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気ままに生活してるシニアの残日録

加藤陽子「それでも、日本人は戦争を選んだ」を読む(その3、完)

2023年08月26日 | 読書

(承前)

さて、今回は本書を読んで、これは違うのではないか、と感じたところが多くあったので、そのうち一つだけ書いてみたい。

  • 本書の結末の部分で加藤教授は、本屋に行くと「二度と謝らないための」云々等の刺激的な言葉を書名に冠した近現代史の読み物が積まれているが、それらの本は戦争の実態を抉る「問い」が適切に設定されていない、史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされてない、と書いている。
  • 刺激的な言葉を書名に冠しているのは本書も同じではないか。そして、戦争の実態を・・・の部分はそのまま加藤教授の本書にも当てはまると思う。
  • 例えば、加藤教授は本書の冒頭で、時々の戦争は、国際関係、地域秩序、当該国家や社会に対していかなる影響を及ぼしたのか、また時々の戦争の前と後でいかなる変化が起きたのか、本書のテーマはここにあります、と書いてあるが、この加藤教授の「問い」の設定こそ適切でないのでは。
  • すなわち、戦争がまずあるのではなく、日本を取り巻く国際情勢の大きな変化や脅威の増大が先にあったのではないか。日本軍のほめられた行動ではない所だけをことさら強調し、執拗に非難する一方、西洋列強の長年にわたる非白人国家への侵略、植民地支配、搾取、虐待などの悪意ある行動を非難しないし、その脅威が極東に及んできた状況を詳しく述べないのは歴史を総合的に見る視点を欠いている。
  • 満洲への分村移民、謀略による満州事変の勃発、捕虜の扱いなど、事実を究明すべく多くの文献を調べ、その研究成果も緻密で素晴らしいが、巨視的に世界情勢の変化を見て、いろんな角度から検討を加えて説明してこそ、歴史をより深く理解できると思われる。

国の歴史は個人の来し方と同様、ほめられたことばかりではないだろう。しかし、本書は教授が信ずる悪い点のみを必要以上に強調し、もう反論ができない先祖(軍部など)を非難ばかりして、見下してさえいる。本書のような歴史教育は、行き過ぎた贖罪意識を日本人に植え付け、日本人としての誇りを失わせ、国家に対しても良い影響を与えないであろう。

(完)


「デイヴィット・ホックニー展」を観に行く

2023年08月26日 | 美術

江東区の東京都現代美術館で開催中の「デイヴィット・ホックニー展」を観に行ってきた。デイヴィット・ホックニーは知らない画家だった。シニア料金で1,600円。結構混んでいた、来場者は若い人が多かった。

テイヴィット・ホックニーは1937年、英国生まれの86才、ロンドンの王立美術学校に学んだ後、米ロサンゼルスに移住した、現在は、フランスのノルマンディーを拠点に精力的に制作活動をしている現役の画家だ。96年にもこの現代美術館で個展を開催し、今回はそれ以来の27年ぶりの個展だ。120点余の作品が展示され、公式の映像コメントでは、作家本人が「私の人生の大半をたどることができます」と語っている。確かにそうだった。

今回の展示は、全8章からなる、簡単な感想をつけてみた

  1. 春が来ることを忘れないで・・・「ラッパスイセン」が綺麗
  2. 自由を求めて・・・1960年代初頭からの初期作品が並ぶ
  3. 移りゆく光・・・カリフォルニア移住時の作品、プールや庭のスプリンクラーを描いた作品が印象的
  4. 肖像画・・・ふたりの人物で画面を構成する「ダブル・ポートレート」、友人などを描いた肖像画を展示
  5. 視野の広がり・・・1980年代に訪れた転機に焦点を当てる、ピカソのキュビズムに影響を受ける
  6. 戸外制作・・・巨大な作品《ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作》が圧巻
  7. 春の到来、イースト・ヨークシャー・・・「春の到来、イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」(下の写真)が圧巻


  8. ノルマンディーの12か月・・・全長90mの大作《ノルマンディーの12か月》に驚く(下の写真)


観た感想を述べよう

  • イギリス、カリフォルニア、ノルマンディーという気候が全く違う3カ所で制作された作品の違いがよくわかる展示となっている。ウォーター近郊の大きな木々の冬景色がなんともイギリスらしいし、青い芝生のある庭の「スプリンクラー」や「午後のスイミング」がいかにもカリフォルニアらしい、またノルマンディーの12ヶ月の季節の移り変わりは、印象派を生んだフランスらしい景色だ
  • 作品の中ではその大きさゆえ、「ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作」に驚く、これは50枚のキャンバスから成る巨大な作品で展示室の1面を全部埋め尽くす大きさ。同じ展示室のビデオで作者自身が制作過程を解説しているのはありがたい。写真が撮れないのが残念。
  • 次に圧巻なのは全長90mの大作「ノルマンディーの12か月」だ、大きな展示室の中をぐるりと一周するように展示してある。中国や日本の巻物に影響を受けたのだろう。1年間かけて戸外で描いた220点のiPad作品をもとに、モチーフを選び取り再構成し絵巻物状の作品としたものだ。こんなの初めて見た。
  • ピカソの影響を受けた時代には、やはりキュビズムのピカソの絵のような作品が多いが、比較的カラフルであった
  • 高齢となり、コロナの影響も受けた最近でも制作意欲が全然衰えないのがすごい、更にiPadなどの最新の文明の利器を利用して絵を描くというところもすごいものだ。
  • 今なお現役の作家であるが、抽象画ではなく具象画にこだわった制作姿勢が好きだ、描かれているものは実にオーソドックスなもので、観てる人に不安感を抱かせるようなものはなく、しあわせな気分にさせる絵が多い。
  • 日本にも来て、龍安寺を訪問したり、いろんな影響を受けたと思われる点がうれしい、北斎の浮世絵の雪景色のような絵もあった。

さて、最後に運営面へのコメントを書いておこう

  • 展示室は3階と1階だが、写真撮影は1階のみ可能だった。1階には大作も多くあるので、この対応は評価できる。
  • 展示作品の作品リストが紙の配布ではなく、QRコードで読み取るものだったのは進歩的であり評価できるが、紙の配布を前提にしたデザインでないため、一覧性にかけるところは課題であろう
  • ユース向け鑑賞ガイドが紙で配付されるが、ネットでも見れるようにしてほしい
  • 展示作品の説明の小さなパネルの文字が小さい、位置もかがんでみないと見えない低い位置にあった、なぜその位置にしなければならないのかわからない
  • 館内の冷房温度が低すぎ、寒く感じた、作品保護上の理由なのだろうか、電気代も高いので温度設定を見直してほしい

観に行く価値はあると思う。東京都現代美術館は展示室も多く、現代美術の室外展示や中庭展示などもあり、ゆっくり観たい人には1日かけるくらいの内容がある。