礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

坂ノ上言夫、坂ノ上信夫は同一人物、ではその本名は?

2013-01-03 06:11:57 | 日記

◎坂ノ上言夫、坂ノ上信夫は同一人物、ではその本名は?

 以前から、坂ノ上言夫という文筆家のことが気になっていたが、どういう人物か皆目見当がつかなかった。国立国会図書館の書誌情報によれば〈サカノウエ・ノブオ〉と読むようだが、生没年についてのデータは示されていなかった。
 数年前、たまたま、坂ノ上信夫『幕末の海防思想』(東洋堂、一九四三)という本を入手し、この坂ノ上信夫〈サカノウエ・シノブ〉が、坂ノ上言夫、坂上信夫〈サカガミ・ノブオ〉と同一人物であることを確認した。
 国立国会図書館の書誌情報では、坂ノ上信夫の読みは〈サカノウエ・シノブ〉となっているが、こちらについても、生没年のデータは示されていなかった。なお、国立国会図書館の書誌情報は、坂ノ上信夫、坂ノ上言夫、坂上信夫が同一人物であることを把握していないと思われる。
以下に、『幕末の海防思想』の巻末に載っていた「著者略歴」を紹介する。

 著者略歴
 坂ノ上信夫 さかのうへしのぶ 鹿児島に生れ、明治四十五年三月、県立第二中学校を卒業し、上智大学哲学科に学び中途退学す。爾来法制史を中心としてひろく日本思想史を独学自修す。
 始め拷問史、日本刑罰史藁等の刑罰史に関する二三単行本と、約五十篇の雑誌論文を発表し、また「土地争奪史論」(大正十一年、神田大同館)を発表したるが、大正十二年、徳川幕府編纂として林大学頭述斎以下二十三名の儒官により二十四年間の日子を費して撰られたる内閣文庫秘本「朝野旧聞▲藁」〈チョウヤキュウブンホウコウ〉の覆刻を独力編輯し、その第一巻(四六倍判千五十頁)を刊行し、第二巻編輯中、関東大震災によりて事業停廃のやむなきに至る。▲という字がプレビューで出ないが、衣という字を上下ふたつに分け、その中央に臼という字である。
 その後、刑罰論文集、「肉刑譜」(昭和八年、朝日書房)刊行、随筆集「古典感覚」(同年同上)刊行。昭和十四年頃より専ら交通史に関する読物、論文を発表す(交通文化、観光、観光東亜等)。次いで「宿屋志」(昭和十六年、時代社印刷済未発行)、「御朱印船の人々」(昭和十六年、時代社)、「日本海防史」(昭和十七年、泰光堂出版部)、「日本の国号」(日本出版社、本年四月刊行の予定)あり。現住所 東京市杉並区松庵北町七十八番地

 国立国会図書館の書誌情報によれば、これらの本のうち、『土地争奪史論』は、坂上信夫名義で刊行されている。『肉刑譜』、『古典感覚』は、坂ノ上言夫名義、『御朱印船の人々』、『日本海防史』、『幕末の海防思想』、『日本の国号』は、坂ノ上信夫名義で出されている。『宿屋志』は、国立国会図書館に架蔵されていない(未発行に終わったか)。
 さて、坂上信夫・坂ノ上言夫・坂ノ上信夫のうち、どれが本名なのだろうか。いま確実なことは言えないが、おそらく、これらのどれでもなく、「■上信夫」が本名であろう。この■のところには、偏が山、旁が反という字(坂の異体字か)がはいる。「本名」の読みについては、いま判断を保留する。
 『朝野旧聞▲藁』の第一輯は、一九二三年(大正一二)に、東洋書籍出版協会から刊行されているが、巻末の「校刻例言」の末尾には、「■上信夫校」という文字がある。おそらくこの「■上信夫」が本名であり、坂上信夫・坂ノ上言夫・坂ノ上信夫は、いずれもペンネームということになろう。

今日の名言 2012・1・3

◎欲がないから元気もないのだ

 野球評論家の豊田泰光さんの言葉。本日の日本経済新聞「チェンジアップ」欄より。本日の同欄で豊田さんは、イチロー氏主催の少年野球大会(イチロー杯)における同氏の訓示をほめていたが、豊田さんの名言もなかなかである。「今の子どもたちに足りないのは欲であり、欲がないから元気もないのだ」。

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1 コメント

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Unknown (和田純)
2014-12-21 07:55:32
懐かしい名前です。
私は高校の頃、モダニスムの作家龍胆寺雄が好きだったのですが、龍胆寺と坂ノ上は友人同士で、龍胆寺の小説「下付き博多人形」や「浅き夢見し」に坂ノ上をモデルにした人物が登場しますし、エッセイ「人生遊戯派」には坂ノ上との交際の様子は綴られています。
また書誌学の斎藤夜居の「書物探訪」に「異端の愛書家」というエッセイがありますが、こちらは事実誤認もあるので読む際には要注意です。
(例えば「土地争奪史論」は初版しか出ていないなど。本書は装丁を変えて3刷まで出ています)
坂ノ上言夫は身辺エッセイの類はほとんど書いていないと思いますが、あまとりあ社から出ていた「随筆もやもや帖」に、戦争中の疎開のエピソードを寄稿しています。
とりとめのない文章ですが、懐かしさから投稿しました。

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