昨年、高階秀爾氏の書籍「名画を見る眼」を読んで感銘を受けた(その時のブログはこちら)、その後、たまたま本屋で高階氏の新刊本「日本人にとって美しさとは何か」(筑摩書房)が出ているのを見つけたので買い求め、さっそく読んでみた

「名画を見る眼」は西洋画を解説したものだが、本書は西洋画のみならず日本画についても多く解説したものであり、高階氏のカバーしている研究対象がいかに広かったか知るところになった





以下に本書を読んで教えられたところを引用して、必要がある場合にはコメントを付けてみた、順序は本書の目次のとおり
Ⅰ 言葉とイメージ 日本人の美意識
- 文字と絵は別々のものだが、実はその両方にすべての日本人の表現に共通する美意識があり、それは西洋と比べかなり大きな違いがある
- 日本では昔から文字と絵はつながっていた、最近でもケータイの絵文字が何種類もあるが海外ではこれだけのものは見られない
- 日本人の美意識を最初に伝えているのは10世紀の「古今和歌集」だ、それは誰でも歌を詠む、漢文でなく「やまとうた」という伝統、勅撰という天皇の命令で集めた和歌集というところに特徴がある、日本の美学の宣言である
- 古今和歌集にはお祝いの場で歌を詠んで屏風に書いた、歌と絵のつながりがある、平安朝末期にも絵の上に法華経の文字が書いてある国宝の「扇画法華経冊子」がある
- 蕪村が残した手紙にも絵文字がある、傘を絵で表現している、俵屋宗達の絵の上に本阿弥光悦の書を書いた「鶴下絵和歌巻」があるなど絵と文字が合体した作品が多くある
(コメント)
NHK「日曜美術館」で開催中の「ミロ展」を取り上げ、「絵画=詩(栗毛の彼女を愛する幸せ)」(1925年)という作品を紹介し、この絵には「栗毛の彼女を愛する幸せ」という文字が書かれていた、そしてミロの「私は、絵画と詩をまったく区別していない」とのコメントを紹介していた、ミロは意識せず日本人と同じ発想になったのか日本画の影響があったのか
さらに、音楽などをモチーフに描いた星座シリーズの絵を3点紹介し、絵画の中の線の動きが指揮棒を振っているような感じがする作品や、楽譜やト音記号のような線がある作品が紹介され、「20年代に詩が担っていた役割を音楽が担っている」とのミロの考えが紹介されて、これは詩と音楽と絵画の融合であるとしていたのは興味深い


Ⅱ 日本の美と西洋の美
東と西の出会い
- 18世紀末以降、日本と西洋の美術関係の交流が始まり、それぞれにおいてそれまでに知られることのなかった異国の新しい芸術の表現様式に魅了された
- 表現形式として日本画では歌麿の絵のように中心となる人物以外の要素をすべて大胆に排除する「切り捨ての美学」、狩野永徳の檜図屏風のように幹の上部を画面の縁で切り落とされたかのように描く「クローズ・アップ」がある
- 日本の画家たちは三次元の世界を再現することは考えず、「洛中洛外図屏風」のように平面性を尊重した、西洋画の一つの固定した視点から眺められた絵を描くかわりに、複数の視点から眺めた様々な部分を画面上に並置した
- このような日本と西欧の表現上の差は、両者の芸術に対する哲学の違いによって説明することも可能、西洋の一つの視点による描き方は、一つの中心を絶対的な価値とする西欧の一元的思想に対応し、日本は客体(描かれるもの)が尊重され、それぞれの対象にふさわしい視点が採用されるのは、互いに矛盾するさまざまな価値の共存を認める日本文化の多様性に並行するものだ
(コメント)
日本は異国文化を十分検討の上、必要な部分は取り入れるなど多様性が高度に発達した国である、今でも西洋の方が多様性があるとは言えないだろう、そして「日本らしさ」を失わない範囲での多様性であるということが大事でしょう


和製油画論
- 明治初年の時期に従来の日本絵画とは違う西洋絵画の特質が認識された、それは陰影法と遠近法などの表現技法である
- 和製油画という名称で対象とするのは黒田清輝を中心とする新派に対し旧派と呼ばれたもっぱら日本でのみ学んだ画家たちである、旧派も陰影・遠近の技法を学んだが、彼らが追及したのは陰影だけだった
- それは西洋の遠近法が一つの統一的視点ですべての対象をとらえるのに対し、彼らはその視点の固定化による距離感を無視し、常に対象に密着させる江戸期以来の琳派の日本人のものの見方やその遺産を受け継いだから
- 和製油画を書いた画家たちは西洋の製作法を忠実に学び実践したが、新派は明るさを重視するあまり画面の耐久性を損なうような制作をした
- 明治20年代から西洋化の動きが伝統復帰に大きく変わり「歴史画」が多く登場してきた、これは単なる欧化政策に対する反動や懐古趣味ではなく、立憲国家形成にあたって国際社会の中で独自の文化的「伝統」を有することが一等国になるために不可欠とする岩倉具視、伊藤博文らの認識があったから
(コメント)
伊藤らの考えには賛成である、どの国も自国の文化的伝統を大事にするもので、それを破壊するような政策は採用しないものだ、これは現在で言えば単に進歩政策に対する反動や懐古趣味ではない、どこの国でもある国民意識である
(続く)


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