さて、いよいよ寺内探訪へと移る。
まずは、中門から右手に見える本堂からだ。
<本堂>
本尊は
〔十一面観音立像〕(鎌倉・重文)
である。
普段は、白く透けた幕の合間から、のぞき
観ることができるのであるが、特別開帳中は、この幕が取り払われ、しっかり全貌を拝むことができる。
像高は九十四センチ。
光明皇后が自ら刻んだ像をもとにして、慶派の仏師が造り上げたものとされる。
檜材に金泥を施した像体、放射状の光背、
頭部の宝冠、首飾り等、装飾類も実にゴージャスだ。
また、細く切った金箔を、筆や接着剤を用
いて貼り付けた文様、「切金」で表現した衣部分の彩色は、まことに細やかで、しかも、造像当時の鮮やかさを残す。
昭和二十八年(一九五三)まで、この像は
秘仏として門外不出、保存状態が極めてよかったため、このような良好状態を保っているそうな。
観れば観るほど、
(本当に、鎌倉時代の像なのだろうか…)
と思ってしまうほど、奇跡的に色褪せがない。
人もこれくらい、輝き続けたいものだ…。
本堂のとなり、西金堂(奈良・重文)に移る。
<西金堂>
堂内には、五重小塔(奈良・国宝)が安置され、そびえ立っている。
「堂内にそびえ立つ」
というのは、ちょっと違和感のある聞こえ方かと思うが、実際、その通りなのだ。
伽藍敷地が狭かったということで「本物」の塔を配置できず、このような塔を堂内安置したということで、もともとは、この西金堂と、失われた東金堂双方にあったらしい。
高さ約四メートル、ミニチュア版の五重塔なのであるが、当時の先端建築技術を、そのまま用いた塔ということで、侮るなかれ、まことに精緻、その姿には、堂々たる風格がある。
<五重小塔>
何度か述べていることであるが、こういった逸作が、無造作に、何気なく、ポンと置いてあるのが、
(さすが奈良…)
とてつもなく良い。
海龍王寺、こぢんまりとした寺ではあるが、とても魅力的、奥深い実力の持ち主である。
御朱印は〔妙智力〕
ありがたく、頂戴する。
【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」⑦完
まずは、中門から右手に見える本堂からだ。
<本堂>
本尊は
〔十一面観音立像〕(鎌倉・重文)
である。
普段は、白く透けた幕の合間から、のぞき
観ることができるのであるが、特別開帳中は、この幕が取り払われ、しっかり全貌を拝むことができる。
像高は九十四センチ。
光明皇后が自ら刻んだ像をもとにして、慶派の仏師が造り上げたものとされる。
檜材に金泥を施した像体、放射状の光背、
頭部の宝冠、首飾り等、装飾類も実にゴージャスだ。
また、細く切った金箔を、筆や接着剤を用
いて貼り付けた文様、「切金」で表現した衣部分の彩色は、まことに細やかで、しかも、造像当時の鮮やかさを残す。
昭和二十八年(一九五三)まで、この像は
秘仏として門外不出、保存状態が極めてよかったため、このような良好状態を保っているそうな。
観れば観るほど、
(本当に、鎌倉時代の像なのだろうか…)
と思ってしまうほど、奇跡的に色褪せがない。
人もこれくらい、輝き続けたいものだ…。
本堂のとなり、西金堂(奈良・重文)に移る。
<西金堂>
堂内には、五重小塔(奈良・国宝)が安置され、そびえ立っている。
「堂内にそびえ立つ」
というのは、ちょっと違和感のある聞こえ方かと思うが、実際、その通りなのだ。
伽藍敷地が狭かったということで「本物」の塔を配置できず、このような塔を堂内安置したということで、もともとは、この西金堂と、失われた東金堂双方にあったらしい。
高さ約四メートル、ミニチュア版の五重塔なのであるが、当時の先端建築技術を、そのまま用いた塔ということで、侮るなかれ、まことに精緻、その姿には、堂々たる風格がある。
<五重小塔>
何度か述べていることであるが、こういった逸作が、無造作に、何気なく、ポンと置いてあるのが、
(さすが奈良…)
とてつもなく良い。
海龍王寺、こぢんまりとした寺ではあるが、とても魅力的、奥深い実力の持ち主である。
御朱印は〔妙智力〕
ありがたく、頂戴する。
【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」⑦完
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます