ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

「幸せでした」そして「幸せな人生でした」の言葉をのこして…

2011-04-26 17:39:57 | ひと
 元キャンディーズ、田中好子さん。
 亡くなられたことにも驚いたが、肉声でメッセージが残されていたことには、もっと驚いた。

“きょうは3月29日。東日本大震災から2週間たちました。被災された皆様のことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。
 私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、その時は必ず、天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています。
 今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
 キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
 幸せな、幸せな人生でした。
 心の底から感謝しています。
                    (以下略)”

 その内容が、まず被災された方々、亡くなった方々に向けられていたことに、人間としての気高さを思う。
 自分のことだけを言うのでなく、こんなに苦しいときでも他の人々のことを気遣っている。そのことに胸を打たれる。
 「天国で」被災された方の役に立ちたいと言う。
 そして、そのことを自分の「務め」だとも言う。
 そこまで言えるのか…。

 30余年前、
「私たちは、本当に幸せでした!」
と叫ぶように言って、キャンディーズは解散したのだった。
 「普通の女の子に戻りたい!」と言って、解散宣言をしたことと、「幸せでした」という言葉とが、若い日の私には、妙に合わないと感じたことを覚えている。
 「普通の女の子に戻りたい」のは、現状では不幸な思いをしているからだったのでは?
 なのに、「幸せでした」とはおかしいのではないか、と。

 でも、今回の、「幸せな、幸せな人生でした」だって、違うのじゃないかと言いたくなる。
 まだ、50代半ば。
 まだ、若いじゃないか。
 もっとやりたいことがあったじゃないか。
 若いのに亡くなるなんて、幸せじゃないよっ、と言ってあげたくなる。

 でも、「幸せでした」と言うことで、周囲の人々に、感謝の心を伝えようとしているのだ。
 それを聞くことによって、周囲の人の心に、あたたかいものが広がっていくのだ。
 たぶん、解散時も今回も同じ気持ちで、「幸せ」を言っているのだ、と今になってわかる。
 心根の優しさ、魂の気高さに、ただただ泣けてくる。
 
 冥福を祈りたい。
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