東京都の社会保険労務士のデイリーブログ

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国民皆保険の原点とは

2018-05-30 03:59:13 | 社会保険の情報
こんにちは。東京都の社会保険労務士の頼木優子です。今日は、情報共有として、一筆書きます。

現在、国民医療費の増加は、日本のみならず先進国共通の課題とされていますが、日本において国民皆保険は1961年、とても優れた制度として導入されました。しかし、アメリカでは国民皆保険が否定されていて、それはなぜなのでしょう。

日本では、実は現在医療費の拡大基調により、医療システム自体が破綻するリスクを負っていて、その原因は、

日本の医療機関に対する診療報酬というのは、実は出来高払いで、医療行為を施せば施す程医療機関の収入が増える仕組みになっています。

製薬メーカーや医療機器メーカーも、自社品が使われるほど売上が増える仕組み。保険者である健康保険組合もそういったことをコントロールする立場になく、請求された額を支払っているのが現実。

さらに、患者負担も自己負担が3割、年齢に応じて1割で済んでしまうため、当事者の誰にも、医療費を最も有効に使おうというインセンティブが働きにくい現状の日本の制度。

▲しかし、アメリカでは、エコシステムが部分的ではあるが、できあがっていると言います。

例えば、カリフォルニア州カイザー・パーマネンテの取組みでは、

カイザーは、医療保険と医療機関の両方を提供していて、患者の容態に応じて、最適な場所、最適なコストで、最適な医療を提供できる仕組みや、医療・健康データの一元管理、

傘下医療機関による同一疾患での治療成績の違いから、最も優れた病院のノウハウを、即座に横展開。医師、医療従事者の報酬も、病院の医療収入にリンクしていないので、過剰な医療行為する必要性もないし、

加入者も、医療費を使わなければ翌年以降の保険料が安くなる仕組み。疾患の予防のための食事、運動、生活指導も行う試みも。つまり当事者すべてが医療費を最適に使うインセンティブが働くようになっている、と。

もちろん、これはすべてアメリカのそもそも民間保険の事例で、日本の政府によって運営される国民皆保険制度とは、大きく異なります。

大事なことは、当事者(医療機関、医療メーカー、保険者である健保組合、全国健康保険協会、そして肝心の被保険者)のすべてが医療費を最適に使うインセンティブが働くようになっていればいいんですもんね。

アメリカは、人口の15%が無保険で、医療費がGDPの17%(日本は11%、2016年)だったりしますし。

でも、なるほど一部の人でもこういった整った制度を享受できれていれば、日本のような問題点が浮き彫りになる国民皆保険の導入は難しいかもしれませんね。納得! ガッテン!!

参考文献:「BCGが読む経営の論点2018」ボストン コンサルティング グループ=編 日本経済新聞出版社 p145~165

以上、東京都の社労士「頼木優子(Yuko Yoriki)」でした。


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国民性って?

2018-05-17 02:03:54 | 社会保険労務士の日記
こんにちは。東京都の社会保険労務士の頼木優子です。

以前大学生の頃(かれこれ25年前後前)、中国の北京大学に短期間お世話になったことがあり、そこで実は、二人の中国人男性と仲良くなりました。一人は当時の北京大学の学生。もう一人は歳が近い北京大学内の工事関係者の一人。

特に想いが残ったのは、北京大学の学生Q君で、たまたま構内の池付近で知り合い、二人きりで英語と中国語を交えながら、陽が暮れる時間を気にかけながらも、印象深い時間を一緒に過ごしました。

何を伝えたいかと言うと、昨日プライベートプールで中国人のご婦人とたまたま居合わせました。2レーンの小さなプールで、片方はフリーレーン、もう片方は右側通行の遊泳系。彼女は、右側通行のレーンを方向を無視して泳いでいて。

私は、あやうく彼女と正面衝突のしそうになり、やんわりしかしはっきりと中国語で「右側通行で泳ぐんですよ」と、「理解しましたか?」と伝えました。

ところが彼女は、日本語で怒ったように「私の方が先に来ていたんですよ!!」と。これこそどこぞの中国側の根源的な言い分そのものっぽいなぁ(尖閣諸島の。国民性やなこれは)と思いつつ、「はぁ⤴? ???」の私。

彼女は、その後黙ってフリーのレーンに移り、そこで泳いでいた日本人の監視員の女性とそれを見ていた監視員の男性に大声で口説きつつ、「知らなかったんですから!!」と。

しばらくするとフリーレーンの方で子供の水泳教室が始まり、彼女はレーンを移るように言われ、移ることなく、結局短時間でプールを後にしてしまいました。

そこからが問題です。一般的な日本人なら、彼女に対し素知らぬ振りでしょう。しかし中国人男性ならプールからあがるタイミングを見計らって「こちらのレーンでも泳げますよ」と声をかけるはずです。少なくとも北京大学で知り合った二人なら、恐らくそうするはずです。

私はロッカー室に、自分のトイレも兼ねつつ、彼女にそれを伝えに向かいました。しかし、彼女はすでに個室のシャワーを浴びていて、仕方なく何も言えず、引き返しました。

後から、自分が馬鹿みたいに彼女が気の毒でしょうがなくなってしまって。かわいそうで。うまく言えないんですけど。上手に伝えず、本当に、ごめんなさいね。

以上、東京都の社労士「頼木優子(Yuko Yoriki)」でした。


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北朝鮮の拉致問題について

2018-05-13 21:55:14 | メンタルヘルスの情報
こんにちは。東京都の社会保険労務士の頼木優子です。

今日は、北朝鮮の拉致問題について、いつも感じているところを書きたいと思います。

私がこの事実を知る限りは、テレビのニュースなどがもっぱらで、本当のところや真の事実はもしかしたら、他にもいろいろあることで、私の無知さ加減がそのように思わせるのかもしれません。

いつも思うのは、日本は日本人を拉致されていながらも、現在のところ捕らわれた日本人の方々は、北朝鮮人々の中でお世話になりつつ生活して、若しくは生きているはずという前提に立っている、ということ。

つまり、多くの日本人の悲願は、拉致被害者の方が必ず生きて日本に戻って帰ってくるということを、何が何でも達成したいということ。

それを達成するには、金正恩氏の良心に訴えかけるような、北朝鮮の方々皆が協力したいと思ってもらえるような、方向性に持って行くことこそが何より大事なのではと部外者ながら思います。

ですので、拉致被害者のご家族の方は、公や対外的に発表するお言葉やご意見は、やはり慎重に慎重を重ねて相手国に失礼の無いようなものにすべきだと思います。

肉親をとられた悲しさ、やるせなさは恐らく金正恩氏も亡き父金正日氏を失った悲しみから、察するものがあることでしょうし、何より拉致被害者の方々は、北朝鮮の方々の中で何らかの形でお世話になっていることには変わりありません。

今できることは、北朝鮮の方々に少しでもご自分の娘や息子そしてお母さまの待遇改善に繋がるような、双方の国の善に結び付くあらゆる可能性を、草の根の活動としてでも一つずつ、一歩ずつ改善していくことに努め、強く願うことではないでしょうか。

国際情勢にいつも思うことは、イソップ寓話の「北風と太陽」の話です。願いを達したければ、太陽のように、明るく柔らかく、そして優しく相手を照らして、包み込めばいいだけなのですよ。

それだけで、愛は通じます。心からの愛は、必ず届きます。多くの方の平和を望む心ある言葉が、いろんな国の方の御心あるお心に、広く、広く行き着くことを切に願っています。もちろん、金正恩氏にも。

以上、東京都の社労士「頼木優子(Yuko Yoriki)」でした。


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討論番組の役割とは

2018-05-09 20:22:08 | 社会保険労務士の日記
こんにちは。東京都の社会保険労務士の頼木優子です。

今日の書く内容は、2~3日前から書きたいと思っていたのですが、少し気が重いです。しかし、書かねばなりません。

よくテレビで日曜討論とか、先日の憲法記念日にも政治家の方の討論番組やってますよね。どれぐらいの視聴率なんでしょう。恐らく若い方であればある程、あんまり見ないかな~。

いつも思うんですけど、討論番組にチャンネルを変えた瞬間、ドンパチ討論を戦わせているピリピリ感が伝わって、非常にチャンネルを変えたくなります。

日本の行く末を憂い、討論番組ぐらい拝見しないといけないと思いつつ、いつも挫折。

そこで提案というか、そもそもなぜその前提なのかというところの疑問として、番組の背景はなんであんなに殺風景なのでしょうか。時にはスタバのカフェのようなバックグランドでもいいし、

もっと庶民の間でも政治に関して、どこでも、いつでも、誰とでも議論ができるような、モデルとしての議論の戦いの場をテレビの討論番組が担ってもいいのではないかと思うわけです。

ですので、時には場を安倍首相の好きなゴルフ場でやったっていいわけです。番組が終わった後に、党派を超えてゴルフでもしてきたらいいじゃないですか。

ついでに政治家の方の服装だって、背景の場に沿えるような服装を、各方のテイストで選んでより一層国民に親しんでいただくとか。アニメのコスプレの日もあってもいいのではないでしょうか(大真面目です)。

恐らく服装に関して、まじめな印象への討論番組の懸念が生じるかもしれませんが、「ボロは着てても心は錦」と申します。そんな服装の中で、いつもの討論のヒリヒリピリピリ感こそ、似つかわしいと思われませんか?

政治家の方が国民の代表であるなら、セグメンテーションに則った国民のあらゆる方面の方に対しても、共感をもってもらえるスタイルを地道に追求することも、お仕事の一つではないでしょうか。

因みに、国会ではやはりスーツが似つかわしいな~!服装を崩したりお笑いに準じる服装をして欲しいわけではありませんよ。あくまでも場に合わせたTPOを求めているというか、もちろんある方はスーツで初志貫徹されてもいいわけです。

他の政治家の方は、普段のスーツを着た姿だけの発言だけではなく、本当の意味で各方の発言を貫徹されておられる方々なのか、いろんな角度から、判断させて頂きたいものです。

以上、東京都の社労士「頼木優子(Yuko Yoriki)」でした。
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クレヨンしんちゃん

2018-05-07 04:03:29 | 社会保険労務士の日記
こんにちは。東京都の社会保険労務士の頼木優子です。

今日は、旬の映画「クレヨンしんちゃん 爆盛 カンフーボーイズ ラーメン大乱」について、書きたいと思います。

実は昨日、子供にせがまれて見てきましたよ。この映画。そもそも「クレヨンしんちゃん」シリーズは、茶の間のテレビでも映画でも関心度も低く、内心品格的にどうかと思っていたところでした。

この評価は一般的に、クレヨンしんちゃんに対してそのような定説として、認識されているアニメかと今も思います。

ただ、この「爆盛 カンフーボーイズ ラーメン大乱」は、おふざけ感の中に、壮大な人類愛が含まれていて、作者の方の本当の世の平和を望む気持ちがある意味切々に伝わり、

おふざけのシーンですら笑えず、見終わった後ただ、涙。涙。涙。そして帰途についても大きな愛の優しさに包まれているような余韻が残って、また涙。

そして、これを書きつつ、思い出してまた、涙。

こんなにも作者の方だけでなく、多くの方が、世の中の平和を切に願い、それをあらゆる形で伝えたいという認識がこの場にも及んでいるのかと思うと、本当に泣けてきます。

一人の願いは、こんなにも無力だけど、いろんな人々の働きかけが世の中のコアになる方々の心を動かし、少しずつでもより良い世の中になったらいいなと。

戦争が一つでも少なくてすむ世の中になるといいなと、このクレヨンしんちゃんの春日部防衛隊の世界観の中でみる親和性から感じとれる、感じ得るところだと思います。

本当に、良い映画でした。もし良かったら、この映画見てみてください。

意外と自衛隊に対する考え方のヒントになったりして。その意味するところも、もしかたらある方にとってはおふざけ程度にしか過ぎないと、見えなくもないかもしれませんが。


以上、東京都の社労士「頼木優子(Yuko Yoriki)」でした。
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