原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

認知症は伝染する??

2016年12月21日 | 医学・医療・介護
 いや、決してそんな訳はないのだが、認知症状のある人物と1対1で半日も付き合うと、思考回路がその人物と同一化するような錯覚に陥る。
 それもそのはず、認知症者に合わせてその深層心理を探りつつ、言動を共にするのが介護者の役割である事をわきまえている故だ。


 昨日、義母の眼科受診付添い等々の役割を果たして来た。

 その前に義母が暮らす高齢者施設へ行き、保証人としてやるべき任務をこなす。

 まずは、「漏水事件」。
 義母が施設自室で漏水事件を起こして以降、私が施設を訪れるのは昨日が最初だ。 真っ先に加害者である義母と階下の被害者氏の仲介に入り事件を一件落着して下さった施設長にお詫びの言葉を述べるべきだが、残念ながら不在。
 事件の実際の後処理をしていただいたケアマネージャー氏がちょうど事務室におられた。 保証人としてお詫びが大幅に遅れた事を謝罪し、事件の詳細を再確認した。
 やはり、想像以上にその後始末が大変な作業だったようだ。 しかも下階の被害者氏の怒りの程も長引いたとのお話。 室内の水が渇いた時点で、やっとお怒りが収まったとのこと。 ただ日数が経過し現在に至っては被害者氏の認知症状のお陰で既に事件の事を忘れ去っている故に、(施設長発言同様)事件の記憶をぶり返さないためにも、もう終わった事にして欲しいとのご意向だ。 そのため持参した菓子折はケアマネ氏に手渡しつつ、保証人の立場で最終確認をした。 「電気系統等に支障は出ていないですか? もし、損害賠償負担が発生するようでしたらお伝え下さい。」 それに応えてケアマネ氏曰く、「まったくその必要なございません。大丈夫です!」 
 そのやり取りを傍で見聞していた(とは言ってもおそらく内容は聞こえていないであろうし、理解出来てもいないだろう)義母だが、二人が笑顔で話し終えた事に心底安堵したようだ。 これで、義母も「漏水事件」から真に解放されることと信じたい。

 そして、生命保険(個人年金)の件。
 これに関しては、既に5回程同内容の電話が義母からあったが、またもや同じ話の繰り返しだ。
 一通りの話を6回目もじっくりと聞いた後、「分かりました! 私が家に持ち帰って処理します。お任せ下さい。 そして来年からは、その通知を保証人の我が家へ送付してくれるように依頼します。」(それが叶えば、こちらとしても義母の“訳の分からん”繰り返し話を数回聞かされるよりもずっと楽だ。)
 封書4通を鞄に入れた私を見て、母がどれ程安堵したことか。 

 いよいよ、眼科受診。
 総合病院内の眼科受診のため、まず受診カードを「再診マシン」に入れる。 いつもの事だが、義母の「私も覚えなきゃ」との要望に沿って、混雑していないのを良き事にマシンの使い方をゆっくりと伝授する。 ただ我が感覚としては、現在の義母にとってその作業のハードルが高過ぎる事は承知だが…  それでも、覚えようとするその気持ちには応えたい。 
 次に2階に位置する眼科前で診察順番を待つ。 電光掲示板に表示される順番待ち番号を義母も見るのだが、どうしてもそのシステムが理解出来ない。 それでもいつもその説明を根気良く丁寧にする私に、義母は「やっぱり私には無理みたい…」と少し悲しそうな表情を浮かべる。

 この診察待ち時間は、またとない義母と私とのコミュニケーションタイムだ。 普段施設では、1対1で入居者と職員氏が対応して下さる時間はほんの短時間であろう。 そんな義母にとって、自分と1対1で他者が長時間かかわってくれる機会など、まさに私との病院受診に限られるのではあるまいか? 
 そんな義母は、いつも待合室で洪水のごとく自らの内面から湧き出てくる思いを私に伝える。 それは現在抱えている不満や不安であったり、過去の出来事であったり、……
 待ち時間が3,4時間に及ぶと、義母の口から繰り返される「戯言」(と言っては失礼だが)を受け止めるのが限界に達する私だが、これが1,2時間程度ならば許容範囲だ。 (何せ、我が娘のサリバン業を既に23年間の長き年月に渡り全うしている身だし。

 あくまでも聞き役に徹し、「そうですか」「それは大変でしたね」等々と相槌を打っていると、義母が未だ認知力を失っていない一昔前の義母として蘇るかの錯覚に陥ることを、幾度か経験している。
 これぞ介護のあるべき姿かと(介護分野素人にして)、私は実感させられたりもする。
 そういう義母心理思考同調対応をすると、義母が決まって優しくなるのだ。 昨日も診察が終了した後に、「〇子さん(私の事)にいつも病院受診に付き添ってもらうのは心苦しいから、今度から私一人で受診する」と明瞭に言い張る義母だ。 「いえいえ、大した労力でもないですから私が付き添いますよ」と返答するものの…
 ただ、その後日時が経過し、義母から“訳の分からん” 電話が幾度も繰り返されるのはいつもの事だ。
 こういう風に、義母と保証人である私の関係は今後も続いていくのだろう……


 さて病院受診後タクシーに乗車し、義母を施設へ送った後、私も自宅へ帰る段取りとなる。
 今回捕まえたタクシー運転手氏が、認知症高齢者に理解があった事に助けられた。

 ひとまず義母を施設の玄関口で降ろし、引き続きタクシーにて我が自宅へ帰ろうとしたところ……
 義母がタクシー後部席に乗っている私に“バイバイ”をしつつ、いつまでもタクシーから離れないのだ。
 これに気付いたタクシー運転手氏が後部座席の窓を開けてくれ、義母の行為を受け入れて下さる。
 義母は、まだタクシーから去ろうとしない。
 義母の認知症がすっかり伝染した私は、そんな義母の姿が不憫でもの悲しくて、涙が溢れ出る……
 それでも、私はタクシー運転手氏に伝えた。 「もう切がありませんから、タクシーを発車して下さい。」

 お義母さん、必ずや貴方の介護責任は私が全うしますから、今後もどうか安心してこの世を生き抜いて下さいね……