ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

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BABYMETAL探究(J-POPの”進化”の果てに…)その2

2016-03-04 12:47:10 | babymetal
気がつけば、もう3月。
当たり前なのだろうが、すでにこの現実世界に『METAL RESISTANCE』というアルバム作品が確かに存在し、少なからざる人たち(何百人?)がそれを実際に耳にしている、ということ
そのことを考えると、何とも胸がざわざわする。

これも個人的に待望のアルバムだったCIRCUS MAXIMUSの新譜『HAVOC』を入手し、ここ数日はヘヴィローテーション中なのだが、その合間合間に、ついつい『METAL RESISTANCE』(の1曲目2曲目のみ)を繰り返し再生してしまう。
この2曲に通底する、「鋼鉄色の大気の広がり」とでも言うべきスケール感の大きさ、気品は、1stには感じられなかったものだ。
(皆さん同様)期待は高まるばかりである。

前回のここに、「iTunesの紹介文によると、「Sis.Anger」が、「違う(仮)」のようだ。」と書いたが、どうもこれは誤解だった可能性が高い。
はたして「違う(仮)」は、本当に今回のアルバムに入っているのだろうか?そんな懸念も生じている。
やはり「4. ヤバッ!」がそれだろうな、とも思いつつ、ネット上のコメント(METAL HAMMER 等)を読むとこの曲ではないようでもあり・・・。

なんて、相変わらず(皆さん同様)妄想をふくらませながら、悩ましくも楽しい日々を過ごしています。

さて、『亀田音楽専門学校』を思考の梃子(てこ)にしながら、BABYMETALを「探究」する、その2回目である。

『亀田音楽専門学校』シーズン3、全4回のうち、今回は、1回目について。

① 1988~1993年 「J-POP誕生の時代」(→今回!)
② 1994~1999年 「インパクトの時代」
③ 2000~2005年 「文明開化の時代」
④ 2006~現在    「J-POPの現在 そして未来」(→前回とりあげた。)

①の時代とは、SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALは生まれてさえいない「大昔」なのだから、前回の④のようにBABYMETALそのものに直接関わるポイントだとは言えないかもしれない。

しかし、「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉もある。
例えば、僕たちひとりひとりのヒトに、両生類や爬虫類の部位が残っていたり尻尾の名残があったり、あるいは受精卵から胎児になる過程でそうした生物の特徴をも顕現しつつ僕たちがヒトの新生児となってこの世に生まれ出たりするように、”J-POPの最新・極限の形態”であるBABYMETAL(このことは前回検討した)にも、J-POPの進化の途上に見られるさまざまな特徴が、残っていたり影響を与えたりしていることもあるのだ。

『亀田音楽専門学校』を順を追って視聴しながら、そんな思いを強く抱いたのだった。
今回の①J-POP誕生期、1988年~1993年に見られる音楽的特徴も、「BABYMETALとは何か?」を考える上で刺激的かつ本質的な「鍵」を与えてくれた。

①1988年~1993年「J-POP誕生の時代」
 ~ 胸キュン革命の時代
 ①a ポジティブ宣言 
 ①b Bメロにメロメロ
 → 「明るくせつない」J-POPの曲調へ


まず、①a ポジティブ宣言について。

①以前の時代の数年間も含めて、年間シングル売り上げNo.1楽曲を並べてみると・・・

1981年 ルビーの指輪
1982年 待つわ
1983年 さざんかの宿
1984年 もしも明日が
1985年 ジュリアに傷心
1986年 CHA-CHA-CHA
1987年 命くれない
1988年 パラダイス銀河
1989年 DIAMONDS
1990年 おどるポンポコリン


何とも鮮やかな、対照が見られる。

そう、それ以前のNo.1楽曲が、マイナー調なのに対し、「パラダイス銀河」からはメジャー調の楽曲にがらっと変わっているのだ。

1989年から平成になったのだから、ざっくりと言えば、日本の歌が、「暗い昭和歌謡曲」から「明るい平成J-POP」へと大きく変化した、と言えるだろう。

歌い手が、感傷・胸の痛み、場合によっては怨嗟さえもを、悲しい曲調にのせて切々と歌い上げ、聴き手もそうした「せつなさ」「悲しみ」「わび・さび」に胸を震わせ、自らの体験にひきよせてあるいはそうした情景を想像し、「わかるわかる」「ああ・・・」と涙を流す。
そんな昭和歌謡の時代から、音楽を明るく楽しむJ-POPの時代へと、大きく舵が切られたのだ。
(「せつなさ」「わび・さび」がJ-POPにはなくなった、ということではもちろんない。明るい楽曲であっても(あるいは、明るい楽曲だからこそ)「せつなさ」「わび・さび」が、より精妙に楽曲内に組み込まれるようになった、ということである。これは①bとの関わりで後に詳述する。)

これを、番組内では「ポジティブ宣言!」と称していた。

この「ポジティブ宣言!」こそ、まさにBABYMETALがヘヴィ・メタル界に持ち込んだ新機軸だと言ってもよいはずだ。
この点において、やはり、BABYMETALはまさしくJ-POPの正嫡子なのである

いや、もちろん、今までのヘヴィ・メタルにも、メジャー調性の名曲はいくつもあったし、BABYMETALの楽曲にマイナー調のものがない、というわけでは全くない。
「BABYMETAL DEATH」「メギツネ」「紅月」「ヘドバンギャー!!」「イジメ、ダメ、ゼッタイ」等々、BABYMETALの楽曲群の中核をなすこれらの楽曲は、すべてマイナー調である。
だから、「ポジティブ宣言!」を、「楽曲の調性がメジャー調である」という狭い意味でとるならば、BABYMETALには全くあてはまらない。

しかし、「ポジティブ宣言!」とは、単なる曲調のみの謂ではなく、先述したように”音楽を明るく楽しむ”という姿勢・精神の謂だとすれば(曲調や詞の内容はその具現化である、と考えるならば)、まさにBABYMETALが成しつつあるのは、ヘヴィメタル界における「ポジティブ宣言」であり、この世で最も暗く激しいはずのヘヴィ・メタルという音楽を、明るく楽しい「絶対的肯定性」をもった音楽へと反転させる、まさにコペルニクス的な転回をもたらしたのがBABYMETALなのだ、と言えるはずだ。

暗く・邪悪で・激しいヘヴィメタルという音楽だからこそ、それを反転したときには、こんなにも楽しく・前向きで人を笑顔に・幸せにする「絶対的な肯定性」をもったものになり得るのだ、という(にわかには信じがたい)逆説

BABYMETALが成しつつある「奇跡」とは、(単に海外でウケているという現象の謂ではなく、音楽的意味において語るならば)そうした大いなる逆説的構造を孕んだ「革命」なのではないか。

俺たちがかつて胸を焦がし、血沸き肉躍らせたヘヴィメタルとはこんなにも楽しく、笑顔を誘われるものであり得、なおかつ、自らの人生(仕事や家庭をはじめ様々な活動)に前向きに向かわせてくれさえする、ポジティブなものだったのだ。

BABYMETALによってもたらされるこうした「絶対的な肯定性」を痛感し、おっさんメタル・ヘッズたち(僕もそのひとりだ)は、頬を涙で濡らすのではないか。

だから、逆に、BABYMETALに対して「こんなのメタルじゃない!」と拒否する気持ちが湧くのも当然といえば当然なのだ。
今回の文脈に即して言えば、「暗い(時には怨嗟さえも吐露する)昭和歌謡」こそ魂のこもった「ほんとうの歌」である、と信じこんでいる人達には、「明るく楽しいJ-POP」なんて軽薄な若者達を狙った商業主義の産物でしかないチャラチャラした音楽だ、としか受け取れない、なんてことは、よくわかるから。
そうした「暗さ・重さ・激しさへの希求」は、今でもヘヴィメタル界の基調であろう。
良くも悪くも、ヘヴィメタル界には「ポジティブ宣言!」などというコペルニクス転回はいまだ起こっていなかったし、その音楽的な本質のうえで起こりようがなかったはずなのだ。

しかし、日本歌謡界においては、「暗い昭和歌謡」から「明るく楽しいJ-POP」へと、「音楽を楽しむ」方へと実際に大きな転回が行われたのだ。

その遺伝子を、BABYMETALは確かに受け継ぎ、ヘヴィメタル界の地殻を揺さぶっている、のである。

すべての楽曲において「戦い」を基調のテーマとしながら、BABYMETALのそれは、「絶対的な肯定性」を強く感じさせる
そういう「演」奏をSU-METALもYUIMETALもMOAMETALもステージの上で全身全霊を使って(命を削って)すべての瞬間に見せ続ける。
その姿が(とりわけライヴに参戦した観客の)「メタル魂」をとてつもなく昂揚させ、血を滾らせ、涙ぐませる。
こんな「ポジティブなメタル」というありようは、これまでのヘヴィメタル・バンドには(少なくともこれほど徹底的に鮮明なかたちでは)見られなかったものだ。

そう、だから、

あの(伝説の?)神番組『BABYMETAL現象~世界が熱狂する理由~』の冒頭の、冠徹弥によるナレーション

あの頃、メタルは熱かった。
俺たちのあこがれだった。

・・・80年代の甘い夢は醒め、時代は21世紀。
(ヘヴィ・メタルとは?
 ・・・あんまり聞かないです。・・・わかんない。・・・ちょっと昔。・・・あれじゃないの?ウワーって感じじゃないの。頭振る感じ?アブないやつでしょ?暴れるやつじゃないの?)
ダサい。うるさい。さげすまれた屈辱の日々。

さあ、メタルを愛する者たちよ、今こそ涙を拭いて立ち上がるがいい!
俺たちの救世主、BABYMETALを迎えよ!

も、この<昭和歌謡→J-POP>という大きな地殻変動においてみると、改めてその意味がよくわかるのだ。

ヘヴィメタルが、ニッチな文化としてそれなりの居場所を得て定着した欧米ではなく、歌謡界の「ポジティブ宣言!」というコペルニクス的転回によって、「暗い・重たい・大仰な」メタルの居場所がほとんどなくなった日本だったからこそ、「絶対的肯定性」をもったメタルとしてのBABYMETALが生まれた、ということなのだ(こうして文言にすると何ともまあ強引で、”ありえない”事態だが、それを実現したのが「奇跡」のBABYMETALなのである)。

これまで、僕は、BABYMETALの初期のステージでの紙芝居に映し出される設定等から、(特に深く考えることもなく)BABYMETALの立ち位置は「反アイドル=反J-POP」にある、なんて思い込んでいたのだが、これはとんでもない勘違いだった、ということだ。

この番組を視聴して、そんな鱗を目から落とすことができたのは、僕にとってたいへんな収穫であった。

しかも、平成のJ-POPは、単に「明るく楽しい」だけではなく、そこに「胸キュン革命」と番組内で名付けられる特徴がある。
それが、次のポイント「b.Bメロにメロメロ」である。
これもまた、楽曲の構造と関わるたいへん啓発的なポイントだったが、ずいぶん長文になりそうなので、次回に改める。


さっき、ライヴ・ビューイング申し込みました。
4月3日は昼から仕事なのだけれど、何とかなるでしょ。何とかします。気合いだ!

東京ではないし、結構ハードな条件なので、当たる確率はまあ高いのかなと、これもライヴ応募のいつもの常で、楽観しているのですが・・・。

3月末からは、雑誌にも怒濤の勢いで掲載されるようで、まさに祭り!ですね。

では、なるべく近いうちに、後半をアップしたいと思います。


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