつかることでそれを見出していけるのか、というのが見所になるんじゃないですかね。

■そういう意味で、今回のラストカット2点は秀逸だなと。
ミネルバを見送る島の人々の描写は微妙にひっかかるものを感じたんですが、これは何を表現したかったのかなと自分なりに考えてみると、シンの行動は短期的には地球連合軍に使役されていた人々を解放し救ったのかもしれないけれど、長期的には状況は何も変わっておらず、再び地球連合軍の配下におかれるかもしれないのかなと。

SEEDでレジスタンス(明けの砂漠)が言っていたように地球連合にせよザフトにせよ支配者が変わるだけで彼らの生活はなんら変わらない、そういう諦めがミネルバをずっと見送るという表現ではなく、すぐに引き上げたという表現になっているのかな、なんて(ちょっと穿って観過ぎかな)。

また結局のところ怒りに任せた力の行使が見せるものはというと破壊しかないわけで、それを象徴するかのような波打ち際に寄せられたウィンダムの残骸だったりと、あのシーンは非常に切なかったですね。
結局また戦いを繰り返すしかないのか、みたいな感覚に陥ります。

■ということで
「力によって守られる生命がある」という主張がある反面、力は容易に暴走し、果てない連鎖の破壊を生む可能性を含んでいる、つまり「力」と「暴力」の違い、使い方によっていかようにでも変化するその「力の使い方(力あるものはそれを自覚しなければならない)」を第2クールでは問うてくるということなんでしょうね。

アスランという存在がいることで、ミネルバが内包するテーマを浮かび上がらせていくという手法に期待です。
アスランはシンとの対立から現時点で憎しみにモティベートされたシン自身を救うことになるんじゃないかな。
セイバー(救済者)という名前はそういった意味も込められているのではないかと思ったり。

■今週のステラたん
ステラたんファンである僕にとっては、今週これだけでも大満足。ああ、ステラ分が補給できました。
ちなみにブリッツは何とも思ってなかったんですが、似たようなカラーリングのガイアが個人的に非常に好みなのはステラたんが搭乗しているという理由が80%以上を占めていることは内緒です。

■ナスダム
もっと活躍の場を下さい(笑)。

次週はアークエンジェルのターンみたいですね。
結構皆悩ましげな表情でしたよね。スカンジナビアへ至るまでの彼らの葛藤は如何に?
皆様のコメント・TBお待ちしております。
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