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ひょっとこマスターのブチブチ日記

日々の雑事や音楽の事などなどをブチブチいいながら書きます。

1963年のルイジアナ、ママ

2021-05-02 16:00:39 | 日記
1963年のルイジアナ、ママ
これは本のタイトルだ。亀和田武が書いてる。
かれは一時TVの司会などをやってたが、本職は雑誌の編集者でコラムニストである。
この本のなかで糞いまいましいビートルというコラムがある。
彼は1949年1月生まれ、私の二つ上だ。
彼が中三の時私は中一
この2歳の差はとてつもなく大きい。(音楽において)
彼はこの本の中でそのころアメリカンポップスにめちゃめちゃはまったと書いてる書いてる。
タイトルのルイジアナ、ママはジーンピットニーが歌ってたが日本では、
飯田久彦(後のピンクレデイのデイレクターでテイチクの社長)が日本語で歌ってヒットした。
私もよく聴いてた。歌詞もほとんど覚えてる。
あの娘はルジアノママ、やってきたのはニューオリン~かーみは金色、目は青く、本物だよ
デキシクイン、マイルジアノママ、ロニオリン(ロニオリンとはフロムニューオリンズのことらしい)
他にも、悲しき雨音、電話でキッス、バケーション、カレンダーガールなど、全部あま~い歌詞だ。
ヒット曲がたくさんあった。全部日本語で訳詞は漣健児(サザナミケンジ)がほとんど書いてた。
私もこのころたぶんテレビで見てて覚えてるのだろう。今でもかなり覚えてる。
しかし1964年のビートルズの登場によりこれらの歌は壊滅状態においやられ
日本語バージョンの曲はTVやラジオから一斉に姿を消した。
すなわち日本語バージョンポップスの最後の年が1963年だ。
ビートルズの曲を日本語の訳詞を載せて歌う試みもなされたが、あまりに複雑なニュアンスゆえに
無理だったようだ。
そして亀和田武はビートルズさえ出てこなかったら、POPSの歌手になってたと憤慨してる。
しかし私は2歳下なのであっというまにビートルズにはまった。
彼はジュリーに若干似てるのだ(私ですら19歳のときジュリー似てた(よーに思う)
友達もそーだ、しかし彼らの兄貴たちはプレスリーだポールアンカだといって
ビートルズを認めなかった。
その後の快進撃は2021年になった今も続いてる(8月27日にGET BACK公開)
この本はもうすぐ読み終わる。
今、青山南のホテルカリフォルニア以降という本を探してるがまだ古本屋でみつかってないのだ。
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