礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

水野葉舟氏が、いま千葉県で方言を研究している

2019-02-18 04:07:39 | コラムと名言

◎水野葉舟氏が、いま千葉県で方言を研究している

 橘正一著『方言読本』(厚生閣、一九三七)から、「昭和方言学者評伝」を紹介している。本日は、その七回目で、〔関東地方〕の項を紹介する。

〔関東地方〕
 千里の沃野〈ヨクヤ〉は、米を産するには適当であるが、方言学者を産するには不適当であると見えて、関東地方は、東京を除けば、方言学者は極めて少ない。そこで、関東地方といふ項に一括して説く。
 栃木県は関東の内でも研究者の最も少ない県である。近頃、小島保といふ人が真壁郡の方言集を著したと聞くが、まだ実物を見ない。
 栃木県は昭和三年〔一九二八〕頃、高橋勝利といふ人が出て、土俗と方言とに活動したが、近頃は久しく沈黙を守つて居る。「雄弁は銀にして、沈黙は金なり」といふ格言を忠実に履行して居るのかも知れないが、我々は、むしろ、その銀の方を望む。倉田一郎氏に「栃木県安蘇郡野上村語彙」の著がある。
 群馬県は、師範学校の方言調査の事業が著々〈チャクチャク〉として進んで居るから、その全貌を公衆の前に現はす日は遠くはあるまいと思ふが、その外には上野勇氏に期待するのみ。「上州館林町方言集」の著者宮本勢助氏は東京の人である。
 埼玉県には、池ノ内好次郎氏、高田喜好氏がある。池ノ内氏は、「埼玉県入間郡宗岡村言語集」の著者にして、また雑誌「むさしの」の主幹でもある。「埼玉県幸手〈サッテ〉方言集」の著者上野勇氏は既に群馬県に転じた。杉山正世氏については、愛媛県の部で述べる。
 千葉県は、関東地方の内では、比較的方言研究の盛んな土地である。「千葉方言、山武郡篇」の著者、塚田芳太郎氏をまづ第一にあげなければならない。この書は昭和九年〔一九三四〕五月に出たが、着手の時期は昭和四年〔一九二九〕九月にある。即ち、五ケ年を経て漸く成つたものである。この間、稿を改むる事数次、六百枚の定稿を作るのに四千枚の用紙を使用したといふ。加ふるに、万国表音文字を用ゐたため、新たに活字を作る事百余、印刷だけでも五ケ月を要したといふ。我々はその苦心を買ふと同時に、その計画の余りに尨大であるために、果して、有終の美を成すか否か疑を持つものである。千葉には郡の数が十二ある。一郡一巻づつ十二巻、外に総説一巻を添へるつもりであると言ふ。しかるに、今の所第一巻が出ただけで、第二巻は三年後の今日まだ出ない。仮に、四年に一冊の割合で出るとすれば、十三巻全部完結するには四十八年を要する。仮に、五十二歳にして第一巻を出したとすれば、最終巻を出すにめには百歳まで長生しなければならない。これが完成したら、日本最大の方言集となる事は確である。しかし、その完成出版祝賀会に列る〈ツラナル〉ためには、私も亦八十歳以上まで長生しなければならない。浅野栄一郎氏に、「千葉県長生郡一宮町方言」の著がある。「千葉県郡別方言集」(これは郡誌の方言を集めたもの)の編者、本山桂川氏については、長崎県の部で説く。詩人として有名な水野葉舟氏が、今千葉県に在つて、しきりに方言を研究して居られる。「相州内郷村近傍万言」の著者、鈴木重光氏は土俗学者であり、その方面の著書もある。本書も、土俗学者としての深い理解から成された好著である。神奈川県には今一人「横須賀市船越方言集」の著者、中澤正雄氏がある。山本靖民氏が長崎県から来て、神奈川県方言の蒐集に成功したのは偉い。一体、関東地方は、どうしたわけか、郷土人の調査は比較的少なく、他県人の調査が割合多い。妙な所に、謙譲の美徳を発揮したものである。
 八丈島方言の調査報告に、田村栄太郎氏・本山桂川氏・丸尾芳男氏・宮本馨太郎氏のものがある。望月誼三氏が東京帝大国語学科のま卒業論文として出したのも八丈島方言に関するものであつたが、これはまだ公表されない。安田秀文氏のも同様。

 最後のほうに、宮本馨太郎(けいたろう)の名前が出てくる。原文では、「宮本馨一郎」となっていたが、引用者の判断で訂正しておいた。

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