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BABYMETAL探究(J-POPの”進化”の果てに…)その3

2016-03-09 18:07:41 | babymetal
BABYMETALは、メタルダンスユニットである。

この呼称を軽視・忌避される方もいらっしゃるようだ(時々そういう書き込みを目にすることがある)が、今回ここで考える、『亀田音楽専門学校』シーズン3の第1回をめぐる「探究」の後半によって、僕はますます、BABYMETALが「メタルダンスユニット」であるということの凄み(言い換えると、「異形」性だ。・・・よくも悪くも・・・)を認識することになったのである。

結論を簡潔に述べるならば、こういうことだ。

BABYMETALは(歌唱グループではなく、バンドでもなく)メタルダンスユニットであるがために、その楽曲構造、他のJ-POPの歌手やグループやバンドと比べても、また、他のヘヴィメタルのバンドと比べても、極めて異形である(異形であらざるをえない)ということ

このことの効果(悪影響?)として具体的には、例えば、BABYMETALはなぜあんなにも「歌番組」に出演したときに”浮いてしまう”のか、という謎に対する答えがある。
それは、ただ単に、普段目にしない「アイドルとメタルの融合」というなんじゃこりゃのユニットだから、とか、観客が一緒にノってくれないから、とか、「ギミ・チョコ!!」のYUI・MOAの振付や「イジメ・ダメ・ゼッタイ」のYUI・MOAの合いの手が奇抜に過ぎるから、とか、神バンドの生演奏ではないから、とか、放映時間の枠のために曲の抜粋・継ぎはぎになってしまう不自然さから、だけではないのだ(それらのどれもが大きな要因でもあるだろうが)。

メタルダンスユニットBABYMETAL、というオンリーワンのジャンル。

このことは、よく言えば(僕たちファンにとっては、魂まるごと攫われてしまう)「唯一無二の魅力」の発露、絶対的なオリジナリティの淵源でありながら、その反面、これは「歌番組」のなかには本質的に収まらない、根源的な違和感の発生源(いわば「宿痾」)でもある、ということだ。

メタルダンスユニットとは、それほどラディカル(根源的=過激)なコンセプトなのである。

だから、他のバンドや(アイドル)グループやシンガー達と並べられる「歌番組」では、BABYMETALは必ず浮く、のだ。その日のパフォーマンスの具合によって、ではなく、本質的に必ず浮いてしまうようになっているのである。
(もちろん、それは、必ずしも悪いことではない。日本のお茶の間向きの「歌番組」で浮いてしまう、上等じゃないか、と今僕は強く思っているのだ。逆に、お茶の間向きの「歌番組」になじんでしまうBABYMETAL、なんて、そっちの方があり得ない。「道なき道をゆく」とはこういうことでもあるのだ。僕たちファンは、それを誇らしく思い、これからも彼女たちを信じて(予想を遙かに超えた「何じゃこりゃ!」を見せてくれることを信じて)ついてゆくだけである)。

今回は、そうしたBABYMETALの「異形」性を、「楽曲構造」において再確認する、という内容になる。

『亀田音楽専門学校』第一回
①1988年~1993年「J-POP誕生の時代」
 ~ 胸キュン革命の時代
 ①a ポジティブ宣言 
 ①b Bメロにメロメロ
 → 「明るくせつない」J-POPの曲調へ


前回は、この前半の「①a ポジティブ宣言」をめぐって、ヘヴィ・メタル界においてBABYMETALが何を果たした(果たしつつある)のか、ということを考えたのだが、①bへつなぐためにも、前回の補足をしておこう。

番組内で、<暗い昭和歌謡→明るく楽しいJ-POP>というコペルニクス的転回(これは僕が勝手につけ加えている文言だが…)についての実に分りやすい典型例があげられていた。

1990年の、No.1ヒットシングル、おどるポンポコリンである。
これと、昭和の大ヒット曲「およげ!たいやきくん」との比較対照は、上記の激変をあざやかに実感させてくれる。

「およげ!たいやきくん」=「暗い昭和歌謡」の典型例
     ↓
「おどるポンポコリン」 =「明るいJ-POP」の典型例

どちらも空前の大ヒットを起こした、いわば童謡、ナンセンスソングだが、「およげ!たいやきくん」は、その曲調が「暗い(怨嗟さえもこめられた)昭和歌謡」曲であるのに対して、「おどるポンポコリン」は、まさに「ポジティブ宣言!」の権化、「明るく楽しいJ-POP」楽曲の典型例である。

そして、この「おどるポンポコリン」の特徴として、亀田誠治は次の3つを挙げる。
 あ)四つ打ちのダンスビート → 踊れる楽曲!
 い)リフレイン
 う)口に出したくなる言葉

この3つがあいまって<「楽しさ」「明るさ」の共有>がなされる、のだと。

確かに、「およげ!たいやきくん」には、この特徴はまったく見られない。踊れない、リフレインも、キメの言葉もない。
対照的に、「踊るポンポコリン」は(前回まとめた)「ポジティブ宣言!」を体現する象徴的な一曲だ、ということが鮮明なのだが、(ここからは、このブログのいつもの文言になるが)これって、BABYMETALのことだ!と僕は思ってしまうのである。

SU-METALのソロ曲、「紅月」「悪夢の輪舞曲」は別にして、BABYMETALの楽曲は、たとえ曲調が明らかにマイナー調であったとしても、「BABYMETAL DEATH」「メギツネ」「ヘドバンギャー!!」「イジメ、ダメ、ゼッタイ」等のすべてにおいて、上記のあ)い)う)の特徴が際立って実現されている。

そして、「おどるポンポコリン」とも共通するこの「明るく楽しいJ-POP」成分を担っているのが、YUIMETAL・MOAMETALのScream、合いの手(であり舞踊)なのだ

例えば、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」。

この楽曲が、楽器隊の演奏とSU-METALの歌のみであれば(初遭遇した人が少なからず感じるような「横の2人、邪魔」「合いの手がなければかっこいい曲なのに…」等という印象からすればそちらの方がベターなかたちだろう)、それでもこの曲は佳曲には違いないだろうが、それでは、この曲はオーソドックスなヘヴィ・メタルらしい曲の延長でしかなく、実際に僕たちの目の前にあるBABYMETALの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」の位置する”絶対的な唯一無二”という高みに到達することはなかったはずだ。
(もちろん、だから悪い、というわけではない。ただそこには、BABYMETALがヘヴィメタル界に持ち込んだオンリー・ワンの「新しさ」は、ない)。

しかし、YUI・MOAが「持って!」「負けないで!」「見つけちゃいや!」「イエスタデーイ!」「バイバイ!」「ナッシン!」「セイナッシン!」「ポイ捨て禁止!」「バイバーイ!」、「ダメ!」「飛べ!」等の(見方によってはふざけた、不謹慎とも言える)合いの手を入れることによって、この曲には、「おどるポンポコリン」的な「明るく楽しいJ-POP」的フレーバーが加わり劇的な感涙パワー・メタルでありながら、歌って踊れるJ-POPでもある(国内のライヴでは、今や、数万人がYUI・MOAに合わせて踊るのだ!)、という何とも筆舌に尽くしがたい奇妙な魅力を蔵した、世界中の他のどこにもない唯一無二のメロディック疾走チューンになりえている、のだ。

ニューアルバムの降臨を間近に控えた今でも、毎日この曲を聴いてしまい、時に涙ぐんでしまいさえするのは、このブレンド具合の絶妙さ・新しさ・オンリー・ワンさ、の所為なのである。

で、話を「おどるポンポコリン」に戻すと、
この曲は、「明るく楽しいJ-POP」の典型例と言える楽曲なのだが、じゃあ、明るさ一辺倒かというと、決してそうではない。
そこに出てくるのが、次のポイント
①b 「Bメロにメロメロ
なのだ。


<Aメロ>
なんでもかんでも みんな
おどりをおどっているよ
おなべの中から ボワっと
インチキおじさん 登場

<Bメロ>
いつだって わすれない
エジソンは えらい人
そんなの常識 タッタタラリラ

<Cサビ>
ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ おへそがちらり
タッタタラリラ
ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ おどるポンポコリン
ピーヒャラ ピー お腹がへったよ

というこの楽曲構造における<Bメロ>の部分の「ほのかな翳り・せつなさ」が、続く<Cサビ>をいっそう引き立てる、いわば滑走台の役割、名脇役としての機能を果たしている。それがたいへん重要になり、楽曲の作り手も<Bメロ>に心血を注ぐようになったのが、昭和歌謡から進化したJ-POPの特徴なのだ、と、『亀田音楽専門学校』では語られる。

つまり(①aと絡めて説明するならば)、楽曲全体として「明るく楽しい」ものになった(「①aポジティブ宣言!」)からこそ、<Bメロ>の「ほのかな翳り・せつねさ」の機能がより精妙に・より重要になり、結果的に(番組のサブタイトルにもなっている)「胸キュン革命」(明るく楽しいJ-POPでありながら、どこかせつなさも帯びた魅力的な楽曲群の誕生)が果たされるようになった、ということだ。

なるほど、この「おどるポンポコリン」は、A→Cとつないでも一応曲としては成立するだろうが、Bメロがあることで、ほのかな翳りが加わっている。結果として、徹底的に脳天気なダンスナンバーでありながら、哀愁を帯びたJ-POPの佳曲でもありえているのだ。
Bメロのほのかな塩味が、サビの明るさをいっそう引き立て、より複雑な味わいをもたらしている。

対照的に、「およげ!たいやきくん」は、

<Aメロ>
毎日毎日 僕らは鉄板の 上で焼かれて 嫌になっちゃうよ
ある朝 僕は 店のおじさんと けんかして 海に逃げこんだのさ

<Bサビ>
初めて泳いだ海の底 とっても気持ちのいいもんだ
お腹のあんこが重いけど 海は広いぜ心がはずむ 

<Aメロ(A’)>
桃いろさんごが手を振って 僕の泳ぎを眺めていたよ

という、AーBーA(A’)の三部形式になっている。

個人的な参考書、『ポピュラー音楽作曲のための旋律法』(高山博 著)を引けば、

この、A-B-Aの三部形式は
オーソドックスな日本の歌謡曲や、洋楽でもジャズのスタンダードナンバーなどで広く用いられています
三部形式では、…節の最後の楽節をサビにするのではなく、節の中ほどにサビを置きます。また、ほとんどの場合、最後の楽節は最初の楽節の再現になります。
ということになる。

一方、「おどるポンポコリン」の、A-B-Cサビという形式は、
二部形式(メロ=サビ形式)の発展形であり、
日本のポップスで非常に多くあるのが、最初のヴァースの後、もう一つ別の性格のヴァースを加える形です。この追加のヴァースをBメロ、最初のヴァースをAメロと呼びます。たとえば、A-B-C(サビ)の形式がそれに当たります。
ということだ。

単に、「暗い」から「明るい」ということだけではなく、「A-B(サビ)-A形式」から「A-B-C(サビ)」形式へという、楽曲構造の大きな変化をも、「およげ!たいやきくん」と「おどるポンポコリン」との比較対照は典型的に現わしているのだ。
(それにしても、「およげ!たいやきくん」のサビ、「初めて泳いだ海の底 とっても気持ちのいいもんだ お腹のあんこが重いけど 海は広いぜ心がはずむ」、この歌詞をあのメロディーで歌っていたとは!今から振り返ると、何とも「暗い昭和歌謡」ではないか!まさに、隔世の感ひとしお、である。)

さて、ここからがいよいよ今回の本論である。

J-POPにおける、「A-B-C(サビ)」形式、とりわけBメロの精妙さによる「胸キュン革命」、という視点でBABYMETALの楽曲を眺めてみると、何が見えてくるのか

結論を端的に言えば、
BABYMETALの楽曲って、何て「異形」なんだ!
ということだ。

特にそこに違和感を持つこともなく、もう1年半以上、毎日どっぷりBABYMETALの十数曲を楽しんできたのだが、今回のこの『亀田音楽専門学校』の内容を受けて、あらためてその楽曲構造をつぶさに分析してみると、その「異形」ぶりに(決して大げさではなく)驚愕してしまった、のである。

以下、BABYMETALの楽曲の「異形」さを瞥見していくのだが、ここにも比較対象があった方がわかりやすいので、ヘヴィ・メタルの”神曲”を対照的な典型例として挙げておこう。

HELLOWEENの「EAGLE FLY FREE」である。
これは、もう、実に美しく構築された、「典型的なJ-POPの形式」にも共通する構造の楽曲だ。
(奇しくも、1988年発表!)

<前奏>

<Aメロ>
People are in big confusion
they don't like their constitutions
everyday they draw conclusions
and they're still prepared for war

Some can say what's ineffective
some make up themselves attractive
build up things they call protective
well your life seems quite bizarre

<Bメロ>
In the sky a mighty eagle
doesn't care 'bout what's illegal
on its wings the rainbow's light
it's flying to eternity

<Cサビ>
Eagle fly free
let people see
just make it your own way
leave time behind
follow the sign
together we'll fly someday

<Aメロ>
Hey, we think so supersonic
and we make our bombs atomic
or the better quite neutronic
but the poor don't see a dime

Nowadays the air's polluted
ancient people persecuted
that's what mankind contributed
to create a better time

<Bメロ>
In the sky a mighty eagle
doesn't care 'bout what's illegal
on its wings the rainbow's light
it's flying to eternity

<Cサビ>
Eagle fly free
let people see
just make it your own way
leave time behind
follow the sign
together we'll fly someday

 間奏
[Solos: Kai/both/Markus/Mike/Ingo]

<Bメロ>
In the sky a mighty eagle
doesn't care 'bout what's illegal
on its wings the rainbow's light
it's flying to eternity

<Cサビ>
Eagle fly free
let people see
just make it your own way
leave time behind
follow the sign
together we'll fly someday

together we'll fly someday

forever we'll fly
together we'll fly
forever we'll fly someday
Wow Wow Wowow ~

<Bメロ>のところを、<ブリッジ>(短いつなぎの部分)と呼ぶべきだと考える方もいるだろうが、呼称はともかくとして、<Cサビ>への滑走路の働きをする「ほのかな翳り・せつなさ」を持ったパートなので、今回の趣旨に即して、ここでは<Bメロ>としておく。

この曲も、<Aメロ>に<Cサビ>を直結しても一応曲として成り立つだろうが、激しく疾走する<Aメロ>とは雰囲気が一変したはかなく浮遊するような<Bメロ>がはさまれることで、<Cサビ>の力強く天を翔けるメロディーが爆発力を持って聴き手のこころを揺さぶる、という構造になっている。

と、「おどるポンポコリン」も「EAGLE FLY FREE」も、同質の楽曲構造を持っていることを確認したうえで、さて、BABYMETALの楽曲は、いったいどのように「異形」なのか?

この、Aメロ-Bメロ-C(サビ)、という形式の構造になっているBABYMETALの楽曲は、(あくまでド素人である僕の私見だが)デビュー曲の「ド・キ・ド・キ☆モーニング」一曲だけ!である。
しかも、この曲にさえ、果たしてAメロなるものがあるのか?という疑念が沸くのであるが・・・。

この曲を、仮にA-B-Cの構造として捉えるならば、次のようになるだろう。
(歌詞等は、皆さんご存じだろうから、省略して、構造のみわかるように記す)

<イントロ>(頭サビ の伴奏)
あー!

<Aメロ>
ぱっつん、ぱっつん、~ いま何時?
集合、集合、~ いま何時?

<Bメロ>
知らないフリはきらいきらい~
4次元、5次元、期待、期待~

よね?

<Cサビ>
リンリンリン、おはようWake Up ~ バ・タ・バ・タ モーニング!
リンリンリン、あわてずMake Up ~ ド・キ・ド・キ モーニング

<間奏>

<Aメロ>(半分)
<Bメロ>
<Cサビ>

<間奏>
<Cサビ>繰り返し

と、このように分析するならば、楽曲の構造としては、オーソドックスなJ-POPの構造を踏襲している、といえるだろう。
(<アイドルとメタルの融合>(しかもあの幼さ!)といういわば「キワモノ」の初登場楽曲としては、これくらい”真っ当”で、ちょうどよい塩梅、というところだろうか。)

確かに、ここでの<Bメロ>は、先の二例同様、<Cサビ>での爆発のための滑走路としての「ほのかな翳り・せつなさ」という機能を果たしている。

しかし、どうだろうか?BABYMETALの楽曲の中ではいちばんオーソドックスなJ-POPの構造を持つ、この「ド・キ・ド・キ☆モーニング」にすら、<イントロ><間奏>とか<Aメロ>とかの用語を用いることには、たいへんな居心地の悪さをも感じるのだが。

例えば、<Aメロ>としてあげた「ぱっつん、ぱっつん~」のパートは、(先の二例の<Aメロ>と比べると)メロディーと呼んでよいのだろうか?という疑念がどうしても沸いてくる。
むしろ、楽器隊のバッキング、リフに近い機能を果たしている「歌」のパートなのではないか。

また、そのことの裏返しとして、<前奏><間奏><後奏>を、他の<歌パート(Aメロ、Bメロ、Cサビ)>と区別することにも強い違和感を感じるのだ。
それは、BABYMETALがメタルダンスユニットである、ということに起因する。

メタルダンスユニットBABYMETALでは、曲のはじまりから終わりまで、3姫は舞踊という「演」奏を(髪を振りみだし、汗をほとばしらせ)行い続けているのであって、SU-METALの歌っている部分だけを<Aメロ><Bメロ><Cサビ>等と名づけることは、もちろん音盤・聴覚情報としての体験の分析としては妥当性があるには違いないのだが、大きくポイントを外しているような気がするのだ。

実際、BABYMETALの楽曲は、曲がはじまった瞬間から、最後の一音まで、3人の舞踊がぎゅっと詰まっているのであり、その舞踊との絡み合いが、楽器とだったり、SU-METALの歌とだったり、YUI・MOAのスクリームとだったり、という仕組みになっている。

多重構造。多次元の複雑な絡み合いのパフォーマンス。
これが、メタルダンスユニットBABYMETALの行っている「演」奏の構造なのである。

単に、他の例えばアイドルグループのように、歌も歌い(聴かせ)、ダンスも踊る(見せる)という足し算(これは二層構造とでも名づけられるだろう)ではなく、3人の極美(少)女の「演」じる激しい歌・スクリーム・舞踊と楽器隊の超絶的な演奏とが渾然一体となった複雑なパフォーマンスが生む、ヘヴィ・メタルの聴覚的・視覚的・肉体的な具現・発露。これがBABYMETALなのだ。

そうした、メタルダンスユニットというありようにおける<歌>のありようの機能、<楽曲構造>の意味とは、通常の<歌>を聴かせる楽曲のそれとは、本質的に「次元」が異なるのだ。

「ド・キ・ド・キ☆モーニング」に<Aメロ>という呼び方をすることに疑義を呈したが、さらに、BABYMETALの楽曲には、<1度きりで消えるAメロ>とでも呼ぶべき大きな特徴が、いくつもの楽曲で見られるのだ。

「メギツネ」の、「おめかしキツネさん~こんこんこんこ・ここんここん」のパート。

「いいね!」の、「チ・ク・タ・クしちゃう~(オマエノモノハオレノモノ)!」のパート。

「ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト」の、「ゲソゲソ、いかゲソが食べたい・・・きゃわいいお菓子にしようよ!」のパート。

「紅月」の、「ひとみの奥にひかる ~ 夜空を染めてゆく」のパート。

「ヘドバンギャー!!」の、「さあ時は来た ~ 折りたたみ」のパート。

おわかりだろうか?

どれも歌の出だしの部分にあたる印象的なパート(「頭サビ」の曲は、その後の歌い出しのパート)だが、どの曲でも、いわゆる1番(この概念もBABYMETALの楽曲においてはほとんど通用しないが)に出てきたっきり、2度と出てこないのである。

「紅月」以外は、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」と同様、「Aメロ」メロディーというより、リフに近い楽想になっているが、それらを含めて、明らかな<Aメロ>である「紅月」の冒頭のパートも、1度きりで消えてしまうのだ。(まあ、「紅月」の場合は、”本歌”「Silent Jealousy」と同じ構造になっているのだから、別の意味での必然性はあるのだが。)

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」は、楽想の上では、いわゆる2番は、いわゆる1番の<Aメロ>(「涙見せずに、泣き出しそうな夜は~」)ではじまるのだけれど、バックの楽器隊がそれまで疾走していた演奏をここで止めてしまうので、1番の繰り返しではなく、間奏あるいは新たな展開部、という印象を受けてしまう。単純な<AーBーCサビー間奏ーAーBーCサビ>には聞こえないのだ。

<歌>の場合、「繰り返しと変化」によって僕らは「ああ曲だなあ」という認識をし、時に感動を誘われもするのだから、<Aメロ>が二度、三度出てくることに音楽的な快感をもたらす重要な発露がある(DREAM THEATER の新譜が不評なのは、ここの無さがいちばんの要因だろう)のだが、BABYMETALは、そのようには<歌>を聴かせようということを主眼においたバンド、グループではない、ということだ。(”神の子”SU-METALを蔵しながら、何という贅沢よ!)

メタルダンスユニットBABYMETALの楽曲では、AーBーCサビ、という構造よりも、いくつかのニュアンスの違うパートをいかにめまぐるしく組み合わせて楽しさをたたみかけるか、ということが主眼におかれている。

その極限形が、「ギミチョコ!!」「おねだり大作戦」「4の歌」「CMIYC」である。
もうずいぶん長文になっているので詳述はしないが、これらの楽曲に、A-B-Cサビ、とか、A-BサビーA’、とか、通常の<歌>の楽曲分析を当て嵌めようとするのはほとんど無意味である。
さながら「R-15」ならぬ「R-ライヴ会場」とでも言うべき視聴条件がついているのだ。ライヴ会場に身を置けば、その楽しさがわかる。決して(例えばお茶の間でテレビを通して)「聴いて感動する」曲ではない。はじめから、そんなことを考えてつくられていないのだ。
だから、昨年末のMステでよくこれをやったな・・・、ということだし、あそこで”浮く”のは当然だったのである(繰り返すが、浮いて上等、なのである)。

さて、『METAL RESISTANCE』収録の楽曲は、その「異形ぶり」はどの程度なのだろうか?

1.Road of Resistance
 <イントロ>
 <Aメロ> ひがしのそらを~
 <Bメロ> くじけーても~何度でも~ Its a time ~ さあ、時はきた
 <Cサビ> Go for Resistance ~ それが、僕らの Resistance!
 <間奏1>
 <シンガロング> WowWow ~
 <間奏2>
 <D大サビ> 命がつづく限り ~ オン・ザ・ウェイ!
 <Cサビ> Resistance、Resistance ~ 僕らの Resistance!
 <キメ>  アー!

 分析の仕方には、異論もあるだろうが、確認できるのは、 <Aメロ>どころか、<Bメロ>も繰り返されない、ということだ。まさに「道なき道をゆく」をそのまま形にしたような、ひたすら前へ前へ進む、「異形」な楽曲だ。

2.KARATE
 <イントロ>
 <前奏>
 <Aメロ?> セイヤ、セ、セ、セ、セイヤ ~ (押忍)
 <Bメロ?> なみだ こぼれても(押忍)たちむかってゆこうぜ
 <Cサビ>  ひたすらセイヤソイヤ ~    (あ~押忍、押忍)
 <間奏>
 <Aメロ?> セイヤ、セ、セ、セ、セイヤ ~ (押忍)
 <Bメロ?> こころ 折られても (押忍)たちむかってゆこうぜ
 <Cサビ>  ひたすらセイヤソイヤ ~  (ここに押忍はなく、後半へと転換する)
 02:26から
 <Cサビ>  オーオーオーオー!
        セイヤソイヤ、たたかうんだ ~
        ひたすら セイヤソイヤたたかうんだ ~
 <コーダ?> 走れー、走れー 

 この曲も、<Aメロ>と称するのはどうにも抵抗があるがそれはともかく、02:26からがらっと曲調が変わるところが、驚きである。
02:26以降は、空気感ががらっと変わりながら、<Cサビ>のメロディーの変奏が展開される。
ここから、長い<コーダ>と捉えるべきなのかもしれない(ビートルズの「ヘイ・ジュード」の後半のように)。いずれにせよ、(J-POPの名曲群と比べて)何とも「異形」な構造をした曲であることは間違いない。

この2曲に対して、「普通の曲だ」などと評するコメントを何度か目にしたことがあるが、<サビ>の部分がどこかで聴いたことのあるキャッチーなメロディだ、ということは確かだが、上のような楽曲構造を確認すれば、「普通の曲だ」などとは全く言えない。

こんな「異形」の曲で勝負に挑む(真の勝負はもちろんアルバム『METAL RESITANCE』だが)ところこそ、BABYMETALがこれまで僕たちに見せ続けてきた姿そのものである。
売れんがために”よくできた”パワーバラードを乱発し、自分の首を絞めて廃れていったメタルの先輩方の、同じ轍は踏まない、のだ。
彼女たちは、戦い続けるのである!

こうして見ると、BABYMETALの楽曲は、平成J-POPの「Bメロにメロメロ」「胸キュン革命」の遙か彼方に行ってしまっている、と言うべきなのだろうと思う。良かれ、悪しかれ。

そう、BABYMETALの楽曲は、<歌>の部分も、むしろ
 <X:リフ部>
 <Y:サビ部>
と二分し
、その複雑な組み合わせ、でできている、として分析すべきなのかもしれない。
こういう見方をすると、YUI・MOAのスクリームも、その機能がよく見えてくるのではないだろうか。

「KARATE」は、その<X:リフ部>と<Y:サビ部>が複雑にかつ大胆に組み合わされた、まさにBABYMETALらしい一曲、なのだろうし、<X:リフ部>の極限形が、全編それのみでできた「BABYMETAL DEATH」であり、<Y:サビ部>の極限形が、超絶スピードに載りながら、次々と新たなサビが繰り出される「Road of Resistance」だ、などという言い方もできるだろうか。

仄聞する限り、『METAL RESITANCE』には、見たことも聴いたこともないような、とんでもない「異形」の楽曲がぎっしり詰まっているようである。楽しみで楽しみで仕方がない。

以上、たいへん長文になったが、『亀田音楽専門学校』第1回を視聴し考えたことの後半、である。
前回と合わせると、BABYMETALは、J-POPの遺伝子をしっかり受け継ぎ(「ポジティブ宣言!」)ながら、楽曲構造としては極めて異形な発現形態だ、ということだ。

”進化”、とは、まさにこういうことだろう。






 






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1 コメント

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Unknown (nero)
2016-03-10 15:16:46
仰る通り、単純な循環構造を持たないことこそが、BABYMETALの楽曲を何度も何度もリピートしてしまう秘密でしょうね。私もRORの前半部が大好物で、まんまとリピート地獄に嵌っております。

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