世一英佑の消息

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うにうにすることについて

2008-06-12 18:42:46 | Weblog
海くんは「俺は変わってきてる」と言った。
僕は「うん」と言った。「たしかに」
「うにうにできるようになったしね」彼は続けた。
「そうだね、それは大きい変化だ」僕は言った。
「これまではずっとうにうにできなかったんだよ」
海くんはそう言って、しばらく黙った。

うにうにする、というのは、なかなか難しい。
もちろんそれは動作的には、ただ部屋で寝っころがって、
音楽を聞いたり、お茶を飲んだり、気が向いたら話したり、
それで気づいたら十一時くらいになっていて、
じゃあ、と言ってみんなが解散していく。
ただそれだけのことなのだけど、これをやるのは意外に難しい。

なぜなら、僕たちは極度に停滞を怖れている。
何もしないまま時間が過ぎることに、強迫的な恐怖を抱いている。
なにか有意義なことをしなければならない。
俺は今~をしている、と言える状態でなければならない。
それが言えないと、なにか価値のない存在のように扱われる。
常に努力して、どこかに向かっていないと、自分自身、落ち着かない。

そういう、目に見えない空気のようなものが、蔓延している。
それを政治家や教師がメッセージとして発しているわけではない。
それはもはや僕らの中に内部化され、無意識化されている。
ごはんを三食食べなければいけない、というのと同じように。
だから、ただ友だちとうにうにするということが、出来ない。
これは生きるのに一生懸命な人ほどできない。
前に進んでいるという状態がベースにあるからだ。

ただ、僕は思うのだが、人間いつでも前に進めるわけではない。
どこに行けば分からなくなって、立ち止まることは必ずある。
そういう時は、むりに前に進もうとせず、うにうにすればいいのだ。
うにうにしているうちに、自分の心の底から、
なにかふわっと、気持ちがわいてくるかも知れない。
あるいは外部から何かが、到来してくるかも知れない。
それなのに、ここで「前に進もう」と頑張ってしまったら、
湧いてくるものも湧いてこないし、外から何か来ても、気づけない。
視野が狭くなってからだに力が入っているからだ。
そういうときは、ただ、うにうにしていればいいのだ。
流れがない時は、じっと次の流れを待つ他ない。

僕が思うに、これは決して「停滞」ではない。
帆船は風のないとき何をしているだろうか?
無理やり人の手で漕いでいるだろうか?
僕ならそんなことはしない。
魚釣りをするか、裸になって海に飛び込むだろう。

でも、多くの人はこの時期を「停滞」と名づけてしまう。
やりたいことが終わって、次のやりたいことが始まるまでの時期を、
価値のないものとして、出来るだけ早く終わらせようとしてしまう。
僕が思うに、そんなやり方では、大きな魚はつかまらない。
自分の意志でこじ開けられるものなどたかが知れている。
もっと大きなものに自分を預けたときに、もっと巨大なものが開ける。
そのための第一歩が、うにうにすることなのだ。
うにうにするというのは、自分を預けることなのだ。

切り口を変えて、語感を考えてみよう。
うにうにとは、何もしない状態を指している。
しかしそれは決して、「ぐだぐだ」とか「だらだら」とは違うのだ。
ぐだぐだやだらだらには、ネガティブなイメージがある。
締まりがなかったり、怠けていたり、そういう感じだ。
言葉の力はとても強いから、同じ状態でも、
それをうにうにというかぐだぐだと言うかでは違う。

うにうにという言葉に、否定的なイメージはない。
なぜならそれは新田くんの造語だからだ。
手あかがついてない。むしろかわいささえ漂っている。
実際僕の周囲では、うにうにという言葉はとても愛されている。
じゃあうにうにしようぜ、と言うと、皆「よし!」となる。
「うにうに」それはとても肯定的な言葉なのだ。

これはとても大きいことだ。
人生に必ず訪れる、「どこにも行けず、足を止める時期」。
それを「停滞」と名づけて、ネガティブなイメージを持ち、
自分を責めて、出来るだけ早く脱却しようと焦るか。
それを「うにうに」と名づけ、開き直り、
友人とともに、自分以外の流れに身を任せるか。

後者の方が楽で、そして創造的だ。
どかんと自分を手放して、うにうにしてしまったら、
時間はかかるかも知れないけど、
なにか本質的なものが、いつか始まると思うから。



これは昨夜、僕と海くんがうにうにしていた時のもの。
曲はビートルズの『Black Bird』。
このとき二階では、譲治くんがカレーを食べていた。



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4 コメント

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Unknown (しんご)
2008-06-13 00:06:40
今日一日うにうにした明日からはまた動き出そう!
Unknown (いー)
2008-06-14 23:40:12
おいらも最近うにうにするのを前より恐れているようになっている気がする・・・しかし!!!うにうには大事だ!!!!!!うぉ~~~~うにうに!!!!!!!!!!!!!
Unknown (とつか)
2008-06-15 09:50:22
うにうに大好き!!
Unknown (世一)
2008-06-15 15:20:30
うにうにについて補足

うにうにには、二種類あるといえます。

(1)短期的うにうに
(2)長期的うにうに

毎日のうにうにはもちろん(1)。
信吾といーちゃんと戸塚ちゃんが言っているのは、
この「毎日のうにうに」に属しているようだ。
それはもちろん大切なこと。

しかし、今回の記事で僕が取り上げたのは(2)。
長期的うにうに。長さは人によるが、
三ヶ月から半年くらいのやつ。
(ちなみに僕は高校三年間うにうにだった)
これがとても重要だという話でした。

いーちゃんや戸塚ちゃんは、そしてたぶん信吾も、
今は「活動期」だと思う。
自分のやることがわかっているし、
動くことで精一杯な感じじゃないかな?
そういう時は「毎日のうにうに」が必要だ。
無目的な、無方向な時間。
意識的に自分の中にスペースを作ること。
そしたら新しい発想を呼び込める。
自分自身にも余裕ができて、人がリラックスする。

ただ、いつか君たちが今打ち込んでいるものを終え、
次の目的に向かうまでのんびりしたい時は、
また長期的うにうにを、楽しめばいいと思う!
周囲を気にせずにたっぷり充電して、
会いたい人とだけ会って(これ大事)
机の上にたまった本を、のんびり読む。

うおーーうにうに。。



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