みさきの日記

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平成の米騒動 ウィキペディアより

2012-11-16 13:17:01 | 日記
お米がお店から消えた時があったそうな。

今から19年前の1993年、記録的な冷夏により、深刻な米不足が起こったのだ。

日本全体で1993年(平成5年)当時1000万トンの需要に対して、収穫量が800万トンを下回る事態となった。

米価は、秋口から少しずつ上昇を始め、時の細川内閣は9月、260万トンをタイ、中国、アメリカから緊急輸入を行うと発表した。

ただ、国産米は根強い人気のため、また市場の品薄感もあって買い溜めと売り惜しみが発生、米屋の店頭から米が消える事態にまで発展する。

コンビニエンスストアでも、従来は2kgや5kgパッケージのものが店の片隅にとりあえず売られていた程度であったものが、同時期には1kgやペットボトル入りなど従来にない小容量パッケージでレジ前の一等地を占めるほどの目玉商品となった。

当時の世界の米の貿易量は1200万トンであったが、その20%に当たる米を日本が調達したため、国際的な価格高騰を招いた。

タイ国内でも米価が急騰し、タイ国民が日本の不作の煽りを大きく被るという事態になった。

しかし大量に輸入・流通させたタイ米は不人気で、後に不法投棄されるなどの社会問題も発生した。

『美味しんぼ』など当時隆盛を誇ったグルメ漫画でもこういった問題が取り上げられ、社会問題として広く長く残る結果となった。

大手カレーライス・チェーンのカレーハウス CoCo壱番屋では、大盛りカレーライスを短時間で完食すれば無料というキャンペーンを創業以来行っていたが、この米騒動の時は企業イメージのため一時的に取り止めている。

当時、家電製品の安売りで知られた城南電機の社長宮路年雄が

「日本人は日本の米を食いたいんじゃ」

と、あきたこまちのヤミ米を秋田県で買い付け、買付価格の半額という原価割れの激安価格で売り出し、店の前には大変な行列が出来るなどの狂乱的状況が発生、行政指導を受けた。

お父さんからこの話しを聞いて、私は驚いた。

当時私は4歳であまり覚えていないが、お母さんは、

「あの時は細長い米を食べて我慢してたんだよ」

と言われ、日本でそんなことがあったのかと本当に驚いた。

今はいくらでも食べられるご飯。

BigBoyに行けばいくらでも無料で食べられるご飯。

でも天候しだいでこの日本という国は、店頭から米が消えるという大騒ぎになるのだということが勉強になった。

どうか来年の夏も暑い夏でありますように。

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