礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

大山のヒトツバを煎じて飲めば必ず治る

2019-01-06 01:42:29 | コラムと名言

◎大山のヒトツバを煎じて飲めば必ず治る

 本日も、伊藤行男の『随筆 船医手帖』(日新書院、一九四一年三月)にあるエッセイを紹介してみたい。
 本日、紹介するのは、「透視術」。「余外集」の部の「アルファ・ガムマア」の章の最初に置かれているエッセイである。

  透 視 術
 ××省の重要職をもつてゐたA氏の父が、尿毒症にかかつて重症となつた。××大病院に入院してJ博士の診療を受けたが経過は一向にはかばかしくなく、遂に、博士も匙を投げるに至つた。後、一日か二日の命と宣告された。
 すゝめる人があつて、A氏は、透視術を売物にする人を訪れた。透視術をなすと云ふ主人公は、中年の女であつた。事情を話すと、その病人の写真を見たいと云ふ。
 病人の写真を探したが、近影がみつからす、やつと五年前に撮影したものを見出して、透視術者の処に引返して行つた。
 術者は、写真をしばらく眺めてゐたが、
「この方は、現在、右の腎臓がありませんね。左の腎臓はあるが、働きがなくなつてゐる。このまゝにしておいては、直ぐにも命が危い」
 と、云つてのけた。
 これには、A氏も驚いてしまつた。A氏の父は、三年前に、確かに右の腎臓の摘出手術を受けてゐたのであつた。現在の症状も当つてゐる。しかも、その写真は、手術前のものであつたから、一層、不思議を感じ、すつかり術者を信じてしまつた。
 では、現在どんな治療をすればよいかと伺ひをたてると
「島根県の大山〈ダイセン〉からとれるヒトツバと云ふ植物の葉を乾かしたものを三枚、それを煎じてのめば、必ず治る」
 と云ふ。
 だが、島根県からとりよせる時間は到底ない。他から出来るヒトツバでは駄目だと云ふ。そこでA氏は困つてしまつた。すると、術者は、御望みなれば丁度こゝに大山のヒトツバが僅かではあるがあるから分けてあげませうと云ふ。
 A氏は、一褸〈イチル〉の望みと、ヒトツバの乾したものとを抱いて大学病院にかけつけた。主治医は、既に絶望してゐたので、どんな治療も許した。ありあはせの土瓶で煎薬は作られ、病人に与へられた。
 ところが翌日になると、大量の排尿があつて、患者は、めきめきと元気を恢復し、十日後には退院できる状態となつた。
 このとのことかあつて以来、A氏はすつかり透視術の信者となつて、あらゆる場合、その術者をたよりにするやうになつた。どんな病気でも、医者にかけつけるより先に透視術に走るやうになつた。
 内科の大権威J博士より、知識の低い一女術者が、A氏の父の命の恩人となつたのである。A氏は教養の高い人であり、科学に相当の理解をもつた人である。
 体験が理論を圧倒したとでも云はうか、A氏にして、そうであつてみれば、まして一般大衆は、おして知るべしである。
 超自然科学的現象と、いんちきとは、誠に紙一重といふべきであらう。
 
 この「透視術」について、読者は、どうお感じになっただろうか。私などは、スナオでないので、患者の「写真」を見て、手術歴や病状を言い当てたことについては、何か「カラクリ」があったに違いないと思った。たとえば、その「透視術者」を薦めた人から、あらかじめ、病状についての情報を得ていたとか、A氏が写真を探しに帰っている間に、何らかの形で、情報を入手したとか――。
 しかし、たとえそうだとしても、透視術者から譲られた「大山のヒトツバ」によって、危篤状態の患者が劇的に回復したことは、厳然たる事実である。インターネットで調べてみると、ヒトツバというのは、多年生の常緑シダの一種である。その葉を乾燥させたものは、「石韋」(せきい)と言って、泌尿器系の諸疾患に処方される「生薬」(しょうやく)だという。この患者の病状に、この生薬が効いたと考えるほかない。
 おそらくA氏は、貴重な「大山のヒトツバ」を譲ってくれた透視術者に対し、かなり高額の代価を支払ったに違いない。ただし、私などは疑い深いので、この「大山のヒトツバ」なるものは、ふつうの生薬店、漢方薬店で手に入る「石韋」だったのだろう、と邪推してしまった。

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