ミカバンド~故加藤和彦氏が1972年に結成したバンドだ。
好きだったな~私もひょっとこバンドで何回かタイムマシンにお願いをやった。
今カメラを止めるなで話題の吉田美紀ちゃんが昨年の春まではひょっとこバンドにいて
タイコやらヴォーカルを長年やってくれた。
一時はヒョットコチックミキバンドになどと名前を変えようとした。(こともある)
その加藤氏のラストメッセージという本を今読んでる。
1972年~拓郎が元気です!を出し 陽水が人生が二度あればを発表し
荒井由実が返事はもういらない キャロルがルイジアンナでデビュー
そしてガロの学生街の喫茶店がヒットした年だ!
私は当時22歳ロックにはまりシカゴやZEPやFREEなどを見に行ってた。
私はミーハーだったので拓郎も陽水もキャロルも見に行った。(こっそりと)
ロックはまだ洋楽が主流の中でミカバンドは音楽性ファッション性など
相当に先を行ってた。本当にかっこよかった。
加藤和彦と細野晴臣(ハッピーエンド)がいなかったら日本のロックは10年くらいさらに
遅れたかもしれないのだ。
拓郎もレコーデイングの音作りは全部加藤氏から教わったようだ。
ロック黎明期の成毛茂や高中、小原礼なども見出したのは彼だ。
この本の最後の方に数通残された遺書の一つが公開されてる。
その中に 死にたいというより、むしろ生きていたくない、生きる場所がないという思いが
私に決断を(自死の)させたというくだりがある。
やり残したことはなかったのだろうか?あと10年は生きてまた何かやって欲しかった。
私はあと10年くらいやるつもりだ(店もバンドも)~できるかな~
好きだったな~私もひょっとこバンドで何回かタイムマシンにお願いをやった。
今カメラを止めるなで話題の吉田美紀ちゃんが昨年の春まではひょっとこバンドにいて
タイコやらヴォーカルを長年やってくれた。
一時はヒョットコチックミキバンドになどと名前を変えようとした。(こともある)
その加藤氏のラストメッセージという本を今読んでる。
1972年~拓郎が元気です!を出し 陽水が人生が二度あればを発表し
荒井由実が返事はもういらない キャロルがルイジアンナでデビュー
そしてガロの学生街の喫茶店がヒットした年だ!
私は当時22歳ロックにはまりシカゴやZEPやFREEなどを見に行ってた。
私はミーハーだったので拓郎も陽水もキャロルも見に行った。(こっそりと)
ロックはまだ洋楽が主流の中でミカバンドは音楽性ファッション性など
相当に先を行ってた。本当にかっこよかった。
加藤和彦と細野晴臣(ハッピーエンド)がいなかったら日本のロックは10年くらいさらに
遅れたかもしれないのだ。
拓郎もレコーデイングの音作りは全部加藤氏から教わったようだ。
ロック黎明期の成毛茂や高中、小原礼なども見出したのは彼だ。
この本の最後の方に数通残された遺書の一つが公開されてる。
その中に 死にたいというより、むしろ生きていたくない、生きる場所がないという思いが
私に決断を(自死の)させたというくだりがある。
やり残したことはなかったのだろうか?あと10年は生きてまた何かやって欲しかった。
私はあと10年くらいやるつもりだ(店もバンドも)~できるかな~





