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三本脚で立つ~思考の経路

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BABYMETAL探究(「アイドルダンス」考2)

2015-08-27 11:45:47 | babymetal
いやあ、大ニュースが駆け巡りましたね。ウェンブリー・アリーナ単独って!!
たまたま昨夜、仕事からの帰りに電車の中で「LEGEND I」の映像を久しぶりに観て、帰宅してからニュースを知ったので、感慨ひとしおでした。
「LEGEND I」の「BABYMETAL DEATH」なんて、ほんと今見ると、幼い・拙い・本人達も楽曲をなぞっているだけ、という感じがしますもん。(それでも、初めて観て、虜になってしまいましたが)それが、堂々たる世界的アーティスト(少なくとも英国では)ですものね。
この成長ぶりは、しかし、実際の能力向上からすると、「妥当」ともいえるところが凄い。
単に「人気が出ちゃった」じゃなく、「実力で人気を獲得しつつある」ところが、本当に凄い。

ドイツ公演や、レディング・リーズ・フェスの最中なのにそれが霞んでしまうほどのニュース。いやいや、それはそれとして、いざレディング、いざリーズ!
僕も週末にはベビメタTシャツを着て、「We are BABYMETAL」の一員として心の中で応援します。

さて、以下が、今回の本論DEATH。

竹中夏海が語る<アイドルダンス>の2つの特徴に基づいて、BABYMETALをめぐって考えてみる回、その続き。

その1.歌詞と振付のリンク について。

歌詞と振付のリンク、と言っても、単に歌詞を振付で表現する、ということではない。古いところではキャンディーズの「年下の男の子」の振付などを例に挙げながら、竹中夏海は、以下のように述べる。

このように歌詞と連動した振りを付けることで、その曲の世界観を視覚で伝えやすくすることが出来ます。更には、歌詞と振付がリンクするだけではなく、歌詞カード以上の物語を”振付によって広げる”ことも可能なのです。
『IDOL DANCE!!!』

この「歌詞カード以上の物語を”振付によって広げる”こと」は、BABYMETALでもその舞踊=「演」奏の基本になっているものだ。

(どの曲でもよいのだが)例えば、このブログで執拗に探究し続けている「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のYUI・MOAの「バトル」という振付。
冒頭の紙芝居でも語られるようにこの楽曲の歌詞カードの物語・世界観とは、まさに「イジメ、ダメ、ゼッタイ」というメッセージであろう。
ところが、YUI・MOAのバトルを初めて目にすると、その意味の摑めなさに戸惑ってしまう。
「イジメ、ダメ」って言いながら、ケンカしてるやん…。
で、SU-がYUI・MOAに蹴りを入れる(初期には、MOAにはパンチ(肘打ち?)をくらわしていた)と、ああ、これが「ダメ、ゼッタイ」か、と一応腑には落ちるのだが、じゃあ、YUI・MOAはいじめっ子か?ということになる。
さっきまで「ダメダメダメダメ」と合いの手を入れ、悲しげに首を振ったりするのと、「バトル」とは、矛盾するのだ。歌詞カードの世界観・物語のみにこだわれば、そういう感想にならざるをえない。

この楽曲のYUI・MOAの「バトル」という振付によって表現されている「歌詞カード以上の物語」とは、もちろん、”闘い”の視覚化・描出だ。

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」がメタルの復権を(も)意味しているのは、公式MVでも、紙芝居でも明らかだが、「復権」とか「イジメ、ダメ」と口で唱えるだけじゃあ「ダメ、ゼッタイ」なのだ。
理想とする何かを獲得するためには、必死に闘って、勝ち取らなければならない。
そうした「イジメ、ダメ、ゼッタイ」を具現するための闘い(しかも、それをSU-が蹴り飛ばして止める)という、メタな(メタ・メタな)構造が、この楽曲の歌詞と振付との間にはある。

また、YUI・MOAの「バトル」はさらにBABYMETALという存在そのものの生き方・あり方の象徴的・凝縮的な体現でもあろう。インタビューでは、いつも礼儀正しく楚々とした笑みを浮かべている美少女たちだが、過酷な闘いの日々が今までも、そして、今後も続くのだ。彼女達がBABYMETALである限り永遠に。
つまり、闘う美少女達、それがBABYMETALの本質なのであり、YUI・MOA(そしてSU-の)「バトル」はそれを(も)象徴的に形象化し表現しているのだ。

(黒ミサでは(赤ミサでも)、ラストにこの曲が演じられた。大納得である。もちろん、「Road of Resistance」もラストにふさわしい、”闘い”を形象化した素晴らしい楽曲だが、究極的なBABYMETALを象徴する一曲とは、やはり何と言っても「イジメ、ダメ、ゼッタイ」だと僕は思っているので。)

こうした「闘い」はBABYMETALの他の楽曲の振付でも、その基調にある。
だって、それがBABYMETALだから。”METAL”の名を負う、とはそういうことだから。

SU-METALの、ステージ上でのとんでもなく鋭い眼光・険しいとさえ言うべき凛々しい表情も、そうした”闘い”の描出だ。
いくら可愛い容姿を備えていても、いつもニコニコ・モジモジ・ウッフンしているようなステージングを見せるユニットならば、僕たちメタルヘッズは見向きもしなかった(当たり前だ)。僕たちはステージ上の3人の振付や表情に「メタル魂」の(今まで全く見たことのないカワイイ・美しい・凛々しい)実現を見るからこそ、BABYMETALに魅せられているのである。

このように、「歌詞と振付のリンク」を基調にしつつ、さらに「歌詞カードに書かれていない世界観を振付によって表現する」という意味で、BABYMETALの舞踊は本質的に(現代型の)<アイドルダンス>なのだ(こんなヘヴィメタルバンドはいない)
が、しかし、
その中で、徹底的に闘い続ける舞踊を見せ続けている、という点で(おそらく)他のアイドル達とは全く異なる(こんなアイドルグループはない)
のではないか。

(おそらく)と留保をつけたのは、僕は他の<アイドルダンス>をきちんと見て確認していないからであるが、他のアイドルユニットがほとんど全ての楽曲の振付において”闘い”を表現している、なんてありえないから、ここは断言してもよいところだろう。
具体的な動き、というレベルにおいても、ヘッドバンギングをはじめ、ジャンプ、パンチ、キック、地べたへの崩れ落ち、などなど、楽器の音色でいえばディストーションやダウンチューニングにも喩えることのできるSU-・YUI・MOAの激しく・キレのよい振付の数々は、他のアイドルユニットには見ることのできない、「視覚的なメタル」成分なのだ。
というよりも、本来的に、3姫の振付は、楽曲・楽器演奏とシンクロしながら、リフやブリッジやソロとしての機能を果たしているのだ。それが”ダンス・メタル・ユニット”の本質的内実だろう。

「メタルでも、アイドルでも、なく、BABYMETALだ」という文言の内実を、彼女達の舞踊に即して語るならば、こういうことになる。

こうした表現の全てが観ている人達に伝わるわけではないと思いますが、楽曲の世界観を細かく想像しダンスで表現することは、演者であるアイドル自身の表情や表現力を豊かにするための大切な一工程だと考えています。本人達とは、こうした楽曲についての歌詞カードに書かれていない部分までをあれこれと話して、彼女達それぞれの解釈の仕方で表現して貰うようにしています。いくら振付師が色々と想定して作ったところで、ステージに立つのは彼女達である以上、それぞれが思い浮かべている世界がないと表現は出来ないと思うからです。
また、楽曲が物語性の高い歌詞の場合は1曲の振り付けを通して起承転結を付け、楽曲の世界観と共に時間軸を意識しています

『IDOL DANCE!!!』

この説明も、全体的にはああBABYMETALの振付もそうしたものだな、と、肯くことができるものであるように思える。
ただ、傍線を付した2ヶ所をそのままBABYMETALに当て嵌めることには、少しひっかかりを感じるのだ。
そして、(些細な違和感であるように思えて)実は、ここに他のアイドルとは異なるBABYMETALの決定的な独自性がある、と感じるのである。

どういうことか?

a.演者であるアイドル自身の表情や表現力を豊かにするための大切な一工程 か?

もちろん、BABYMETALの3姫にもこれは当てはまるのだろうが、それ以上に、SU-・YUI・MOAは、「彼女達自身の」というよりも「楽曲の・ヘヴィメタルの表情や表現力を豊かにするため」に踊っている、という印象を受けるのだ。
僕がこだわっている”「演」奏”という言い回しは、そのことの表現である。
よく”命を削って”という形容がBABYMETALの3姫のステージングに使われるが、極めて的を射た表現だと思う。
結果として、観客に、ヘヴィメタルの(全く新しい)楽しさ・激しさ・美しさを届ける、そのための舞踊を、自らの身を呈して、丁寧に・懸命に・そして楽しく「演」じているのだ。
決して「演者であるアイドル自身」を魅力的に見せるためではない、と。
(もともと3人が持っている「超絶的な魅力」のポテンシャルが、「豊かにする」という演出が必要ではないレヴェルで横溢していて、振付に溢れている、とも言える。どんなダサい・激しい、凶悪な振付を「演」じていても、とんでもないカワイさは全く損なわれないのだから。)

極めて微妙な感触の違いだが、本物なのか単なるギミックなのか、の根本に関わる、と僕は思う。今これ以上うまく言葉にできないので、ここをさらにきちんと語ることは、今後の宿題にしておこう。

初期のステージの多くでは、骨バンドが演奏のあて振りをしていたが、それも、BABYMETALの3姫の振付が「演」奏であることの、いわば「影」の役割を果たしていたのではないか。

b.楽曲が物語性の高い歌詞の場合は1曲の振り付けを通して起承転結を付け、楽曲の世界観と共に時間軸を意識しています  か?

「起承転結」「時間軸」とは、今回の、竹中夏海に触れて初めて考えさせられた切口である。
で、(現段階での考えとしては)BABYMETALの楽曲・「演」奏においては「起承転結」「時間軸」が整っていない(整えることを志向してはいない)、と考えるのだ。
ここも、いわゆる他のアイドル達の<アイドルダンス>とは異なっているはずだと思うのだが、他のアイドルをほとんどまったく知らないので、確証するかたちでは書けない。
ただ、はじめに書いた、「歌詞カード以上の物語を”振付によって広げる”こと」とは、逆に言えば、直線的な「歌詞カードの物語」の具現ではなく、もっとカオスな次元での「演」奏が、”メタルダンスユニット”BABYMETALの本質だ、ということだろう。そこから、bではない、という時間軸の他のアイドルとの相違が生まれてきているように思うのだが、これも、探究すべき大きなテーマとして宿題にしておきたい。

と、ここまで書いて、さすがに気がひけるので、他の<アイドルダンス>をYOUTUBEで観て、確認してみた。
『MdN』振り付け☆愛号の「アイドル楽曲のこの振付に注目!」に紹介されていた
 
 モーニング娘。’15「青春小僧が泣いている」
 でんぱ組.inc  「おつかれさまー!」
 乃木坂46     「おいでシャンプー」
 アンジュルム    「七転び八起き」
 lyrical school   「ワンダーグラウンド」
 清滝人25     「Mr.PLAY BOY…♡」
 PASSPO☆   「HONEY DISH」

の7本である。

いやあ…、苦行であった(笑)。
(これらのグループや楽曲(及びそのファン)をディスるつもりは全くない。)

一言で言えば、”メタルじゃない”からだ。
当たり前だが、やはり、これは僕にとっては根本的に重要なのである。ヘヴィメタルではない<アイドルダンス>は僕には見てられない、僕には耐えられない、のだ。
それぞれ初めの20秒ほどでもう止めたくなる。「何でこんなものを観なきゃいけないんだ」という思いがふつふつと湧いてくる(滝清人25は、もちろんメタルじゃないが、面白かった。初めから最後まで魅入ってしまった。)

で、我慢して観てみて、
「演者であるアイドル自身の表情や表現力を豊かにするための大切な一工程」
「1曲の振り付けを通して起承転結を付け、楽曲の世界観と共に時間軸を意識」
が、なるほど、こういうことか、と確認できた。

最大のポイントは、端的に言えば、(当然だが)視聴者・観客が何を求めているか?ということだろう。

いつかどこかで聴いたことのあるような、甘酸っぱい・それでいて元気溌剌な楽曲に乗った<アイドルダンス>を観たいのか、
ヘヴィメタルの激しく重厚な狂乱を(今までに見たこともないし、想像すらしたことのない、3人の美少女が歌い踊りまくるというかたちで)体験したいのか。

BABYMETALは、後者を<アイドルダンス>によって実現する、そうしたユニットなのだ。

こんなことは(理屈としては)初めからわかっていることだが、今回の考察を通して、その内実が(僕には)より実感できた。


竹中夏海の語る<アイドルダンス>の特徴 その2.振りコピ も、とりわけライヴにおいてBABYMETALの極めて重要な要素だが、これについては、稿を改めたい。
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