東京都の社会保険労務士塩田優子のデイリーブログ 

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きんいろモザイク

2021-09-10 23:55:46 | 社会保険労務士の日記
こんにちは。東京都の社会保険労務士という専門家の頼木(塩田)優子〔Yuko Yoriki(Shioda)〕です。

今日は、先日映画「劇場版『きんいろモザイクThank You!!』」を見てきて、それについて思い起こしたことを、書きたいと思います。

これは、アニメーションで構成された、女子の高校生活から大学入試まで?を綴ったキャピキャピの内容なのですが、正に私の日本の女子高校時代を彷彿とさせる箇所がいっぱいでした。

しかし、卒業式の場面で見せるストーリー展開部分は、当時文京学院大学(本郷東大前)に位置する女子大学校内で、系列の女子高ということで卒業式を迎えましたが、

それはそれは私は孤独なものでして、卒業式後どの友達と連れ添うわけでもなく、失意の如く一人本郷からほど近い、例の真壁宗雄おじさん(幣原内閣で居られた、

田中角栄氏の出版本を買いあさり市中に出回らせなかった張本人)の家に、一人おじさん(私の祖父の同級生兼恩友人でもある)を訪ねて会いに歩いて行くのです。

(このような孤独感は、人生の過渡期において誰しも経験し得る一つのお察し頂ける心理ではないかと、ましてや留学された経験がある方などには特に共感され得る内容ではありますが…)。

高校留学をした私は、日本の高校を卒業すべく一旦女子高に戻りますが、日本での私の不在感は想像以上にあったようで、在学中(NZ在学以前)はクラス別対抗の合唱コンクールの指揮者まで推されて務めましたが、

日本の女子高を卒業してみると、当時埼玉の地元から片道1時間半掛かる都内私立校への遠距離通学の私には、

彼らにも自分にとっても距離的かつ心理的に遠い存在になってしまっていました(卒業後間もなくNZ在学学年終了の為NZにも1/2年戻りました)。

映画内で日本国内での英国外国人留学生の存在感が、過去そして現在の多くの日本人の心中にある、こんな外国人いて欲しい、的な描写になっている気もします(多分現実はそんなアナーキーなタイプはいないかなぁ?)。
▲私の高校所在地の裏側にある「六義園の秋」…写真ACより

しかし、日本の女子高も本当に面白くて、留学から帰国当時高校にNZのお土産を持ち帰るのに、散々迷った挙句、飴にしたらこれまたなんとなく評価が悪いし、

クラスで担任の故山田先生(男性)が「飴、校内で食べないように~!」と号令の下、一クラス45人前後?に飴をカウントせずに多めに廻して、残るはずだから残は最後に私が頂こう(NZで左程食さなくて居たんで)と、

念頭に置いていたら逆に足りなくて、実際は数名分不足で困ったりとか、して…。とにかく、留学前と留学後の皆の?私の?対人間のギャップが大きくて…。留学前だったら、飴は多分絶対残っていたはずだし…?

留学前、NZ留学が決まり、クラスで送別会を開いてくれて、その中で一人だけ個別に、ある女子が突然そっと私に彼女のピアスイヤリングを三ペア握らせるように渡してくれました(ピアスイヤリングは1990年代前後高価な代物)。

当時私はピアスしていないし(彼女は内緒でしている子でもあった)、それを受け取りつつ狐につままれたようでした。そして帰国後、飴を渡していて気付いたんです、ようやく。

彼女の意図したことは、別口で何かの形が欲しかったのかなぁ?と。こんなやり取りは他の人の手前そもそも好きではない一家ではある私の母の塩田系統での私は、

大変困りましたがとっさの判断で飴を少し多めに彼女には渡しましたが、その理由を知らない他の子が、多分…(多めにもらっちゃったのかなぁ?

いや、違う、原因は多分別のあの子だ‼今理解しました)。今更ジロー?(今更どうしようもない)なんですけどね。

実際飴の不足分は、他の何かNZの食べ物で充当した気がしましたが、文句言いたげな充当分付与の子の存在と、充当分いつも持ち合わせているわけでは無い私自身を顧みて、何故か忘れられないエピソードなのです。

以上、東京都の社労士(社会保険労務士)「頼木(塩田)優子(Yuko Yoriki(Shioda))」でした。


東京都の社会保険労務士 トラスティ有明社労士事務所
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