棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

靖国神社を考える-1

2018-08-12 17:46:35 | 山郷の暮し
 靖国神社を考える-1
 先日のプライムニュースで「靖国神社を考える」というような番組がありました。
出演者の名前は出てきませんが、遺族会会長の政治家と歴史家そしてジャーナリストでした。

 正直 靖国神社と聞いただけでなにか最右翼の本部、又は日本をまちがった方向に向かわせた上、終戦後は反省も無い存在だと忌み嫌っていた。
私のそのような思いはどんな認識からなのか、特に思いも及ばず今日まで来た。
確かに靖国神社の成り立ちや、小史などを読んだことはあるが、頭の中に沈殿したことは「明治維新」で亡くなってしまった兵士を英霊として祀り上げた維新政府の政策でもあった。それゆえに天皇に盾を突いた西郷を始めとする人々は排斥されてしまった。
 そして、その後につづく戦争で亡くなられた人々に勲章を与え神様の扱いにしたのだ。
 
  注--冒頭の写真は「長野県護国神社です」

 今でも田舎の墓地に行けば、日清日露戦争そして太平洋戦争時代の「○×勲章・・」と刻まれた立派な墓石を見ることができる。
誤解を恐れずに書けば、水飲百姓が最終に得た誉れである。
皆から「お国のためになり、親孝行な息子だ」といわれたのであろう。
必要以上に大きな墓石を見るたびに、「お国に尽くした」と評した国家の欺瞞を感てしまうのです。、
そして、その思いが靖国神社へと連なり、正規な学識よりも感情的になってしまう。
そんな浅学の私の感情はどこからくるのか、今回良い機会なので考察してみた。

 靖国神社と言えばまず思い出す光景がある。
東京に在籍したころ靖国神社観光にふらりと出かけたことがあった。(特に記念日と関係が無い)
大鳥居をくぐったとたんなにかイヤーーな気分になったのは、日章旗に日本軍の国防色軍服を着た鉢巻姿の若い一団を見たからだ。
もはや前に進む気がうせ、そのまま帰ってきた。(当時は今ほど大音量で騒ぎ立てていなかった)
そのとき以来とは言わないが、日章旗イコール国粋主義者・戦争となってしまった。
 日章旗といえば、学校ばかりではなく祭日には一般家庭も玄関先に飾ったものです。
旗竿を掛ける金具がついていましたが、いつの間にかそのようなことは廃れてしまった。
もし、今も日章旗をかかげたらご近所から要注意と倦厭されることでしょう。
 靖国神社と日章旗、そして国防色といわれた薄茶色の軍服が連想してしまう。
理屈抜きにイヤーーな気分になっしまうのです。
 そんな気持ちにさせる深層心理の作用として、記憶にまったく無いが思い当たることがある。
私は昭和19年(1944年)東京生まれ、大空襲で焼きだされてしまったのだ。
まったくの感情に過ぎないことで、問題の本質ではないことは十二分に承知をしているが、私にナニカがしみ込んでいると思っています。
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