尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

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幸田文『崩れ』を読む(1)

2012-10-25 10:05:52 | 

 私は、文学者は災害の現場をどう見たのか、災害からどのような表象を描き出すのか知りたくて、この本を手に取りました。『崩れ』は、亡き作家の幸田文さんが72歳のときに、日本各地の土砂災害(山崩れ・地滑り・噴火)の跡を見て回った記録です。なぜ彼女は「崩れ」に関心を抱いたのか。それは山梨県と静岡県の境にある安倍峠をたずねた旅での体験でした。森林を楽しみ温泉にひたってさあ帰ろうというときに、近くの安倍川支流の大谷川を遡った山崩れ(「大谷崩れ」)の現場を案内されてショックを受けたことがキッカケになっています。大谷崩れの見学は山菜摘みのついでだったようです。車を降りると妙に明るく変な地面だと感じながら山崩れの現場を目撃します。─── 「あたりをぐるっと見て、一度にはっとしてしまった。巨大な崩壊が、正面の山嶺から麓にかけてずっとなだれひろがっていた。なんともショッキングな光景で、あとで思えばそのときの気持ちは、気を呑まれた、というそれだった思う。」─── こう記しています。大好きな緑の森林や山菜の背後に山崩れという大きな自然の亀裂を見たのです。

 その後、たくさんの資料や文献を調べに掛りますが、ますが難しくてわからない。それなら自分の五感で現場に出向いて見に行こうと、土砂災害をめぐる旅が始まったのです。ここで全部は紹介できませんが、さすが文学者だな、と思ったところを紹介しながら私の感想を述べてみます。ひとつは、富士山の大沢崩れを見に行ったときのことです。それまで「崩れ」とは知識として巨大なエネルギーを生み出す現象だと思っていた幸田さんは、案内してくれた専門家に「崩れ」とはどういうことかを質問します。彼はちょっと間をおいて、「地質的に弱いところといいましょうかねえ」と返事をします。

─── 「不思議なことにこの一言が、鎮静剤のように効いて私は落着いた。はっきりいえば、弱い、という一語がはっとするほど響いてきた。私はそれまで崩壊を欠落、破損、減少、滅亡というような、目で見る表面のことにのみ思っていた。弱い、は目に見る表面の現象をいっているのではない。地下の深さをいい、なぜ弱いかを指してその成因までにまで及ぶ、重厚な意味を含んでいる言葉なのだった。」 ───こう記していますが、この後の記述が文学者らしいと思うのです。「弱い」という意味を広げて考えていきます。

─── 「弱いという言葉は身近にいつも使う言葉だが、その言葉からの連想といえば、糸なら切れる、布なら破れる、器物なら壊れる、からだなら痛々しい、心ならもどかしい、ということになろうか。その弱い(原文は傍点)が、山腹一面を覆う崩れ、谷を削って押出す崩れ、にあてて使われる。私は崩れの表面を知って、痛々しく哀しく、且つまた、どう拒みようもなく屈服を強いる巨大な暴力、というような強さに受け取っていたが、この人は逆に弱いといって、深い土の中のことを私に教える。そういえば読んだどの本にも、よくその言葉が出ていた──脆弱、軟弱、薄弱などと。いまいわれれば思い出すが、私はそこを浅く読み流していたわけで、ここが読書力というか、読書態度というか、点数のつくところだろうし、また一面からいえば、肉声で教えられるということが時にいかに身にしみるか、文字の言葉でなく、声で話される言葉が、時にどんなにはっきり頭に入るか、ともいえるところである。読んだのではただ通り過ぎた弱い(原文は傍点)が、語られてぴたりと定着し、しかも目の中にはあの大谷崩れの寂寞とした姿が浮んであり、巨大なエネルギーは弱さから発している、という感動と会得があってうれしかった。」

 ふだん使われる「弱い」という言葉を巨大なエネルギーの原因に結びつけることによって、ふと口をついた言葉のようにも思えますが、「巨大なエネルギーは弱さから発している、」とは心に残る言葉です。私たちは想定外災害の現場を目前にしたとき、しばしば「言葉にならない」とか「言葉を失う」という言い方をします。しかし、幸田さんは文学者らしく言葉の概念を広げ、他と結びつけ災害現場をとらえようとします。この言葉は法則のように思えますがちがうと思います。幸田さんの直観を表現した一句だと思います。

 私は、直観とは概念と感覚を結びつけたイメージのようなもの、すなわち表象だと考えますが、身の危険や恐怖を感じるときというのは概念や感覚ではなくこの直観がもとになっているような気がしてなりません。この度の東日本大震災で「釜石の奇跡」というテレビ番組を見ましたが、率先して家族を避難に誘いまたは大人の判断に疑いをもち、自分ばかりでなく家族の命を救ったと賞賛された子どもたちの行動の内深くにはこの直観があったのではないでしょうか。ある子はインドネシアの大津波の映像を思い出したとか、学校で教わった避難の原則を思い出したとか、今まで感じたことのない大きな揺れが避難のキッカケになったというような証言がありましたが、映像・原則・体験は人間の直観という表象にまで形成されてはじめて起動されるのだと思われます。(続く)

 

 

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